この昼下がり

  元町にある歯医者で治療を終えるとちょうど昼時分。歯医者からは歩いてもそう遠くないイタリア料理の「トラットリア・コチネッラ」で久々に昼食をとることにする。

  この店はアンチパストの盛り合わせが有名。この日もつごう一二種類のアンチパスト(もちろん分量は一口ずつ)が、プレートの上に華やかに居並ぶ。

  感心したのはクネル(のようなもの)とかぼちゃ。前者はふうわりした舌触りで、呑み込んだあとから、その感触にふさわしい温雅な甘みが広がってくる。後者については、かぼちゃで酒が呑めるか!と思っていたこちらの予測は楽しく裏切られた。甘さは残り香程度にしかとどめず、さくさくした食感(この火の通しかたもすごい)が快い。ワインビネガーか生姜で風味をつけてるのかなあ。それくらいピンと角の立った味付けではあった。

  ワインはブルガリア産。少しくコクに欠けるのを憾みとするものの、香りはいい。ブルガリア=薔薇の連想で点があまくなっているのかもしれない。

  良い気分で店を出、中山手のお屋敷町をぶらぶら歩いて帰宅。

  帰るとすぐに机に向かう。勉学にはげむわけではなく、ロレンス・ダレルのThe Avignon Quintetを読むため。Quintetとあるとおり、五部作のまだ第一部だが、すでに物語の魅力に惑溺しつつある。

  ふだんは、福音書であろうが哲学書であろうが、ベッドに寝転がるかソファで自堕落に横たわって読むのを習いとしているものの、この小説はそうするわけにはいかない。英語がむずかしくて、しょっちゅう辞書を引かねばならないからだ。むろん、自分の語学力の貧弱が根本の原因ではあるのだけれど、ダレルの文章は異常に豊富な語彙、奇抜な比喩、華麗な形容句、そして何よりいかがわしさすれすれの音楽美(ダレルの小説を評したG.スタイナーはたしかpompousという形容を用いていた)に満ちた、一筋縄ではいかないもので、そのことはダレルの最高傑作であり、20世紀小説の一到達点でもあり、はばかりながら我が「聖書」でもある『アレクサンドリア四重奏』で重々承知してはいたのだが、『四重奏』に関しては、さいわい高松雄一氏の名訳(最近改訳が出た)があるのでここまで苦労することはなかった。

  というわけで、頁を繰る手もおいつかない・・といったスピードでは読めない。その代わりに一つ一つの描写や形容の表現を、なめるように味わいつつ物語をときほぐしている。

  今度はコチネッラのテラス席(があるのだ)に持ち込んで、ワインをかたむけつつ読むべいか。