遠くにありて思ふもの〜金沢旅行(3)

 旅の最後は、ここも再訪となる鶴来の『和田屋』さん。今回も空室の都合が合わず(宿泊は原則二人から)、昼食のみとなった。

 金沢市内で霰だから、鶴来まで行けば一面の雪か・・・と多少期待して駅を降りたところ、ここでも冷たい雨。歩いておよそ三十分。ふだんから苦にもせずこなしている距離ながら、氷雨に濡れとおりながらの三十分はこたえた。後半は足先の感覚がなくなるほどで、誰も歩いていない鶴来の町中を(それが賢明というものでしょう)、我ながら酔狂にもほどがあるとこぼしながら歩を進めていく。こんなに遠かったっけなあ。雪が降ってなかったのを幸いとしなければならない。

 さて通された部屋は二階。軸は文晁の竹。窓から庭を眺めおろすと、雪つりの粧いが終わっていた。

 むろんビールなぞ欲する気分ではなく、「萬歳楽」の四合瓶を頼んだ。献立は以下の如し。

〔珍味〕
○子持ち鮎粕漬け(ほんのり甘いのだが、冷え切った体にはこれくらいがおいしく感じられた)
〔前菜〕
○鱒の笹寿司
○干柿バター(これも甘いが、洒落た組み合わせ)
○むかご真蒸
○白山堅豆腐味噌漬け
ちしゃとう味噌漬け
○白和え(中の茶色い山菜(茸?)が乙)
〔椀〕
○蕪すり流し(白山滑子と芝茸、吸い口は柚子。そういえば近江町でもずいぶん立派な滑子を売っていた。絶対余所では食べられないんだろうな)
〔小鉢〕
○自然薯とろろ
〔造り〕
○岩魚と鮴洗い(山葵醤油と梅醤油で。岩魚の身が黄金いろに光っていた)
〔焼き物〕
○岩魚塩焼きを加減酢で(豊膩ということばがふさわしい。ほろほろとくずれる身を噛みしめると、気品あるあぶらがあふれてくる。これは囲炉裏に炭火を熾して、料理人が焼いてくれる。一尾といわず二尾三尾と欲しかった。そして出来たら大杯に熱燗を満たしたところに焼きたての岩魚をじゅっとつけた、つまり岩魚の骨酒をやってみたかった)※あとで聞くと、追加注文も出来る、とのこと。次の楽しみが出来た。
〔温物〕
○蓮根饅頭湯葉あんかけ(もちろん加賀蓮根)
〔小鍋〕
○熊鍋柳川風(肉の部分は噛むとほのかに獣の匂いが立ち上り、脂はもう甘いとしかいいようのない滋味。山葵醤油で食っても旨いんだろうな)
〔強肴〕
○子持ち鮎紫蘇炊き(こってりと煮ているはずなのに、紫蘇のおかげで奇妙にさっぱりとしている)
〔揚げ物〕
○鮴からあげ(かわいらしいやつを二尾、姿のまま。全身がコロモみたいで、というのは油っぽいのではなく、歯をあてると落雁のようにくずれて後は絶妙の味だけが残る、という感じ)
〔食事〕
○銀杏のおこわとにわか蕎麦(おこわよりも蕎麦がよかった。酒でねばった喉を冷たく清らかに蕎麦がおちてゆく)

 堪能した上でもう一度思ったのだが、やはりここは泊まりでないと神髄を味わえないのではないか。いちばん多いときには一階座敷の天井近くの高さまで雪が積もるという。その暗い部屋、赤く熾った囲炉裏のぐるりには串にさした岩魚が香ばしい匂いをあたりにふり散らし、卓の上には熊かそれとも猪鍋がぐつぐつと煮え立っている。小鉢は茸・山菜の類の塩漬けやら粕漬けやら味噌漬けやらがてんこもり。そしていうまでもなく、お銚子もずらり。古九谷のしっとりと華やいだ杯でいつ果てるともなく飲み続ける。

 どれだけ勘定がかかるか知らんが。

 せめてこの宿を愛した酒仙にあやかって、酒だけでなりともこの夢を叶えたいものだ。そう思ったら、自然に腰折れ狂歌一首、すらりと出た(半分以上は「萬歳楽」のおかげ、と考えておく)。

  吉田健一大人を偲びて
お銚子はいつ果つるともしら山にわたや積みけむ初雪の宿


 歩いている時はあれほど難儀してたくせに、神戸のマンションで思い返しながらこうしてブログを書いてると、もうあの冷たさが、夜の町の暗さが、長町の石畳が黒く濡れて光っている風情が懐かしくてならない。・・・すなわち、また近いうちに、金沢、行きます。 

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