バルコニーに睡蓮の鉢を設置した。睡蓮はいちばん好きな花。仏教臭いイメージが強いけれど、甘美な夢想とも結びつく一面があることは日本人には意外と知られていない(P.ジュリアン『世紀末の夢』)。
もちろんメダカ入り。一人暮らしなので洗濯物でバルコニーがいっぱいになることはない。出来ればバスタブくらいの「池」を作りたかったのだが、まあ、それもなんだしねえ、とすこぶる日本的に曖昧な理由(?)によって、小ぶりの睡蓮鉢で辛抱する。
ホームセンターで鉢を見ているうちに、ハーブも欲しくなってついつい買ってしまった。オレガノ、バジル、アップルミント、タイム、レモンバーム、三つ葉(立派な和製ハーブ)、ペパーミントと、やたらにかぐわしいわがバルコニー。オレガノなどは植え付けて二週間ほどだというのに、こちらが戸惑うほどわさわさ繁茂してきている。
昼前に庭師稼業を終えると、さっそく夕餉の構想。最近八丁味噌に凝っている。しっかり出汁を引いた味噌椀の種には鱸のアラ、となれば(本末転倒のようだが)主菜はそれに合わせて久々に鱸の洗い、少し蒸すから付けだれは梅肉醤油、まずは蚕豆でビールを呑んで・・・と計画していると、友人斑童さん(仮名)からメイルあり。相談したいことがああるので、よろしければ晩飯を付き合って欲しいとのこと。
鱸の洗いは今週末の楽しみとしよう。
とここで終わりそうな流れですが、終わりません。
斑童さんとの食事がたいそう愉快だったので、書いておきたい。
待ち合わせはトアロードのカフェ。先に来て所在なげにジュースを呑んでいる彼女の眼が赤い。友人だから出来る限りのことをしてあげたいけれど、話を聞いてみると、どうもこちらが介入して解決するような問題、正確には問題の状態ではないらしい。
斑童さんもすぐにそれを悟ったらしく、いや分かってはいたのだろうけれど、改めて実感したようで、すっくと立ち上がり、「呑みますか」と決然として言う。
呑みましょう。店は向こうがご贔屓のワインバー。斑さんはさすがに食欲が無いと言う。こちらは昼間の労働もあり、空腹だったので、「白アスパラのブラマンジェ仕立て、フレッシュトマトのソース」を注文する。
まずはシャンパンで乾杯。一杯目にはやや重いのかもしれませんが、この日の雰囲気にはむしろ丁度いい荘重な味。料理も佳し。斑さんも一口召し上がる。二人で「クリームが効いている」「シェリーで香り付けしているのかな」「帆立のムースも入ってるかも」と品評しているうち、彼女の瞳に一点きらりと光りが宿ったのを鯨馬子は見逃さなかった(泪にあらず)。
好物の鳩(「ランド産鳩のロースト、バルサミコソース」)があったので、それを頼むと「それ、相乗り」、と斑さん。ワインは料理に合わせてローヌ(シラー)にする。
鳩が来た(森鴎外風)。
旨かった。斑もいつのまにか、もりもり肉を平らげていた(プロジェクトX風)。いい具合に、血が肉に残っている。噛みしめるとジュースがほとばしる。
「順番は逆になるけど、アカザエビも食べたい。絶対いいはず」とはもちろん斑さんのご託宣。たしかにこの日のいちばんはこれだったかな(「赤座海老のグリル、オランデーズソース」)。ほのかにクミンを利かせたソースと、海老の味噌(といってもほんのちょっぴり)をまぜて、セルフィーユと一緒に口に入れるとたいへんよろしい。これはやっぱり白。「こってこての白を」と頼むと、注文通りの芳醇なやつが出てくる。斑さん、完全に食欲=鯨飲モードに入っている。
最後はチーズ。斑さんは大の山羊チーズ好き。こちらはそれほどでもないので、一口だけお相伴。しばらく経って「少しあったまると、また香りが変わるから」とすすめられて口にすると、なるほどたしかに山羊独特の匂いが消えて、こってりまろやかになっている。
「ここはボルドーでしょ、やっぱし」(言うまでもなく斑さん)。と二種類出してもらう。一杯目は「妖艶」(斑)、二杯目は「芳烈」(鯨)、お互いの好みを主張しながらわあわあと呑む。何の趣旨の呑みだかもはや二人とも分からなくなっている。
すっかり元気になった斑さんが次の店に案内してくれた。簡浄かつ端正なたたずまい。シェリーを看板にしているのだという。斑さんとはよくシェリー呑んでたからな。
ここではアモンティリャード二種とマンサリーニャ一種。前半の《大嵐》を静かに振りかえるにはうってつけの、風格ある味わい。なんでも五月二十六日はシェリーの日だったのだそうで。わしゃきいとらんぞ。
とぷりぷりしながら呑んでるうちに斑さんいつのまにやら御帰館遊ばされていた。
酒肴は蠱惑的、しかし全体としてはなんだか狐につままれたような飲み会だった。
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