昼と夜との花相撲

 誕生祝いのメッセージを寄せて下さった皆様に、この場を借りて心から御礼申し上げます。

アンドレイ・プラトーノフ『チェヴェングール』(工藤順他訳、作品社)……小説(長篇)、今回はこいつが尤物。ロシア革命後の、にもかかわらず帝政ロシアの風格たっぷりの民衆の群像がすごい。
○パブロ・トリンチャ『バッサ・モデネーゼの悪魔たち』(栗原俊秀訳、共和国)……絵に描いたような極貧・穀潰し親父の家庭に育った男の子が保護される。そしてその男の子ダリオは、親や親戚のみならず、神父や学校の教師を性的虐待悪魔崇拝の廉で次々と告発してゆく。何十人という人間が告訴され、有罪判決を受け、無論家庭は崩壊した。だが戦慄すべき真実は・・・。著者はセーラム魔女裁判にふれているが、まさしく現代の魔女狩り。遠い話ではない。
東雅夫『文豪と怪奇』(KADOKAWA
○J.M.クッツェー『スペインの家』(くぼたのぞみ訳、白水社uブックス)
コーマック・マッカーシー『果樹園の守り手』(山口和彦訳、春風社)……すっかり贔屓となってしまった。
高原英理『ゴシックハート』(ちくま文庫)……あちゃー。
○谷川渥『ローマの眠り』(月曜社
外間守善『沖縄の食文化』(ちくま学芸文庫
○ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史』(立木勝訳、みすず書房)……狩猟採集・不安定、農業・安定というのは間違いだとか、農業による集住が疫病発生をうながしたとか、農業のなかでも穀物がとくに「悪辣」だとか、どこを読んでも目からウロコ。これをスタートにあれこれ参考文献あさってもいいし、酒席の話題にも丁度いい。
○安藤聡『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』(平凡社)……書名どおりに「無駄話」に徹している風情が小粋。酒の肴に、珈琲の友に佳し。
池内了『姫路回想譚』(青土社)……やっぱり著者の次兄である池内紀の肖像が興味深い。「家長」として家産の切り回しをここまできちんとやってのけていたとは意外。「(著者の生き方・書きぶりは)優等生的と言われるかもしれないが、そうでないと生きていけなかった」という最後の一言が印象的。
宮本常一『女の民俗誌』(岩波現代文庫
○前田雅之『古典と日本人』(光文社新書)……古典=注釈の付く書物という定義が清新。あとは「大事だから大事」的な論証になってる気もするが、反・人文学の嵐吹き荒れるご時世では執拗に「大事だから大事」と言い続けることこそが大事なのかもしれぬ。
カレル・チャペックカレル・チャペックの見たイギリス』(栗栖茜訳、海山社)
○サムコ・ターレ『墓地の書』(木村秀明訳、松籟社
○稲田篤信『日本近世中期上方学芸史研究』(勉誠出版
○澤井啓一『伊藤仁斎 孔孟の真血脈を知る』(ミネルヴァ評伝選、ミネルヴァ書房
オルハン・パムク『ペストの夜』上下(宮下遼訳、早川書房)……今回の騒動のさなかに書かれたそうな。オスマン治下の小島(架空)を襲ったペスト禍と、それが偶然のように生んだ島の独立国化を描く。力作だろうけど、後者の特に後半の叙述が、小説ではなく年代記的説明になっていて、パムクの作として最上とは言えない。主人公夫妻の肖像の描線も弱い。
筒井康隆蓮實重彦『笑犬楼vs.偽伯爵』(新潮社)……読んでる最中、すこぶるクセツヨの二人が熱烈なオマージュを捧げてる大江健三郎の訃報に接する。合掌。
○山本幸司『死者を巡る「想い」の歴史』(岩波書店)……あちゃー。
東海林さだお『自炊(ソロメシ)大好き』(ダイワ文庫)
○ダイアン・クック『人類対自然』(壁谷さくら訳、白水社
○松村一男『女神誕生 処女母神の神話学』(講談社学術文庫)……あちゃー。
○室伏信助他『日本古典風俗辞典』(角川ソフィア文庫
○山川偉也『パルメニデス 錯乱の女神の頭上を越えて』(講談社選書メチエ)……今回の白眉。この謎多き哲学者の写本の、それもわずか一語の校訂から始めて、思想全体の捉え直しに及ぶ。書誌学的謎解きという意味では、羽入辰郎マックス・ヴェーバーの犯罪 『倫理』論文における資料操作の詐術と「知的誠実性」の崩壊』(ミネルヴァ書房)、本文のわずかな揺れが大きな解釈史の書き換えにいたるダイナミクスでは武井和人『古典の本文はなぜ揺らぎうるのか』(新典社)にも通ずる。ただし、パルメニデスの断片を万葉集長歌風(と著者が言っている)にした訳文はいささか趣味が悪い(仮名遣いや文法も乱雑を極めている)。ホメロスその他の口語訳が至って読みやすいだけに残念。ここはしっかり言うべきでしたよ、互盛央さん!
イマヌエル・カント『道徳形而上学の基礎づけ』(御子柴善之訳、人文書院
鴻巣友季子『文学は予言する』(新潮選書)……翻訳/他者をめぐる部分がやはり佳い。ディストピアを扱った章は、元々「予言」や「諷刺」を高い機能とは見なしていないこちらにとっては言うべきことなし。
○川端清司『自然散策が楽しくなる!岩石・鉱物図鑑』(池田書店
○ショーン・タン『内なる町から来た話』(岸本佐知子訳、河出書房新社)……掌篇・短篇集。挿画も素晴らしい。訳文の上等なのは言うまでもなし。