道化の桜

 四月初めの記事らしく、桜の話題です。

 最初に花を見たのは、正確に言えば三月末なのだが。赤軍女性将校(前項参照)のダンナから、「少し呑みませんか」とお誘いを受けて、三宮に出たのが先週末。所属していた研究室の解散会になるというので、こちらは家で晩飯を食べてからおもむろに出動。

 さすがに三月最後の金曜日とあって、阪急の西口ではなにやらわあわあ泣きながら抱き合っている二人組もいれば、ピアニカ(懐かしい!)の合奏による『蛍の光』で同僚(上司?)を送り出す一団もあり、巡回の警官もなにとなく多いような気がして、全体に騒然としている。

 ダンナから少し遅れるとメイルあり。近くのパブに入ってビールを呑むことにする。

 この店は客銘々に殻付きのピーナツを駕籠ごと出してくれる。当方(鍵なりのカウンター角)の横にいる兄ちゃんが、このピーナツを栗鼠やハムスターを連想させるペースと食べ方で、とはつまりいささか尋常でない勢いで食べ続けている。

 ぽりぽり。べりべり(これは殻を割る音)。ぽりぽり。べりべり。ぽりぽり。これが間断なく続く。

 気付かれぬ程度に顔を伺うと、十時過ぎにしてすでに真っ赤。目に怒りを含んでいる。

 ふられた?それとも会社を馘首になったのか?と想像を広げながら黒ビールをゆっくり呑んでいるのは愉快な気分だけど、一つ困ることがある。こちらがピーナツを食べようとすると、なにせこの齧歯類氏の速度が猛烈なだけに、どうしても食べる手つき(と音)が妙に同期してしまうのですな。些細なことながら、いったん気にし出すと相手の間を外そうとして、かえってこちらの動きが不自然になってしまう。神経の触手をさりげなく一定方向に張り出してぴりぴりしている気味合いを、目は充血して不穏な電気を放射している相手がひりひりと感じ取って、こちらに理不尽な言いがかりをつけてくる。その声は予想したとおりに濁っており、周囲の客もこれまた型通りにさりげなく目を逸らしている・・・・。

 と妄想がここまで広がったころにダンナから着信。急いで待ち合わせ場所に向かう。さいならムシュー・ネズミ。

 ダンナは理系のポスドクである。四月から新しいラボに配属されることになっているが、ご存じの如く、研究職をめぐる環境はまことに厳しい。話はもっぱら愚痴であった。

 こちらも文系理系の違いはあるといえ、一時期同じ方向を目指していただけに、同情の思いもひとしお。だからといってどうしてあげるわけにもいかず、ただうなずいて聞いているのみである。妻女の話しぶりがマシンガンとすれば、こちらはさしづめ火縄銃というところ。それだけに、もどかしそうに選んで出してくる一語一語の含みは大きい。

 桜はまだかいな。

 ダンナと別れた後、歩いて戻る時に、中山手のお屋敷町で、満開寸前の夜桜を堪能したのであります。所柄、桜も街路樹よりは庭木の方が多い。だから塀を越えて道に垂れ下がっている枝の下をくぐることも多くなる。花にしだれかかられているようで、なまめかしいことこの上ない。これが深夜一時半くらいのことだったが、中華同文学校の側で、感に堪えたように桜を見上げているサラリーマンがいた。側を過ぎると酒の匂いがしたが、あの人はどういう気分で花を見ていたのか。

 続いては翌日。今度は職場の年度末の飲み会。

 こんなものが愉しいわけはないので、そそくさとやり過ごして、お気に入りの店で改めてぬる燗(肴はカラスミとこんにゃくのおでん)とちびちびやり、さらに次の店でバーボンを二、三杯引っかけたあと、またしても歩いて御帰還。この日は再度筋近くの宇治川公園で、缶ビールとたこ焼きでもう満開となってしまった桜を眺める。はたから見たら単なる不審者だろうけど。少し酔っているせいか、たこ焼きを一つ地面に落としてしまい、それをに足で砂をかけて埋めようとしているうちに、小説のプロットをひとつ思いつく。小説を書いているわけではないが、こういう着想を組み立てていくのは好きなのである。ちなみに思いついたプロットとたこ焼きは何の関係もありません。

 そして三度目の桜が四月一日。仕事帰りに買い物を終え、山を見るとモーヴ色の暮れ具合がまことによろしい。原付は置いて、歩いて戻ることにする。この日は一昨日と同じ宇治川の、ただし下流、つまり暗渠化する手前百メートルほどの道沿いに咲く花の下を通って歩く。綺麗なことはいちばん綺麗だったが、原付で駆け抜けたときの印象は一段上だったような。この道はいかにも川沿いらしくうねうね曲がっていて、その屈曲具合のせいで、花が右から左から迫ってくるような生々しさはある程度以上の速度が無ければ味わえないらしい。

 もっともこの日は、以前からのお気に入りである一本(周囲の樹に比してなぜか花弁の色がやや濃い)をじっくり眺められたのは嬉しかった。

 この日の献立は、蟹(なんだかよく分からない種類)の身と味噌を卵に混ぜて焼いたもの、手っとりばやく言えばカニタマであるが、中華風でなく、タイムで風味を付け、マッシュルームの薄切りも入れる。

 それとブロッコリーと独活のサラダ。細かく揉んだカツオブシと梅酢を主体にしたソースをかける。自家製ベーコン(燻製せず、塩漬けだけのもの)のロースト。菜の花と蛍烏賊のパスタ(ニンニクをたっぷり効かせる)。当然白ワインを呑む。

 現在大学の師匠その他の諸氏と巻きつつある歌仙で、師匠は

  花ぐもりミミズ土中に恥ぢらひぬ 桃

という発句を詠み、それに先輩が

 若草匂ふ洟たれ小僧      綺

と脇を付けた。「洟たれ小僧→新入社員」の連想で、こちらが付けた第三。

  空霞み訓示メモする莫迦も出て  碧村

 ニュースで入社式の映像を流していたのでこの句を思い出した。

 日航の社長が「再建にあたっての(国税から)ご支援いただいたことに対する感謝を忘れてはならないのであります」としゃべっている。

 入社式は四月馬鹿の日でもあるんですな。
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