行きはよいよい・・・

 今年、中途採用で入った後輩禄仙の案内で、同僚・芒男と大阪は天満に遊ぶ。こちらのような、大阪出身の《亡命神戸人》はあまり元・故郷に足を向けることがない。久々の大阪を暢気に楽しんだ、という話。


 おなじ天満でも天神橋筋商店街ならばまだしも、古本屋や天神さんでの古書市などで時々はぶらつくことはある。しかし環状線天満駅付近はほとんど行ったことがない。「ならば、いかにもこの辺りというディープなとこにしましょ」という訳で、『玉一』なるコリアン料理店へ。


 ここにつくまでがまたひとつの景物であって、焼け跡闇市の熱気はかくもあったであろうかと思われる飲食店がひしめいている。いや、ここは「犇めく」という字を用いたいところ。それくらいの猥雑混沌だったのである。「店」といったが、大半は路上にテーブルを持ち出して店だか道だか分からない状態になっており、そうでない店も夕方の空気が涼しいこともあって、ドアおよび窓は全面開放で街じゅうにわーんという音声が充満している。それでも剣呑な雰囲気のほとんど感じられなかったのはさすが世界に冠たる文明国の後光が射していると見るべきか、はたまた消費経済なる僭主に牙を残らず抜かれて馴致されきったあげくのディストピアか、などと皮肉をひねり出す間も実際にはなく、まあ、客観的には口をあんぐりあけてオノボリサンが引率されていく体であったろう。芒男は、これまた神戸は神戸でも西神ニュータウン育ちの「エエシの子」であるから、当方とはまた別の感慨にふけりながら歩いていたようである。


 さて『玉一』。この界隈に三軒ある老舗のコリアン料理屋であるらしい。間違えて入りかけた一軒目の店では、《元帥》らしきオモニが出てきて、丁寧に道案内してくれた。


 まずはサムギョプサル。豚バラの厚切りはともかく、肉を巻いて食べる葱サラダとキムチの味がすばらしい。しょっぱいだけでなく辛いだけでなくすっぱいだけでないキムチを久々に食べた。ナムル類も旨い。その他に、チヂミがどーんとサーヴィスで出てくる。この店のオモニの息子さんがやっている立ち飲み屋に、禄仙子がしげしげと、とゆーかほぼ毎日通っている、そのことに対するサーヴィスだったらしい。

 これだけでも結構満足したのだが、禄仙子が続いて追加したのは実にカムジャタン。たしかに「小」といったはずだが・・・テーブルの半分を占拠するような鍋に茶色のスープがふつふつと沸き立っており、そこにご存じのじゃがいもと豚の背骨がごろごろと浮いている。三人で不安気に顔を見合わせてしまったのが正直なところ。それでもいつの間にやら平らげてしまったのだから、ぱんちの効いたスープとサンチュの香りの功徳や知るべし。


 さすがにここらで満腹。今度は手長蛸やらアワビやらをむさぼり食いに来ますね!


 店を出ると、往き道よりもさらに濃密な一角を通って大通りに出る。こんなに飲食が多いのはすぐ側に天満の市場があるから、ということらしい。たしかに江戸の昔から天満と言えば市、とこう来ますわな。焼き鳥やホルモンだけでなく、なるほど鮮魚を店頭に並べてお好みに料ってくれるスタイルの店も多い。繊細な包丁さばきやら微妙な味わいを要求するのは筋違いだろう。豪快に塩を振って焼いた魚や、ぶつ切りの煮込みで冷酒やら白ワインやらをあおったら、これはもうたまりませんねえ。


 再訪を心に固く誓う。


 ところが、我らが新入社員の端倪すべからざることを認識したのは実はこれから。タクシーを飛ばして向かった先は北新地。前の会社時代の行きつけのスナックで二次会。なかなか侠気のあるママさんと、色気があるのやらないのやらという馬鹿話をして一時間ほど呑む。この日は出ていなかった子が、なんだかこちらの好みであるような話であった。


 再訪を心に固く誓う。


 ところが、我らが新入社員の・・・もうこれはいいか。あっさり結果を書きつければ、スナックを出たあとに駅ビルの地下にある立ち飲み屋で仕上げをしたのです。なんだか完全に順序を間違えているような気もするけれど。


 土曜の、しかも割と遅い時間に立ち飲み屋が、駅前ビルで営業しているというのがそもそも???という感じであるが、入る時の風情がまたいいのですね。どう見ても警備員専用やろ、というドアからするりと入って地下に地下に階段を降りすすんでいくと、なにやらあやしい声が響いてくる。企画モノAVの撮影中やろか、なら参戦は無理としてもせめてギャラリーになりとも、などと芒男とささやき合いながら階段を曲がりきると、そこに店があった。しかも仰山の客がしこしこ召し上がっておられる。禄仙子はここでも顔らしく、あちこちの常連に仁義を切り回っている。芒男と当方はただ鳩豆の顔つきにて黙々とハイボールを流し込むのみ。あまつさえ店の外を通りかかる連中は、もれなく(まさしくもれなく)禄仙に「いよー」と声を掛けて過ぎていくのであった。


 さすがにこの店ではなにも食べなかったが、ここも再訪登録決定。禄仙は、困ったことにまだまだ天満近辺でのカードを持っているようである。


 新快速に乗って神戸まで帰らねばならないのが、いかにも苦痛であった、という一夜でした。

【ランキングに参加しています。下記バナーをぽちっ。とクリックしていただけると嬉しう存じます!!】
にほんブログ村 料理ブログへ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村