雪をたづねて三千里〜金沢

 だいぶ遅れましたが、自分のための心覚えという必要があるので載せる次第です。

 三泊したのは初めて。やはりこれくらいでないと、ゆったりした心持ちで過ごせない。もっとも金沢を最初に訪れたのだったら、あそこを見ようこの店に行こうと欲張って結局は慌ただしい旅になっていたかもしれない。つまり、特に行きたい所もどうあっても見たいものも無くなった状態だと随分のんびりと、とは優雅な気分で居られたということである。

 一日目 
○福井を過ぎた辺りから名にし負う北國空、のしかかるような暗い色調の雲が広がり始める。先週会ったTくんは「神戸のこの冬空は北ドイツから見れば眩しいほどの明るさ」と言っていた。そのせいで鬱病になる人も多く、ビタミンDの摂取が欠かせないそうな。プロイセン人及び北陸人には悪いが、この暗鬱な空が、鯨馬は好きだ。暗鬱さそのものがいいというのではなく、町の風情に「華やぎ」というものが一層感じられるからである。


○到着すると金沢は雪ならぬ激しい雨だった。昼飯は『黒百合』でおでんととろろと、むろん燗酒。店のオバチャン連中が相変わらず威勢良く動き回ってるのを見るともなしに熱いのをくーっと乾すと、金沢に来たぁという気分に突然満たされる。店は大繁盛ながら、駅周辺は思ったより人影が少ない印象。雨が止まないのでタクシーでホテルに向かう。運転手さん曰く、「乗る(観光の)お客さんみなに、『雪が無い』と文句を言われる」。さもあるべし。


○ホテルで小憩の後、街歩き。初めに書いた通りで、目的はない。森閑とした柿木畠やまだ灯の入らない木倉町をぶらぶら。やはり観光客の姿がない。平日だから?正月明けだから?それとも兼六園や茶屋街以外には、こんな時間には普通観光客はいないものなのか。


○夜はいつもの『ベルナール』。反復強迫の気味合いもあるけど、それより一度落ち着く所を見つけ出すと、そこから新しいものを探すことに極端に無精になってしまうからである。この日から営業開始だそうで、のんびりした雰囲気でシェフ・ソムリエの奥様とおしゃべりしながら食事できた。

アミューズ ①鴨とフォワグラのテリーヌ、タルティーヌ仕立て ②帆立のポワレ、塩鱈のソース ③香箱蟹のフラン、白菜のポタージュ
*前菜そのいち 石川県産鰤のマリネの金柑ソース、紅くるり大根蕪の球体ラビオリ・金沢春菊のピュレ添え
*前菜そのに 鱈白子のムニエル 縮み菠薐草のルロー、ムース状にした榧の実のブイヨン
*魚 石川県産車鯛のポワレ 甘海老・五郎島金時・大黒占地の軽い煮込み、シヴェソース
*肉そのいち エゾ鹿ロース肉のロースト 生胡椒のソース、オレンジ風味の人参のピュレ・牛蒡・金沢芹
*肉そのに エゾ鹿のパイ包み焼 ポワブラードソース、ミニサラダトリュフ風味
*デザートそのいち 紅玉林檎キャラメリゼとその皮のゼリー カルヴァドスのアイスクリーム、グラニースミスを添えて
*デザートそのに カシスで和えた柿と柿のムース、メレンゲパウダー
*ミニャルディーズ フィナンシェ、加賀棒茶とシナモンのクッキー

 ワインではブルゴーニュの赤が素敵に旨かった。

○バー『中村堂』でバーボンを少し呑んでご帰館・・・にはなれないのよね。明るくなるまで呑み続けてしまった。ホテルの朝食ではスクランブルドエッグズとコーヒーのみ。それもともすれば遠のく意識を必死で集中させながらなんとか片付けたという体たらくであった。うーん、それにしても、最後の店では、

 この大魚釣り損ねけり雪の朝 碧村

という感じであった(雪は降ってなかったですけど)。しかしひどい句だな、こりゃ。師匠に見つかったらド突かれそうな気がする。

 二日目
○朝は前述のとおり。部屋に戻って昼前まで眠り直す。午後は散歩。目的なくゆったり歩く。それにしても、寒さが足りないなあ。身勝手な言い分とは承知しているのだが、ついつい口をとんがらせたくなる。

○中村記念美術館の展示が面白そうなので入る。「祝い」を主題にした展示。客は当方のみで、じっくり観賞できた。しかし、こう「めでたい」を前面に出した品が並ぶと、胃もたれするのも否めない。出た足で、すぐ隣の県立美術館へ浮世絵展を見に行く。広重の『五十三次』全部を一所で見たのは初めてかな。しかしここでも物凄い量の浮世絵で、見終わるとぐったりしてしまう。

○遅めの昼は途中見つけて飛び込んだ蕎麦屋。小烏賊の煮付けでビールを呑み、キノコ蕎麦を食べる。特に旨くも、不味くも無し。

○材木町の辺りをぶらぶらした後、そうはいってもやはり足先からじわーっと冷えてきたので、長町の途中にある銭湯に入る。

○すっかり暗くなっている。さすがに風が冷たい。本日は片町にある『鰯組』なる鰯専門店。ここは初めて。昨晩飲み屋で聞いた割烹が休みだったので、周辺を探して飛び込んでみたのである。思えば、こういう系統の店はほとんど入ってないのだな。さて鰯料理は、つみれ汁や鮨が旨かった。なんでも海水温の異常で脂がのりすぎているとかで、刺身を出していなかった(見識をもってやっているということ)のが残念。感じのいい店だったが、左右の客がアホだったので、長居せず。そのまま『キナセ』へ向かう。

○木無瀬さん、最近はすっかりシャンパーニュにハマってるらしく、カウンターのまん中には特注の容器(錫に銅を焼き付けて?叩いて作るらしい)を据えている。むろん一杯目はシャンパーニュ。グラスも良かった。いわゆるシャンパングラスのなりではない。口に含むといつまでも泡が細かくはじける。同じ銘柄を普通のグラスで呑んでみると、泡が粗い分、酸やミネラルをつよく感じる。二杯目にシェリーを頼むと、アンリ・ジローのラタフィア、つまり、まあシャンパーニュで作ったシェリーですな。これが出てきた。ホントこの人は凝り性だ。このラタフィアがけしからぬ旨さで陶然となる。

○この後もすごかったんだよな。シャトー・ラフィット・ロッチルドが作ったマールが出てきたのだった。言語道断な旨さである。高貴とか優雅という形容がふさわしい。舌の上の残り香だけで充分愉悦にひたれる感じ。

○けしからんですなー、とか言ってると次はマール・ド・ブルゴーニュ。むろん充分に旨いのだが、ラフィットのあとだとどうしても
あらっぽさが先に立つ。彼が女王、これが王の風格とも称すべきか。

○こういう美酒の後は、真っ直ぐ帰って寝るに限る。珍しく夜遊びせずにホテルに戻り、「オヨヨ書林」で買った、滝田ゆうの落語マンガなぞをぼーっと読む。いやあ旨かった。

 三日目
○朝は抜き。昼食に『こいずみ』を予約していたのである。天ぷらをうまく食べるために、充分腹を空かせておかねばならぬ。

献立以下の如し。

*先付 茶振なまこ・数の子・芹の蕪酢和え
*造り 平目二種(揚がったばかりのと、三日ねかせたのと。前者はポン酢醤油、後者は山葵醤油が合う)、甘海老
*椀  鶉丸、海老芋、鶯菜、京人参、白味噌仕立て
※以上で分かるように、正月のしつらえである(箸枕は羽子板の形だった)。実家で食べてた時はちっともそんな風に感じなかったけれど、寒い内の白味噌仕立て、なかなかいいもんですな。

*天ぷらは…
・海胆海苔
・白魚、口子(前者淡雅、後者艶麗。口子を揚げるとこんな気品のある香りになるのだ)
・海老
・椎茸、銀杏
・蕗の薹(清冽)、鰰(ハタハタを揚げまんの!と一瞬たじろぐ。でも油と出遭っていい按配にアクの強さが鎮まったというか引き立ったというか)、ずわい蟹(和敬清寂)
・白子二種

・天ばら、汁、香の物
無花果のシャーベット

○いつものように堪能したのだが、最後に助手をしていた山田さんという女性が辞めることを聞いてがっくりきた。小泉さんといいコンビネーションだったのになあ。千葉のご実家に戻って料理屋をする準備をするとのこと。単なる旅行者からは同じように映っていても、金沢の町は絶えず変わり続けているのでる。

○冷たい雨が時々降るなかを、北鉄野町駅まで歩く。最終日は、ようやく日程の都合がついて『和田屋』に宿泊できることになった。

○ほんまおんなじ名前ばっかりやなあ。そうお思いの向きもあろう。しかし、これをするのが、現代日本では如何に贅沢であることか。

○さて、鶴來の駅に降りても、期待していた雪はほんのお愛想程度。寒さもたいしたことはない(麻痺してきてるのかな?)。ただスーツケースを持っていたため、歩くのは断念してタクシーに乗る。

○今回は「菊の間」。掛け物に特に見るべきものなし。活けてある椿の閑寂な風情と囲炉裏の火のいろは、遠方の客には何よりのもてなし。部屋はともかく、廊下はむしろ外よりも冷える感じ。だしぬけに旅情らしきものに襲われる。

○さっそく風呂。薬草風呂で芯まで温まる。部屋に戻ると、何するでもなく、うっすら雪をのせた庭を眺める。池の鯉は端っこにかたまって身じろぎ一つしない。

 寒鯉や未生以前の夢のうち 碧

夜の献立何々ぞ。
*前菜
・虹鱒蕪鮨
・山葵葉漬
干し柿バター
・白山堅豆腐白味噌
・鴨ロース
・厚焼き玉子
*吸い物
・雉と百万石椎茸の土瓶蒸し(雉の出汁が旨い。澄み切っているのに、コシが強い)
*造り
・鮴と岩魚洗い 二種醤油
*小鉢
・自然薯とろろ
*しのぎ
・熊寿司(しゃりっとした舌触りで、ほのかな獣の匂いが立つやいなや喉を滑り落ちて、その後で甘味がじんわり広がる。寿司飯はいいから、熊だけを出してくれえ)
*いわな骨酒(織部風の平鉢に炭焼きしたのを一尾、そこに熱燗をなみなみと注ぐ。初手は香ばしさ、中程は身から出た出汁の香りを賞美する。終わり近くでは、酒自体が黄金いろに輝いて、むやみに勇壮な感じの味となる)
*焼き物
・岩魚塩焼き
*温物
・仔猪リブロース(哀れをもよほすくらいに繊細なあばら骨。ま、哀れみながらぺろりと平らげましたけど)
*蒸し物
・加賀蓮根 蓮蒸し
*油物
・白山鹿とフォアグラのソテー、源助大根・バルサミコソース(フォワグラは要らない。味付けももひとつ気に入らない。フレンチ風にへんな目くばせしなくてもいいのになあ)
*食事
・加賀芹雑炊・香の物

○食事中、二度目の風呂、そして寝てる間もほとんど間断なくという感じで雷が鳴り続ける。しかも(古い家とは言え)宿の窓や障子がびりびり震えるほどの雷である。これが「鰤おこし」なるものか、なんとか一句を・・・と考えているうちにことんと眠りに入っていた。

四日目
○翌朝、女中さんに訊ねてみると、「冬雷」とか「雪雷」と呼ぶらしい(両方とも「ガミナリ」と濁る)。うつくしいことば。しかしどうも句の形ではまとまらない。詮方なく、朝食のあと、吉例(※)の狂歌一首をひねってみた。『和田屋』HPでは少しく誤った形で引用されており、また読み返すとどうも気に入らないので、こちらを「定本」とします。


  和田屋に宿せり ひのととりを詠める 
 白山を染めのぼる陽の尊さよ姫神たゝへ鳴く百千鳥

※なんだか『和田屋』さんに行くと一首詠むのがこちらにとっては習慣になりつつある。一度目が「短夜や瀬音を庭にきく姫の杯の数だけ増る星かな」(祝ミシュラン掲載)、次が「 吉田健一大人を偲びて お銚子はいつ果つるともしら山にわたや積みけむ初雪の宿」

○昼。もちろん『黒百合』に呑んできれいに首尾が整う。

 今回嬉しかったのは、観光客の一団から道を訊かれ、親切に教えてあげられたこと。次は金沢の食べもん屋でバイト、だな。


↓↓↓
『quinase』のシャンパーニュ入れ。器を眺めて一杯呑める。


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