豊饒の予感

 友人Mに相方ともどもタイ料理をご馳走になる。油断していたパパイヤのサラダが結局いちばん辛く、三人ともしばらくひーひー言っていたが、ビールで鎮火しているうちに俄然食欲がわき起こってきたので、生春巻きや海老のハーブ和えや牡蠣の炒め物や豚肉の野菜巻きなどを平らげてしまう。海老の和え物が良かった。甘くて酸っぱくて辛くて、その上に訳の分からないハーブ類の香りが渾然と押し寄せてくるあたり、旨いという以上に何だか生理的な快感さえおぼえてしまう。それにしても久々に「腹がくちくなる」という経験をしました(彼女は家に帰ってもまだ苦しそうにしていた)。ごちそうさまでした。

 さて題名の「豊饒」は、むろん各種スパイス・ハーブの香りの交響でもあるけれど、年末年始(当方は六連休)に読むつもりの本が一気に届いたのも指している。

 まずはジョン・アーヴィングの『あの川のほとりで』上下(小竹由美子訳、新潮社)。これは毎日新聞「今週の本棚」でどなたかが「今年の三冊」としてあげていたもの。鯨馬子はご幼少のみぎりに(たしか高校一年)『ホテル・ニューハンプシャー』を読んで、その重さ暗さに辟易して以来、アーヴィングの作物は手にしていない。だいぶオッサンにもなったことであるし、今ならばわかる面白さもあろうかという期待に押されてさっそく買った。

 しかし本命は誰がなんとも言わないだろうけど、ロレンス・ダレルの《アヴィニヨン五重奏》の一作目『ムッシュー あるいは闇の君主』(藤井光訳、河出書房新社)。ダレルは何度も何度も書いたように、自分にとっては守護聖者のような小説家だから、翻訳が出るまえに《アヴィニヨン》も読んでいるが、《アレクサンドリア四重奏》だって、高松雄一さんの古今無双の名訳が、日本語小説の散文の働きを大きく拡張したように、今回もどういう「演奏」を聴かせてもらえるかが愉しみでたまらないのである。

 実はこの本、出ていたのを知らず、何の気なしにアマゾンで本を探していたらたまたま見つかって驚愕し、注文したもの。やっぱりもっとこまめに新刊書店を見て歩かなきゃな。

 ともかく、あまりのうれしさに、読書に合わせる酒も二本注文してしまった(「菊姫」の無濾過生酒と「初孫」の熟成純米酒)。

 クリスマスはもういいから(どうせ仕事である)、はやく来い来いお正月、というところ。

アヴィニョン五重奏I ムッシュー ---あるいは闇の君主 (アヴィニョン五重奏【全5巻】)

アヴィニョン五重奏I ムッシュー ---あるいは闇の君主 (アヴィニョン五重奏【全5巻】)