南極の酒

  「美食の不幸」でも書いた懐石の店「S」でお昼。昼飯とはいい条、休みなのでむろんのこと酒は想定の上。まず例によって献立を記せば、以下のごとし。

  先付  生雲丹、生湯葉、山葵、加減醤油
             木盃で一献

  椀盛  牡丹鱧、焼茄子、三度豆、吸口青柚
  造り  鱸、鱧(皮目だけに湯ぅしたもの。身は半生)、秋刀魚(初入荷、網ではなく一本釣りなので身が締まっているとのこと)。
  八寸  (里芋の大きな葉の上に)玉蜀黍、玉子焼風カステラ、干し柿ワイン煮、湯むきトマト、糸もずく
  焼物  秋刀魚塩焼
  強肴  岩牡蠣酒盗
  炊物  揚げ豆腐、南瓜
   飯  香の物(胡瓜糠漬、梅干、千枚漬、塩昆布)
  水菓子 杏シロップ煮
  菓子  薯蕷羹、小倉
    薄茶

  酒は山名酒造「奥丹波」と「菊姫大吟醸

  十二時に入店して、四時まえまでかかってゆっくりと食べた。

  料理。鱧、秋刀魚、干し柿酒盗がすばらしい。ことに酒盗、これは渡り蟹の内子でつくったもの。昆布の香りがまさに酒盗みをそそのかす。

  酒。山名酒造の酒は、「兵庫錦」なる酒米を栽培するところから始まって、今年ようやく蔵出しまできた、正真正銘の蔵出し。だからというわけでもないだろうが、やや「おぼこい」含み香。のどごしもすべっこい。これからの造りの《ブレ》こそが楽しみである。
  
  菊姫大吟醸オンザロックで。氷は店主が「あとわずかです」と出してくれた南極のもの。氷が溶けるにつれて、ぷちぷちと音がする。こまかく閉じ込められた気泡が何百万年(?)ぶりに大気へと戻っていく、その「おきぬけのあくび」ともいうべき音のごちそう。それにしても、ロックでのんでものどごしを変えない菊姫の腰の強さ(純米ではなく、大吟醸なのだ)、賞すべし。

  今日はカウンターでいただいた。奥の席で三人の客がにぎやかにはなしていた(聞けばさる名刹の師家とそのご一行とのこと)ので、店主が気を遣ってくれたのだろう(蓮の葉に擬えた里芋の葉の趣向は、仏家への心配りか)。おかげで、杯箸のあいまにいろいろな話をきけたのが良かった。

  上質の蛸・鱧の見分けかた、いかに神戸の日本料理が低レベルであるか(要するに、味がわからない客がいかに多いか)、コメをつくる手間(店主は新潟出身)、懐石における「趣向」の意義などなど。ぴしっと山葵のきいた語り口だった。印象に残ったことばをいくつか。

  「日本料理は家庭料理の延長と思われたら滅びる」「三割のお客さまに分かっていただけたらそれでいい」「結局は自分がまんぞくできないと続かない」

  たまたまだが、一昨日はヴェトナム料理、昨日は焼き鳥の店で食べた(独身万歳)(ふだんはこんなに外食してません、念のため)。

  前者における、野菜をおいしく食べる工夫、および薬味の料理本体へのとけこみかた(「お造り」のつま・けん・薬味として、ひからびた大葉、しなびた大根、不必要にみずみずしいパセリを添えてくる食べ物屋を、深く憎悪する)、後者での「焼き物」の位置(造りはまずまずでも焼き肴は話にならない店は多い)など、「S」のような正格の懐石を守ろうという店はおいて、《これからの日本料理》(というものが存在しうるとして)がおおいに参考にすべき点があるように思われる。

  しろうとが偉そうなことを言ってすいません。