松江の朝は新蕎麦で明ける

 ホテルの窓の向こうには、全面に宍道湖が広がっている。六時半に起床し、朝日を受けて輝く湖面と可憐な嫁が島を眺めるのは気分がよろしい。

 じつは前夜、『井津茂』から帰館のあと、少し呑み足りないなあ、としんじ湖温泉駅前の宿から茶町末次本町をとおり、東本町という繁華街に向かったのだが、これがただの散歩に終わってしまっていたのだ。落ち着いて呑めそうなショットバーを見つけられなかったのである。仕方なく、真っ暗な駅前の足湯を使い(他の人に見られたら幽霊か変質者と思われたに違いない)部屋に戻る。

 黒闇の足湯に前世よみがへる 碧村

 したがって、翌朝はすこぶる元気。さっそくホテルの露天風呂に入り、「木次」というめっぽう旨い牛乳を呑んで(なつかしい瓶入り)出発を待つ。

 この日は大社に参詣の予定。九時にはホテルを出たのだが、途中から綺翁さんがしきりに「変だなあ」とこぼす。道が予想外に混んでいるらしい。例の遷宮によるブームはまだ終わっていないらしい。どころか「パワースポット」だとかで出雲が俄然注目を浴びているのだそうな。

 そりゃそうだよな。どこを掘っても遺跡、ではなく、どこを拝んでもカミのいるような土地で、しかも神在月だし。

 と思いつつも高速を飛ばしていきますと、出口から大社にいたる一般道路が、見渡す限り車で埋まっている。こらあかんわ、というわけで急遽予定変更。近くの出西窯に向かう。ここはバーナード・リーチや河合寛次郎の指導を受けて出来た窯らしい。こちらは民芸調の器はあまり好まないけれど、「無自性館」という販売所を見て回っていると、ちょっといけるぐい呑みを見つけたので求めることにした。

 ここを出たのが十一時前。出雲市街に車を走らせて着いたのが『献上蕎麦 羽根屋』。開店前から大勢の客が道にむらがっている。やっぱり観光ブームに沸いてるんですな。

 『羽根屋』では天ぷら割子をいただく。天ぷらは海老二尾、烏賊、薩摩芋、人参(と克明に数え上げる書き方、中野重治ぽいでしょ)。『きがる』よりはやや汁が甘めか。綺翁さんによると、それが松江の蕎麦と出雲の蕎麦との違いなのだそうだ。

 この後、目に効くという一畑薬師さんにお参りする予定だったのですが(鯨馬子も老眼が入りつつありますので)、運転手の綺翁さんが、しゃべっているうちに通り越してしまったため、再び松江の李白蔵に戻り、お買いもの。味醂がいいと聞いたのでこちらは味醂に『ひやおろし』など。綺翁さんところは味醂をどっさり買ってらした。友人用だそうな。

 次はスーパー。地元の食材を仕入れ、芦屋に戻ったあと料理して食べようという計画。さすがに魚の種類が瀬戸内とは全く異なる。こちらも宍道湖のしじみや、めのは(島根特産の若布)を購入した。

 もう一軒、野菜を買いに回ったところでジュンコさんが「すぐ横だから、『ふなつ』で蕎麦食べようか」とのたまう。見るとたしかにスーパーのすぐ横に蕎麦屋がある。野菜を車に積んだあと、『ふなつ』へ行くと、ここも観光客とおぼしき人の群れ。

 しばらく待って店内に入ったところで、店のおばさんが「今日は売り切れ」の札を扉に掛けた。駆け込みセーフであった。

 『ふなつ』は自家の畠で蕎麦を育てるところからやっている店なのだそうな。割子はさんざん喰ったので、ここでは「舞茸天ぷらそば」という熱いほうを注文。鉢からはみでるほどたっぷりの天ぷらで、すっかり堪能してしまった。そうそう、ここは蕎麦を頼むとちっちゃな(麻雀牌ほど)蕎麦掻き(揚げてある)とそばぜんざいが付いてくるのだが、揚げた蕎麦掻きが実に旨い。懐石の椀種に使うと洒落た一椀が出来そうだ、とコーフンする。

 という感じで、蕎麦に明け蕎麦に暮れぬる日曜日、となりました。


 ちなみに綺翁さん宅で作ったのはイサキ・ハマチ・真イカの造り、のどぐろ塩焼き、しじみ汁、赤貝の煮もの、芹おひたし、肉野菜炒め、サザエ壺焼き。おつくりは当方がお手伝い。

 大阪でデザイナーをしているという綺翁さんの妹アツコさん(またひときわ花やかな女性)、綺翁さんケイコさんご夫妻の娘・聟・孫二人も加わり、なんだか訳の分からない後輩一人も入って賑やかに飲み食いして、芦屋を辞したのは一二時を回った頃だった。

 次に松江に行ったらどの店がいいか、綺翁さんからたっぷりレクチュアされています。松江にいらっしゃる予定の方は鯨馬までお問い合わせ下さい。

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