脳みそ吸うたろか

 『Ronronnement』の前田シェフから「ベキャスが入手できそうです」と一報有り。ベキャス、すなわち山鴫にお目にかかるのは実に八年ぶりとなる。フランスでも年々狩猟が厳しくなってきており、スコットランドからの輸入が主となっているそう。それくらい貴重な食材を取り置きしてもらえるのは有難い限り。八年前の狂乱ぶり(拙ブログ「年の瀬に怒る」参照)を覚えてくれていたらしい。

 綿密なる相談の上、個体の大きさから熟成期間を割り出して、そこからさらに五日ほど寝かせるように依頼。「○○さん、ヘンタイなのを思い出しました」とはシェフの賛辞である。

 当日は新快速で近江は栗東へ。前の店(今も営業している)の草津から更に一駅遠くはなっているけど、『アードベックハイボールバー』から『MuogOT』、『MuogOT』から『ロンロヌ』(と常連客は呼んでいる)へと前田シェフを追っかけてる身としては今更駅の一つや二つ、ストゼロのあとのタカラcanチューハイのようなもので(この比喩、やや不適切か)何の問題もない。いっそのこと、駅の百や二百向こうにして、八戸にお店を構えるというのは如何でしょうか、前ちゃん。

 栗東の店は一階が「ブーシュリー」、つまり精肉店。料理は二階で供するというスタイル。相客と同じ肉肉しきコースに山鴫、しかも一羽を上乗せする恰好なので、始まる前は最後までたどり着けるか不安もあったけど、ぺろりといっちゃいました。無論山鴫がよろしかったのもあるし、おそらくそれと同じくらいかそれ以上に前ちゃんの料理を久々に堪能出来たのが嬉しかったせいもある。ともあれ当日のコース以下の如し。

*ジャガイモのスープ
*苺とリコッタチーズのサラダ
*シャルキュトリ盛り合わせ……蝦夷鹿のハムと鶉のガランティーヌがことによろしい。
*和牛のたたき
*ハンバーグ……塊の肉を半生に焙ったのを細かく叩き、エシャロットなどを混ぜて出す。ステックタルタルの柔媚とステックアシェの香ばしさ、いいとこ取りのひと皿。
*豚すね肉(?)と椎茸……自家製柚胡椒を添えている。

そして我がベキャス殿の登場となる。調理前の、オナカを広げたあられもない姿をまず鑑賞する。なんともまあ、エロティックなボルドーいろ。

 まずは内臓の串焼き。鴫だけでなく色んな野鳥で、前田シェフはこれをしてくれる。あれこれ手をかけるよりこれが一等旨いのである。しかも別の日にベキャスコースを頼んだ客が「内臓は要らない」と言ったそうで、肝が二羽分もあった。なんて勿体ないことするのかしらんとニマニマしながら優美にして凜とした苦みをひたすら満喫する。

 あとはロースト・・・ではなくこれはグリエかな。目の前に炭台を据えてそこで炙り焼きしている。文字通り頭のてっぺんから足の先まで出てくる。脳みそのとこをちゅうちゅうするしてると、ついワインの方がお留守になってしまう。味は上記のブログでさんざん描写したから、もうそれ以上書く事はない。生きてる内にまた巡り会えた幸福をしみじみ思うのみ。

 この後で焼しゃぶとすき焼き風丼(鯨馬はさすがに卵かけご飯にしてもらった)が出ることから分かるように、草津店とは違ってここは自由に肉で遊ぶというスタイルであるらしい。古典料理・地方料理にこだわりを見せた草津とこちらを食べ分ける愉しみが出来たというわけ。とにもかくにも、前ちゃん、ありがとう。

 


今野真二『日本とは何か 日本語の資源の姿を追った国学者たち』(みすず書房
ジョゼ・サラマーゴ『見ること』(雨沢泰訳、河出書房新社)……傑作『白の闇』続篇。
○藤井一至『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社新書)……土ってこんなに分かってないもんなんだなあ。文章はややサーヴィス過剰だが、もう少しこの研究者の本を読んでみたい。
○『歪んだ時間』(「冒険の森へ 傑作小説大全」8、集英社
○ピーター・ゲイ『シュニッツラーの世紀』(田中裕介岩波書店)……シュニッツラーの日記を手がかりに、中層ブルジョワの経験世界の諸相に分け入る。相変わらず水際立ってるなあ。
○『夢の扉 マルセル・シュオッブ名作名訳集』(国書刊行会
○村山修一『本地垂迹』(日本歴史叢書、吉川弘文館)……昭和四九年の本だから(鯨馬と同い年)新知見を得たわけではないが、本地垂迹の歴史的展開から説き起こして、教説・文芸・美術の諸相を網羅する叙述は今でも充分役立つ(ま、こちらが素人なだけなんですが)。特に宗派ごとの垂迹思想のありようをまとめてくれているのが有難い。
岳真也『百期百会 令和のいまに顧みる昭和・平成文壇私史』(牧野出版)……はじめ「ブツダンの、しかも昭和以降限定の歴史なんて変わった本だなあ」と思って、頁をめくるに違和感を覚え、ようやく題名の勘違いに気づいた。イドラの除き難きこと知るべし。ま、亡くなった作家の思い出なんだからある意味ブツダン「私史」なんだけど。
古川緑波『ロッパ食談 完全版』(河出文庫
柳宗悦『民藝図鑑』(ちくま学芸文庫)……最近はこのシリーズ(全三巻)を晩酌のアテとしてる。
○伊藤痴遊『続隠れたる事実 明治裏面史』(講談社文芸文庫