翼をください〜湖北旅行(2)〜

 余呉から長浜までは二十分。これだけの時間で「神秘の湖」(と看板に書いておった)から観光客の押し寄せる湖北の一大名所に着いてしまうのだから、この国は広いというのか、狭いというべきか。

 後日たまたまテレビ(『百年名家』)で長浜の町を特集していた。そこで得た情報によれば、一時期の長浜は「一時間に人間四人犬一匹」というひどい衰えざまだったらしい。そこから立ち上がるきっかけになったのが町の中央にあった通称「黒壁銀行」を利用したガラス工房の開店だった。はじめは地元商店街から白い眼で見られていたけれど、観光客が増加するにつれ、古い町屋の前面を覆っていた醜い看板・シートを外す動きが広がって、さらに観光客が増えるようになったのだという。

 「町おこし」の、これは幸福な一例といっていいのだろう。実際低い家並みと綺麗な水が流れる堀とは見る価値がある。ただ、観光地はどこでもそうなのだろうが、長浜でもやはり、素直な感興が一呼吸手前で殺がれてしまう、そういう間の悪さを感じたことは否めない。たとえば料理屋で旨いなと思いつつ食べていて、「これはどういう料理なんですか」とこちらが訊く一瞬前に、得々然とした顔の主人が説明を始めたときの白け具合といいますか。

 盛りのものに難癖つけるのはつまるところ二流の僻み根性、そういわれても仕方ないが、一つの町がほんとうに名所として長く栄えるにはこういう、微妙な肌合いこそが重要なのではないか、そう反論もしたくなる。だって、料理屋にしても、いい材料を使っていて店の造作も洒落ているならまた行きたくなるという訳ではないのだし。

 とりあえず町を歩く。まずは長浜別院・大通寺。山門は修復中とて見られず。本堂を一瞥して過ぎる。本願寺教団のお堂の威圧的な屋根の反りをこちらはあまり好かない。

 そこから少し歩いて長浜八幡宮へ。親子連れが目立つと思ったら、七五三詣りなのだった。四十面の男一人というのも胡乱に見えるだろうから、なかなか古趣に富んだ檜皮葺の本殿を拝見して辞した。

 まだまだ時間(鴨を食うまでの時間ということです)はあるので、今度は町の中心部を抜けて反対側、つまり海のほうへ向かう。復元された長浜城の手前に豊国神社がある。むろん江戸時代を通じて公式な豊国大明神の信仰は禁じられていたからここも社殿自体は明治の再建にかかる。森もなく、社域は全体に潤いに乏しい。

 大坂生まれだが、豊臣秀吉という英雄にはあまり親しみを感じない、というより大坂に本拠を置いてからの彼に違和感をおぼえるというべきか。逆に長浜を与えられたころの「羽柴」秀吉にはまだ闊達な精神の働きが見えて好ましい。それに、ここは「せいしょこ様」こと加藤清正も合祀されている。太閤没後の清正が、あたかも豊家滅亡を見通したような、絶望に満ちてなおかつ誠実さを失わない働きを続けていたことに、まるでくたびれた中間管理職を見るようで、深い共感を持つ人間としてはお詣りする必要を感じたのである。こんな神信心もないものだが。

 なんだか今回は小理屈が多いな。

 長浜城天守閣には入らなかったけれど、創建当時のような、湖面に付きだした城割が残っていたらどんなにか見事な眺めになっていただろう、と思う。そこから連想するに、近江って、安土城は言うまでもなく、近江八幡の八幡城といい、廃絶となった城が多いね。それが森澄雄のような俳人を惹きつける詩情を生んだのか。

 やはり小理屈が多い。しかし快晴の空の下、由緒ある土地でしんねりと理屈をこねるのも乙なものですよ。

 もう一度「黒壁スクウェア」に戻り、あとはもう気分のままに街角を折れ、路地を通って歩きまくる。一軒古本屋を見つけたのが嬉しい。古本屋に入るのはいつだって楽しいものだが、初めての町で見つけるとなおのこと嬉しい。ここでは圓生松鶴(六代目)の伝記を買った。

 さて本題の鴨。せっかく長浜に来たのだから、吉田健一に敬意を表して(名著『私の食物誌』は「長浜の鴨」から始まる)、『鳥新』の座敷で鴨鍋をつつきたかったが、何せ当日の朝に思いついたものだから、前日までの完全予約制というこの店は今回は無理。かわって大通寺参道沿いにある店に入る。

 店内の拵えは、ま、はっきり言ってそこらの食堂という感じでしたが、味は良かったし、おばちゃんも親切かつ(ここが肝腎)親切すぎなかったのもいい。テーブル横の本棚に農文協の『日本の食生活全集』全巻が揃っているのも好もしい感じである。

 コース料理は二人前からですが、ご予算に応じて按配しますよ。あ、ではそれでお願い。

 出て来たのは以下の如し。鴨の小田原蒸し・鴨の肝焼き・鴨鍋・焼き鴨・鴨鍋(抱き身・つみれ・ロース。他には大盛りの葱と豆腐のみ、というのもこちらの好みに合う)。あ、そうそうここで使っているのは天然の真鴨のみ。合鴨と違って脂ではなく身の部分が旨い。血の味が濃くて、しかもその血がふんだんに含まれている。

 といった品々を、時分どきをすぎて森閑とした店内、『七本槍』のぬる燗とサッポロの瓶ビール(大瓶!)でゆっくりとつつく。

 食べてるうちに羽根が生えて、くわくわ啼きながら琵琶湖(いや、余呉湖か)に飛んでいきたくなるような至福の時間でありました。

 お土産はもちろん鮒鮓。もっと冷え込んでからちびちびと食べるつもりである。酒も滋賀の銘柄で合わせよう。
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