篠山再訪

 前回は水汲みを終えたところでふと思いついてのドライブだったから、着いた頃には既に夕方で、篠山の町ではろくにメシも食えず。

 今回はそれと反対、つまりメシがメインである。店は『いわや』。猪鍋で有名なとこだと聞いた。阪急今津線で宝塚まで出て、そこでJRに乗り換える。丹波路快速に揺られて小一時間。市街地から離れた場所に駅を置いているところ、あたかもパリ北駅の如し。従ってそこからまたバスで二十分、二階町なる目抜き通りに到着する。

 かーんと音がしそうなくらいの晴天の中、だらーんと歩いて天守跡へ。小学生どもに混じって再建された大書院の中を見て歩く。贅美を尽くしたしつらいというほどではないが、この時代にこれだけ木を使っての再建工事はさぞや入費のかかったものと推察される。

 飯前の観光はこんなけ。『いわや』は中心部から離れていて、町歩きのついでに入るという訳には行かないらしい。そこでタクシーに乗って十分少々。車はぐんぐん山あいに切り込んでいく。観光案内所のオバサンは「レンタサイクルで『いわや』さんに行く人もいることはいますよ」と言ってたが、ツール・ド・フランスの出場選手でもなけりゃ絶対に無理である。たとえたどり着いたにしても、困憊の極みでのんびり美味しいもの食べるという気分にはなれないよなあ、などと相方と話してるうちに、道脇に立てられた「いわやの田んぼ・畑」なる看板が見えてくる。道のどんつきには、じつに立派な藁葺き屋根がそびえていた。

 屋根の下、だだっ広い板敷きの空間にはずらっと囲炉裏が並ぶ。しかし、猪鍋が名物とは言い条、この時期にもちろん猪の出るはずもなく、そのせいかどうか、平日の昼間もあってか、客は当方を含めて二組のみ。

 頼んでおいた料理は地鶏のすき焼き。かんかんに熾った炭の上に鉄鍋をかけ、肉と野菜を炒めて割り下を注いでいく。トリは横斑プリマスロックとさつま地鶏と名古屋コーチンを掛け合わせた「当店だけの品種」とのこと。なんだか、団十郎家と菊五郎家と勘三郎家の間に生まれた御曹子みたいで、ありがたさに頭が下がりそう、というほどではないが、歯ごたえ・コクともに堪能できる。溶き卵をくぐらせる必要がないほどであった。しかしそれよりも素晴らしかったのは野菜。当今葱の味がする葱や椎茸の香りがする椎茸は珍重すべき存在である。トリ肉の追加と猪のハムを注文し、もちろんこちらはビールと冷酒(「鳳鳴」という地酒。水っぽいけどすき焼きにはこれくらいでいい)をがぶがぶと、相方は黒豆茶を呑みながらぺろりと平らげた。もう一組は焼肉屋を経営している芸能人の一行だと店の人が教えてくれたが、千両役者は、むろんトリと野菜のほうである、すなわち脇目も振らずに二人でひたすら鍋をつつき続ける。

 至って飾り気の無いおかみさんによれば、十二月以降、つまり猪鍋のシーズンには、一日三回転、のべ百八十人の客がくるのだそうな。二人席は「まずないです」。それどころか四人でも三ヶ月は前に予約しておかねばならないらしい。うーむ。広間いっぱいに炭火が赤く燃え、鍋がぐつぐつ煮える光景は見てみたくもあるが、それほどばたばたしたんじゃあなー。でも気の合う連中と囲炉裏端で燗酒!この誘惑は強烈である。

 帰りももちろんタクシー。往復の交通費を入れても高くはない(二人でそう思ったのだから、四、五人だったらもっと割安になるわけ)。

 すっかり満腹したお二方は、丹波古陶館でのんびりゆったり名品を鑑賞して帰神遊ばしたのでありました。
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