天動説キッチン

 年末年始はよく呑むことも呑んだけれど、いい本にも沢山出会えた。今回はその中の一冊の紹介から。

 中村和恵『地上の飯 皿めぐり航海記』。この著者の本は初めて読む。どうやらクレオール文学方面の研究をしている方らしいが、いわゆる研究者ぽくない文章がなかなかいい。


  全体わたしは湯気好きだ。生まれ変わったら雲なり風呂なり火山池なり、おひつのご飯、せいろの小籠包、なにしろなにか湯気の立つものになりたいと思う。漱石先生は余も木瓜になりたいと書いておられるが、わたくしもできれば湯気になりたい。


 湯気だから、というわけではないが、茫洋たるユーモアと、(ここが大事なのだが)端整さとの両方備わっているのは当今珍重すべきことである。内容は著者が各地で出逢った印象的な食べ物、および食べる人、および食べる文化についてのエッセイ。といってもいわゆるグルメガイドではまったくない。むしろそーゆー本には食傷している人も多いと思うが、そんな食欲不振の方でもかなりの確率で猛烈な食い気を刺戟されるはず(ただし文体の美に魅せられる質の人に限る)。たとえば、カリブの島(ドミニカ?それともタヒチだったかもしれない))の果実。カシューカシューナッツの果肉のほう)。コーヒーの実(これも果肉)。ココナツ。ポメラック(「梨形の赤い皮、白い果実のりんごに似た味の果物」)。アーモンド(「落ちている。生でもうまい」)。レモン、オレンジ、ライム(「なっている。甘いものも酸いものも香りは高い」)。カカオの実。トゲバンレイシ。バナナ。グアバ。この果実名の羅列で私、コーフンしました。

 惜しむらくは、現今の先進諸国の市場至上主義やグローバリズム、またかつての植民地支配への弾劾が、他の部分との調和を欠いていることである。これは、愉しい食味随筆に野暮な話題を持ち込むな、と言っているのではない。話はむしろ逆で、これだけしなやかで優雅な文体をもって近代文明批判が叙述されていたら、さらに深い一撃となっていたはずなのに、とその不徹底を惜しんでいるのである。

 で、『地上の飯』を堪能したこちらが道祖神(豊饒の女神ケレスとすべきか)の招きにあって漂泊の思いやまざるか、というとそんなわけでもない。旨いものを求めて東へ西へ、という人生はやはり虚しい、というか莫迦莫迦しいような気がする。むろんそれに狂熱的な執着をもって流浪を重ねるなら別である。石毛直道先生とか。キュルノンスキーとか。

 そういった達人の域に達しない人間としてはやはり、中村さんのように旅上でたまたま出逢った美味を愛でるか、旅など滅多にかなわない境遇であってもせめて日々の暮らしの中で見つけた美味を味わいつくすのが本道だろうと思う。

 昨晩は鱧と見紛うような巨大な穴子を見つけた。こういうのを伝助穴子というのかな。ともあれ肉の厚さといい艶といい、実に旨そうである。さ、これをどう料るべいか。

 鰻でいうならメソッコのような穴子であれば、醤油と酒(とわずかな蜂蜜と花山椒)だけで煮詰めた佃煮がお茶漬けの具として最高なのだが、さすがにこれだけデカイと佃煮には脂がのりすぎている。ならいっそのこと、脂の香りを生かしてソテーにしてやれ、と思いついた。

 まず開いた身の皮目に湯をかけて、包丁の峰で白く凝固したぬるぬるを綺麗にこそげおとす。そのあと反らないように串を打ち、直火で軽く炙る。焦げ目が少し付く程度。その後白ワインで身を湿し、うっすらと小麦粉をふっておく。

 フライパンにニンニクの薄切り・オリーブオイルを入れて、弱火でじっくりニンニクの香りを引き出す。そこに穴子を投入。身も皮も表面がぱりっとするように焼いていく。塩胡椒は最後に。仕上げに、これも最近手に入れた水牛のバターを親指の先ほど入れて香りを立たせる。これは値も張るけれど、乳の香りがえらく濃厚な逸品である。あつあつの白飯にこれを落とした上に醤油を垂らしてほおばると口いっぱいに愉楽が広がる。

 話を戻して。穴子を取りだしたあとのバターに生のバジルを細かくちぎったものをいれて少しだけ火を通す。バジルを穴子の上にのせたら、ライム果汁とと蜂蜜、白ワインを残りのソースに加えて煮詰める。

 横には平茸と海老芋のソテーを添える。穴子はナイフを入れるといくらでも透明な汁が溢れてくる感じ。噛むと口いっぱいに愉楽が広がる・・・また使ってしまった。これは、王者のような味ですな、とひとり満面の笑みを浮かべつつ、樽の効いた白を呑む。

 しかし、なにぶん大きいのでまだ身は余っている。白はボトル半分で切り上げて、酒に替える。となれば穴子は白焼き。生山葵を盛大に摺りおろし、そして、これも本日の秀逸!と声をかけたくなる静岡は服部海苔店の極上焼き海苔でいただく。魚の豊脆、山葵・海苔の清爽がぶつかって、口いっぱいに愉楽が・・・。

 ほらみろ、カリブくんだりに出張らなくても、こうして何度でも絶頂に達することができるんだぞ、と食卓で誰に向けてでもななく威張りかえっている。



※年末年始に出会えたいい本の続きはまた今度。


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