地上の星

 無事卒論を出し終えた相方が来て、夕食にアサリとほうれん草のクリームパスタを作った。パスタはかなり気合いの入ったアル・デンテ。貝のワイン蒸しは少し火が通り過ぎていた。ま、歴代付き合った子で、こちらより料理の腕が上だったやつは一人もいないし、くたびれきっている所をわざわざ作ってくれたのだから、別段文句をいう筋合いではない(生クリームをうんとこさ入れたら、結局食える味になった。料理は奥深い)。

 こちらは唐揚げをお付き合い。これこそ家庭の数・居酒屋の数だけ作り方がある、とはつまり国民食ともいえる料理ではないか。当方はあまり食べないが、それでも気分によっていくらかレシピを変えて作る。今回は中華風。ショウガとニンニクの絞り汁・胡椒・紹興酒・白醤油・砂糖ひとつまみ・五香粉を揉み込んで、片栗粉をまぶして揚げる。竜田揚げ風にならないように、ショウガ・醤油風味・甘みはなるたけ抑えるようにします。

 なまけていた結果、二日の徹夜明けという相方は夕食を食べ終えるかどうかというあたりからすでに目がうつろ。がみがみ言って風呂に入れさせ、寝かせたあと、こちらは虫眼鏡を片手に、古地図をおもむろに拡げる。

 最近江戸期の大坂の地誌に凝っているのである。『摂津名所図絵』や『浪華の賑ひ』などの記事を読んでは、古地図でその場所を確かめたあと、江戸の随筆や『米朝全集』などでその名所の《空気》を想像する。権高い京よりも、武士が威張って町人もまた何かと言えば「お膝元」をひけらかす江戸よりも、「なんでもカネ」の現実むきだしのままに放恣に生活を享楽していた大坂が、やはり当方なぞの身の丈にはぴったりくる。もっとも船場の昔を描いた随筆などを読む限り、商家(とくに大家)の始末ぶりはたいがいのものだったらしいけど。

 さて翌日は、相方の提案で明石市立天文科学館へ。こちらは二十年ぶりくらいかな。週末とはいえ、かなりの人足が見られたのが、失礼ながら意外な印象。カップルや親子連れに混じって、天文好きらしい若者やら中年やらの姿もあるのが好もしい。

 星座の解説はそれとして(係のおねえさんがライヴでしゃべるのである)、「街の明かりがすべて消えた場合に見える星空」が頭上いっぱいに投影された時には、まさしく息を呑んだ。「降るような星空」という陳腐な形容こそがぴったりくる。昔、林間学校(というのがあった世代なのですな)でたしか和歌山の日高に行った時、星の数の多さに気持ちが悪くなったのを思い出す。

 明石と言えばやっぱり魚の棚。しかし夕方も遅めの時間だったし、急に思いついたため、お目当ての鮨やに予約もとれず、これはこれで好物の玉子焼き(酒のアテにもいいと思います)、たこぶつ、焼き穴子などでビール。ぐっすり眠って元気になった彼女も一枚半をぺろっと召し上がっておいででした。今度はお昼前から来よう、そして鮨やでちくと呑んでから、玉子焼きを頬張り、そして『田中屋酒店』で立ち飲みしてから(相方は呑めないのだが、ま、なんとかしてもらうことにする)、鯛・蛸・小魚などをたーんと買って帰って家で明石祭りやな、と、すっかり神聖なる星々の運行も忘れ果てて、我が内なる食いしんぼの法則に従うのみでありました。
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