加賀花尽くし

 閲してみると、最後の金沢は騒動が始まるまえなのだった。つまりはそこから青森県にぞっこん惚れ込んで通い詰めだったわけですな。無論金沢に飽きるなどあり得るはずもなく、ただただ北陸新幹線開通で東京方面および外国の観光客で雑踏するのが煩わしかった。

 金沢を好きになった大きな動機である、当地出身の小説家・泉鏡花が生誕百五十年を迎える年にふたたび遊ぶことになったのも何かの縁かもしれない。一泊ながら、久闊を叙すことが出来たというか旧交を温めたというか焼けぼっくいに火が付いたというか、ともかく楽しんできました。

 といっても今回は神戸は北区鈴蘭台の『ビストロ ピエール』ご一家及び店の客による「大人の遠足」のため、鯨馬馴染みのあのお店このお店は封印。ひたすら故地の空気を満喫した按配だった。いい準備運動になったのではないかな。

 朝レンタカーにて神戸を出発し、まずは能美市にある九谷焼の福島武山工房へ。通常なら見学は受け付けていないが、市役所の方が交渉してくださり可能となった。あ、車中ではがぶがぶやっております。

 金沢贔屓を自認していながら、これまで九谷焼には少なからず距離をおいていた。磁器の端正な姿と九谷の華麗な色彩文様が自分のつくる料理と合わないような気がしていたせい(まるで料理人みたい)。その判断が根っからくつがえるまでには至らなかったけど、武山さんの器で九谷への他人行儀がかなり氷解したのも事実。すなわち猛烈に欲しくなった。

 赤絵で、九谷だから精緻極まるのをすーっすーっと描いていくのをみるとなんだか魔法のようである。無論いくつも器を拝見したが、どれも品格が高いくせに親しみやすい表情をみせているのが特徴的。もっとも当方如きの手が出る格式ではないので、ここは涙を呑んで見送った(帰りの車では、鯨馬が同行を代表して武山工房に泥棒に入って懲役に服すから、器の割り前はお願いね、と冗談を飛ばしていた)。

 工房や美術館で思いのほか時間を取り、ホテルに荷物をおろすとすでに夕食の時間。店は片町の『笑酎道楽』。茶の湯のまちらしく、薄茶と生菓子から始まって、出されたものは何々ぞ。

○生蛍烏賊
○揚げ茄子、河豚ぶしのせ
○梅貝
○治部煮
○海老チリ風
ホロホロ鳥の砂肝とパプリカの炒め物
○地鶏のたたき
○鍋(牛、豚、それに生の蛍烏賊

 蛍烏賊や梅貝は無論旨かったけど、蓮根や椎茸などにしみじみ加賀を実感した。ご帰館の一行と別れて、当方はバーへ。金沢に来たのなら、『bar quinase』は外せない。『笑酎道楽』でしこたま食べていたせいか、『quinase』からもう一軒で仕上げたけれど、酔いはさほどでもなかったように思う。気のせいかな?

 翌朝、いつも通り五時には目覚める(トシだ)。ビュッフェもそこそこに散策へ。とくにお目当ての場所があるわけではなく、まちをジグザグにでたらめに歩けばそこここに見慣れた小祠や店の看板にぶつかるのを楽しんでいた。こころもち肌寒いくらいの空気がまた快い。人のいない鞍月用水の傍にて一句、

 宿酔も花影もしづか水の加賀 碧村

 神戸に戻ってもまだ精神のどこかが火照っているようである、すなわち次は必ず『黒百合』『天ぷら こいずみ』『八十八』『ベルナール』『高砂』『鮨みつ川』『和田屋』と周りつくすべし、と何度も心中呟いている。