花づかれ

 桜より断然梅派だったのだけれど、この三年の騒動を経て花のうつくしさがしみいるように思えてきた。無論こちらが断固たる中年になったせいもある。ともあれ、加賀金沢は別格としても、花隈城・須磨浦公園、そして妙法寺川と今季はかなりまめに出かけた。近場ばかりだが、別に名所に行きたいわけではなくただ花をながめくらしたいだけなので、これでいいのである。
 うらうら晴天の花隈城、暮れゆく海を背景の須磨浦公園妙法寺川の夜桜と趣が異なっていたのも嬉しかった。花隈城では『いたぎ家』心づくしの花見弁当、妙法寺川では高速神戸『立ち飲み しゅう』のあつあつ関東煮(川沿いの夜桜見物は寒いのだ)。来年はどのように花を見ているんだろうか。

 夜桜や鬼のことばのうつくしき  碧村


井上ひさし『うま ー馬に乗ってこの世の外へー』(集英社
○岡田精司『京の社 神と仏の千三百年』(ちくま学芸文庫)……代表的な神社の性格を丁寧にまとめている(つまり史料の羅列ではなく)。随時参考にできる一冊。
竹田青嗣『新・哲学入門』(講談社現代新書)……竹田さんの代表作(になるのであろう)『欲望論』のエッセンスだった。これだから新書はコワい、と思って読みさし(ならあげるな!)、改めて『欲望論』に取りかかることにする。
プラトンゴルギアス』(中澤務訳、光文社古典新訳文庫)……後半、カリクレスとの対話がやはり圧巻。弁論術を批判しながら恫喝・言い逃れ・論点ずらし・居直りなどなどのレトリック尽くしになっているところがすごい。現代のネット空間に溢れる言辞(政治家には限りません)とちっとも変わらない。いや、こんなに修辞の妙は尽くしてないか。あと、論駁されたゴルギアスの態度が立派。修辞学贔屓としては、「よっ希臘屋!」と声をかけたくなる。
○山口幸洋・河西英哉『大正女官、宮中語り』(創元社)……公家・梨木家に生まれ大正天皇に仕えた「椿局」のインタヴュー。大正天皇の肉声(口調)がやはり興味深い。あの「ご不例」は精神的なものというより、幼少期に女官が抱き落として脳震盪(?)を起こしたことに起因する、と断言している。なるほど。大正天皇の伝記見ても、結局よくわかんないんだよな。
○ロザリンド・H.ウィリアムズ『地下世界』(市場泰男訳、平凡社
○木村洋『変革する文体』(名古屋大学出版会)……書名だけで手に取ったら、大学の後輩氏の著述なのであった。
○三浦佑之『風土記博物誌』(岩波書店
○ティモシー・ウィリアムソン『哲学がわかる哲学の方法』(廣瀬覚訳、岩波書店
浅倉久志編・訳『ユーモア・スケッチ傑作展』(国書刊行会
○トマス・M.ディッシュ『SFの気恥ずかしさ』(浅倉久志他訳、国書刊行会)……読み応えあり。ブログ子、ほんっとに『歌の翼に』と『いさましいちびのトースター』しか読んでなかった。当然批評家としてのディッシュには初見参。若島先生の解説では「いじわるさ」に脚光が当てられている。たしかにかなり猛烈なものだけど、しかしこの辛辣さは、イギリス人やフランス人とはやはり違って、アメリカの作家一流の率直さと誠実さからくるところが大きいのではないか。たとえばスティーヴン・キングのエッセイのような。
○春日孝之『黒魔術がひそむ国 ミャンマー政治の舞台裏』(河出書房新社)……2005年、新都ネピドーへの遷都を突如敢行して国際社会を驚愕させたミャンマー。当時最大の支援者だった中国すら情報をつかんでなかったという。そのネピドー遷都を含め、現代ミャンマー政治史の裏にうごめく占星術・手相・厄払い・数秘術・霊能者信仰・精霊信仰などについて新聞記者が現地で取材した。遷都には合理的根拠があると筆者は判断する一方で、なにやらおどろおどろしい民間信仰の跡もまた見逃さない。まがりなりにも近代国家として成立したはずの国で、ここまでオカルト的風習が根を張っていたとは。とまずは驚愕する。ついで、しかしこうした「かのやうに」の体系が浸透してるというのは、それなりにスタビライザーとしても機能してるんではないか、とも考える。上座部仏教ならではの、出家者に対する敬虔な崇敬と両立しているのだ。魂の救済と御利益とを恬淡と使い分ける態度はいっそ見事とさえ言える。あと、軍政/アウンサンスーチー/ロヒンギャなどについて通り一遍の評価を下していないところも読み所。
○ウォルター・M.ミラー『黙示録3174年』(吉田誠一訳、創元文庫)……ディッシュの本から。第三部における医師と修道院長との倫理の対立は図式化されすぎの感はあったけど、このプロットにもかかわらずユーモアが滲み出る風情がいい。これでこそ最終場面が活きる。解説(池澤夏樹)はSFかどうかにやたらこだわっているのはやっぱり時代だなあ。今出たら「普通の小説」である(アトウッドを見よ)。
山本ひろ子摩多羅神』(春秋社)……『異神』著者によるマタラ神再考。服部幸雄などのマタラ=後戸=芸能神説批判もある(鯨馬は論証不足のように思う)。マタラ好きには見逃せない。
浅倉久志編訳『ユーモア・スケッチ傑作展』(国書刊行会)……なつかしのアート・バックウォルドも入っていた。要はああいう「スケッチ」です。