たつぷりと象の屁をひる日永かな

 王子公園に出るついでがあったので、久々に動物園に寄ってみた。コロナ騒動で、屋内閉館のところが多いために入場無料。そこそこ親子連れでにぎわっていたのは慶賀すべきだが(帰りにはどこかのお店で食事していきましょう!)、熊のボーといい、レッサーパンダのガイアといい、老いの衰えのあらわなのに哀れ、いや、「もののあはれ」をおぼえる。

○村岡晋一『名前の哲学』(講談社選書メチエ)・・・面白かった。古代ギリシャからの「名前」についての学説史の整理のようなつくりだが、名詞、ことに固有名詞がこれほど哲学の”問題児”扱いされてたとは知らなんだ。なかでも著者が専門とするドイツ・ユダヤ系の思想家(ベンヤミン、ローゼンツヴァイク)の論理が刺戟的。神の名前の位置付けも面白く読めた。今回いちばんヒントをもらえた本。名前こそが、地域・時代を越えて、見知らぬ人々(圧倒的な数の)と共感・対話できる秘鑰なのだ。震災でいのちを落とした方々のことに思いいたらざるをえない。
伊藤之雄『元老』(中公新書
西村義樹野矢茂樹言語学の教室』(中公新書)・・・哲学者が認知言語学に挑む。面白い学問だけど、文化本質論に陥りかねない危うさもあるね。
○桑木野幸司『ルネサンス庭園の精神史』(白水社
○マルコ・ピエール・ホワイト、ジェームズ・スティーン『キッチンの悪魔』(みすず書房)・・・イギリス人シェフ(最年少三つ星獲得!)の自伝。かなりトガった人格だけど(顔もコワイ)、根本が真面目なひとなんでしょうな。なんだか好感がもてる。
○ヒロ・ヒライルネサンスバロックのブックガイド』(工作舎)・・・わたしこの人のファンなんです。半分以上は読んだことある本だったけど。各書の目次を載せてくれているのがうれしい。
渡辺一夫ヒューマニズム考 人間であること』(講談社文芸文庫
○麻生繁『日本料理一汁三菜』(光文社)
○島谷宗宏『京料理炊き合わせ』(旭屋出版)
○神原正明『ヒエロニムス・ボス』(勁草書房
ロジェ・カイヨワ『文学の思い上り』(桑原武夫訳、中央公論社
ピーター・メイル『南仏プロヴァンスの25年』(池央耿訳、河出書房新社)・・・メイルの遺著になるのかな?才筆ぶりがすっかり枯れた感じ。
ピーター・ホール『都市と文明』(佐々木雅幸訳、藤原書店
正津勉『京都詩人傳』(アーツアンドクラフツ)・・・天野忠の肖像が面白い。
○『龍蜂集』(国書刊行会)・・・澁澤龍彦が遺したメモに拠る泉鏡花選集(全4冊)。選択には?という部分もあるが、ともかく造本・版組みが素晴らしい。じつに素晴らしい。
○島内景二『和歌の黄昏 短歌の夜明け』(花鳥社)
○デイヴィッド・B・モリス『痛みの文化史』(渡辺勉訳、紀伊國屋書店
○伊東剛史・後藤はる美『痛みと感情のイギリス史』(東京外国語大学出版会)
○南条竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀〜20世紀初頭の英国怪異譚』(KADOKAWA
三浦哲郎おろおろ草紙』(講談社
武藤康史『文学鶴亀』(国書刊行会
東雅夫下楠昌哉『幻想と怪奇の英文学』1・2(春風社)・・・東さんの名前があるからてっきりアンソロジーだろうと思って手に取ると研究者による論文集だった。それはいいのだが、巻末インタビューで「幻想文学とは」にトドロフの定義を出してきている方がちらほらいるのに驚いた。まだトドロフですか。新しけりゃいいというもんではないけど。
○戸矢学『古事記はなぜ富士山を記述しなかったのか』(河出書房新社)・・・風水の本でした。
○ルイス・ダートネル『世界の起源』(東郷えりか訳、河出書房新社)・・・形而上学の本ではなくて、地理・気候条件がいかに文明・文化の歴史に影響したかを説く。ま、これも決定論になずみがちな論調なのですが、なにせ地球史レベル、つまり何十万何百万年という規模の時間をあつかっているから、読んでて気がせいせいする。
○原田英代『ロシア・ピアニズムの贈り物』(みすず書房
○倉本一宏『公家源氏 王権を支えた名族』(中公新書
○杉本圭司『小林秀雄 最後の音楽会』(新潮社)・・・晩年はモーツァルトでもベートーヴェンでもなく、ブラームスに親炙していたそうな。つくづく人を煙に巻くのが好きなオッサンや、と改めて辟易する。

 

門々より囃子のこゑ~えんぶり紀行(3)・了~

 定宿の朝飯はせんべい汁も出てすこぶる充実している。普段ならゆっくりしたためるところ、この日はせんべい汁だけ啜って飛び出した。言うまでもなく新羅神社での奉納摺りに駆けつけるためである。

 今のうちにえんぶりの基礎知識・用語をまとめておきましょう。

*起源は不明だが、豊作の予祝儀礼として始まったという説が多い。
*踊る・舞うと言わず、摺ると言う。地面に擦り付けるような動作が多い。田植えの動作を模したからだという。
*門付けの風習が卑賤だとして、明治にはえんぶり自体が禁止される。⇒識者の奔走で、新羅神社の稲荷の神輿渡御に伴う豊年祭という形で復活。つまり元々は特定のお宮に属さない祭礼だったらしい。
*地域ごとに組があり、着付け・所作・囃子が異なる。
*摺りの中心を太夫という。三名乃至五名。
太夫は馬の頭を模した花やかな烏帽子を付ける。手には鳴子やジャンギと呼ばれる、農具を模した棒を持つ。
*「ながえんぶり」「どうさいえんぶり」の二種類がある。
 ・ながえんぶり…荘重優雅な動きが特徴。太夫の頭領である藤九郎と他の太夫が異なる動きをする。
 ・どうさいえんぶり…勇壮華麗な動きが特徴。太夫全員が同じ動きをする。
太夫の摺りの合間には、主としてこどもたちによる祝福芸(えびす舞・大黒舞・えんこえんこ等)が行われる。

 昨日以上に冷え込みは厳しい。雪も時折。ま、二月の八戸としては気の抜けるような程度ではあるのだけれど、「ああ、今からえんぶりが始まるんだなあ」としみじみ実感。そして長者山の麓にたどり着くと、かすかに流れてくるお囃子の音でその気分はさらに盛り上がる。うねうね道を思わず早足になって上る。

 杉林を抜けると、そこはえんぶり国だった。

 所狭しと各えんぶり組が奉納摺りの順序を待って並んでいる。主観的には目路の限りという感じで、幟を先頭にして太夫、えびす・大黒に分したこども、囃子方(無論えんぶり用の装束)が続いていた。

 どの組も、待つ間も休むことなくお囃子を奏し続けているので、笛・太鼓・すり鉦・かけ声のリズム・高さが少しずつずれながら、でも全体としては力強い響きの奔流となって空に駆け上っていく勢い。

 老来あちこちのセンがゆるみつつある人間は急速に視界がぼやけてきた。カラダがしびれる。ああ、ようやく「ここ」に来られた。

 しばし瞑目して囃子の流れに身を浸したあと、えんぶり組が通る参道傍に移動。奉納の時は太夫の摺りだけらしい。次々と組が換わってゆく。その分、各組の装束の違いや摺りの所作の特徴がよく分かる。足許からの冷えも気にならず、見続ける。白粉を塗り、紅をさしたこどもたちの中には、二三歳と見受けられるのも混じっている。年長の子に手を引かれて歩を進めながら時折こっくりこっくりしているのがまたなんとも可愛らしい。そうそう、えんぶり組のなかには○○小学校・□□中学校・八戸市庁といった幟が見えるのも頼もしい感じでした。

 そのうち、背後の広場では撮影会が始まった。こちらは太夫の摺りもフルヴァージョン、こどもの祝福芸も挟まる。観光客には所作の細かいところは分からないが、摺りの「決め」の瞬間における太夫の視線の揃いかたがすごくカッコイイ。また、このときには囃子が止まり、親方の唄と、単調にとーんとーんと太鼓だけが鳴り渡る(『忠臣蔵』四段目みたい)。その厳粛な空気のなかで激しく烏帽子を振る動きが本当に素晴らしくて、また涙が流れてくる。

 それにしても、前の奉納摺り、後ろの撮影会と、振り向きまた振り返り、泣いては眼鏡を外して涙を拭い、鼻をかんではスマホで撮影し、なんともせわしない見物である。行列の組の方たちから「けったいなやっちゃなあ」と(南部弁で)見られていたように思う。

 二時間近く経って、漸く奉納待ちのしんがりが見えてきた。次はどうなるのか。あんまりスケジュールを把握していなかったので、あるえんぶり組が山を下りるのについて行く。二三分歩くと、広大な広場が見えてきた(長者まつりんぐ広場というのだそう)。えんぶり組があふれかえっている。中心街への行列出発のあいだまで軽食をとったり、振りの最終確認をしたりして過ごすらしい(取り締まりのおじさんに伺った)。まだ時間があるので、当方も一旦ホテルへ戻って朝食を取り直すことにする。

 まつりんぐ広場にふたたび来てみると、もう各組が整然と列を作っていた。壮観という他ない。

 十時になると合図の花火が打ち上がって行列出発。朝の寒気はだいぶ和らいで、雪は小雨へと変わっていた。鯨馬は幟の文字をたよりに行き着いた中居林組にくっついて行く。ここは前々回に紹介した地元の写真愛好家・mamoさんこと二ツ森さんご推奨の組ときいて、一斉摺りでは「定点観測」しようと決めていたのである。

 なにせ三十を超える組が歩くわけですから、街の通りの端から端までがえんぶり一色。四角く回っていくところでは、ビルや民家のあいだから向こうの通りにも烏帽子や太鼓がのぞいたりしてなんとも不思議な感覚。言うまでもなくこの間ずっとお囃子が響いているのです。

 さて我が中居林組(←すでに調子に乗っている)は、十三日町のヤグラ横丁で歩みを止めた。いよいよ一斉摺りのはじまり。鯨馬は歩道のきわ、一番前に陣取って見ております。

 中居林はながえんぶりのなかでは唯一五人の太夫で摺る組らしい。それだけに、先に記した太夫の視線がぴたっと合う瞬間の恰好よさといったらない。背筋がぞくぞくする。また摺り終わった後の辞儀がとっても低く、そこから左前に顔を振りながら少しずつ立ち上がっていく動きにも見惚れる。

 えびす舞はこども二人が出てくる(これも組によって違う)。えびす様が釣り竿を取り出して鯛を釣るまでを表した舞で、剽げた味わいがある。このえびす役のうちひとりの男の子にも感心した。滑稽な舞だからといってけしてそれらしい表情・仕草を強調せず、むしろ真摯な顔つきなのだが手をひらひらさせる時の動きや目のやり方に自然とにじむ愛嬌があって、「逸材ですなあ」と唸ってしまう。

※あとで二ツ森さんのブログを読んでいると、同じ舞手を褒めていたので嬉しくなった。「この新人は筆力あるなあ」と見極めをつけた本が、『毎日新聞』書評欄で鹿島茂に絶賛されているのを見た気分。


 一斉摺りは小一時間続く。さすがにひと組だけでは勿体ないので、時間の許す限り見て回る。とりどりに面白かったが、中居林以外でとりわけ良かったのは横町組。

 ここもながえんぶり。だから全体としては神事らしいグラーヴな趣なのだが、藤九郎の動きが裂帛の気合い、と古風に形容したくなる激しいもので、はっ。とさせられる。烏帽子の振りも、頭をあおのかせてするので余計に鋭角的な印象をもたらす。その藤九郎の動きの左右では、太夫が中腰になって、右手の鍬台を後ろ手に地面に突き立て、左手の手ぬぐいをある時は緩やかにある時は素早く肩へ向けて振る所作を続ける。このアンサンブルが素晴らしい(是非YouTubeでご覧あれ)。スマホの撮影などとっくに忘れて見つめ続けるうちに、ただただ涙が溢れてくる。我ながら可笑しいくらい溢れてくるが、なに人目など構うものか。

 あっという間の、でも圧巻の一斉摺りだった。

 別々に行動していた禄仙子とは食堂で待ち合わせ。こちらはなめた鰈の煮付け、向こうは鯖づくしの定食。どちらもむやみに量がある。酢の物盛り合わせまで頼んで、普段ならこのコンビ、ぐだぐだと呑み続ける状況ながら、生ビールは一杯のみで切り上げる。お察しのとおり、次なるえんぶり披露に間に合わせるためである。

 場所は八戸市庁舎前の広場。元は南部の殿様にご披露したものなので「御前えんぶり」と名前が付いている(今は殿様の恰好に扮した市長が見物する)。この頃にはすっかり晴れ上がっていた。親方の唄(歌詞はさっぱり不明)が青空に立ち上っていくという感じがめでたい。

 この後、晩飯まではまたも自由行動。禄仙は銭湯に行く、と言う。鯨馬はその間も街を回って、あちこちで行われるという門付けを見ていた(後で聞けば、銭湯の中にも門付けが来て、湯上がりの禄仙、当分出られなかったらしい)。新羅神社、または一斉摺りの時ほどの迫力は無いにしても、門々(本当にあちこちでやっている)から囃子の音色、太夫の口上のひびいてくる風情は格別。どこかの信用金庫での門付けを横から見ていると、窓口の向こうでは男性の行員が直立し、謹直な表情で摺りや大黒舞を見ているその後ろで他の行員が一心不乱にパソコンをたたいてる光景が可笑しかった。ま、門付けが来るたびに全員手を止めてたんでは仕事にならんわな。

 続きましては更上閣なるお屋敷での「お庭えんぶり」。庭を鍵の手なりに囲む座敷・縁先に座布団を並べたところで観賞するという趣向。距離が近く、しかも解説が付いているのでゆったりと見られる。豊年を予祝する儀礼だから、激しく烏帽子を振ってジャンギなどで地面を摺る動作は、田の神を眠りから呼び覚ますため、という説明になっている。それに違いはなかろうが、庭のかがり火に照らされながら摺る太夫の所作を見ているうちに、なんとなく太夫その人もまた、「まれびと」として田を祝福しに降り立った神なんだな、と思った。あの厳しくも麗しい目つきは、そう神のものだったからなのだ(と妄想)。二組の摺りを見て、せんべい汁・甘酒、それにお土産の菓子までついて二千八百円は安かった。

 ホテルで小憩してるあいだも頭に囃子が鳴り続けるくらい堪能したのですが、まだこれで終わりではなかった。晩飯は昨日のリベンジでみろく横丁『ととや烏賊煎』。みろくのなかでは大構な店で、鯨馬も初見参。禄仙と二人、「いや結構でしたな」などと地酒をあおっておりますと、またしても門口から囃子の音が。

 思いついた鯨馬、女将さんに「門付けはこちらからお願いしてやってもらえるものなんですか」。「もちろんです。内容はご祝儀の額によって変わります」。

 何ぞこの機会をみすみす逃そうか。女将さんの助言通りに親方に些少ながらとご祝儀を渡すと、がらっと戸口を開けてえびす舞・大黒舞・摺り納めを披露してくれた(えびす舞が巧者でよかった)。他の客がきゃあきゃあと言いながら撮影してるのを横目に杯を含んでいるのは、なんというか、クラブでシャンパンタワーをおごったみたいで、たいそう気分が良いものでありました。

 『烏賊煎』で食べたものは、
○烏賊そうめん・・・特になんと言うこともないが、しかしやっぱり旨い。
○なまこ刺し・・・「なまこ酢」ではなくて刺身。山葵醤油で。酢を吸ってないぶん、こりこりしている。
○モウカのホシ・・・モウカザメの心臓の刺身。ゲテモノのようでさにあらず。こんにゃくのような食感で至極あっさりしている。ニンニク醤油で食べる。
○姫ニンニクの天ぷら・・・根っこと茎も付いている。品よい甘さ。香りも穏やか。
○北寄貝の炙り・・・一切れで一合いける。うまみの塊。

 二軒目のリクエストを訊いてみると、「もう一回『鬼門』に行きたい」とのこと。当方もそう考えていたところ。カウンターの端っこに入れてもらい、独活の酢味噌・鮟鱇の共和え(あっさりしてるようで充実しており、脂ぎっているようでくどくない)・そしてまたあの驚異の白子なぞで八戸最後の夜を惜しみつつ呑んだ。仙台まで新幹線で戻る禄仙とは『太助』の蕎麦でお別れ。

 翌朝。どうにも立ち去りがたい思いで本八戸駅に向かっていると、おお、ああ、またしても囃子の音が。一目惚れしたときみたいに心臓がキュンとなる。音のしてくる小路に駆け込んでみると、内丸えんぶり組が近所の店に門付けしていたのだった。何と御名を申し上げればよいのか知らないが、「八戸の神」の指先が当方にそっと触れたように感じた。

 来年も行く。有給を使いはたしてでも、親を質に入れてでも、行く。

中休み、でも宴~八戸えんぶり紀行(2)~

【朝】
 朝食の後、長者山新羅神社へ。ここは「八戸」えんぶり(八戸以外にもえんぶりの祭りはあります)の口切りとなるお宮。明日の本番前に参拝しておこうと足を向けた。社域までの坂道、亭々たる杉木立に気持ちが清められる。

 本殿。まずはまた八戸に来られたことを感謝し、次いで明日の豊年祭が無事行われるよう祈願する。何台か準備のトラックが入っていたとはいえ、拍子抜けするくらい人がいなかった。

 山を下りて向かうは三日町の『はっち』。お目当ての「えんぶり手ぬぐい」を買い求め、館内をぶらぶら。町中だけあってそこそこ人が入っている。土産を探す観光客のなかに、テーブルで参考書を広げる高校生の混じっている光景がいい。

 八戸に来たならブックセンターにも顔を出さねばならぬ。店員さんの応対ぶりがまだ公務員くさいのを瑕瑾として(市が運営する本やなのだ)、これだけ造り・配列・企画の充実した書店はたとえば関西でも、まして規模を考えればまあないだろう(個人の趣味的な店は除く)。青森関係の雑誌など数冊を買う。旅先ゆえあまり荷物を増やせないのが残念。

 儂が作家デビュして大いに売れるようなことがあったらば、いろんな企画でお手伝いしましょう、とつぶやきながらブックセンターを出ると、これぞこの南部の冬空という恰好で風花が舞っている。バス停で待ち合わせた禄仙夫妻も「なんとか東北らしい寒さになりましたね」とむしろ喜んでいる様子。観光客はかくも無責任なものなり。

【昼】
 八食センターに向かうバスのなかは予想以上に人少な。やっぱり新型肺炎の影響なんでしょうね。とはいえさすがに日曜。八食の中はまずまずの賑わい。天満の市場の側に住んでいる夫妻も、魚の種類の多さそして安さに圧倒されていた。

 今回のお買い上げは・・・
《BBQ》
○帆立
○鯖干物
○鰈干物※何カレイかを失念。それくらい青森は鰈の種類が多い!
○烏賊げそ

《その他》
○真つぶ造り
○ほや造り
○鯛造り
○ほうぼう造り
○大根の梅漬け
○生牡蠣
せんべい汁

 見てみると自分でも「三人でこれだけか?」と思うがどれも量が多いから、まあ、よく頑張ったほう。こりっこりのツブと鯖がやはり旨かった。

 当然ぐびぐびやっていた訳ですが実はいちばんの肴になったのは我らの向かいの席にいたカップルだったかもしれない。両方ともモデル?というくらいにほっそりした体型(当然スキニーをはいている)、プレーリードッグ並みの小顔。

 「こんな二人もこんな魚市場みたいなところに来るんだねえ」と中年(鯨馬)と中年予備軍(禄仙夫妻)が目配せしていると、食材を買ったカップル(以下PDs=プレーリードッグ)が戻ってきた。禄仙妻が目を見開いているので視線の先に目をやった鯨馬も瞠目。彼女はウェルチ(のブドウ)、彼氏の方はドデカミンの大きいサイズを、帆立・エビなどなどの横に突っ立てている。

 まあね、最近の子は呑まないというし、そもそも車で来てて呑めないのかもしれませんが・・・それにしてもウーロン茶とか炭酸水とかあるでしょうが。せめてコーラぐらいで押しとどめていただけまいか。こんがりあぶった貝類をウェルチで流し込む前衛的な味を想像して三人ともに悶絶する。

 当のPDsは必死で爆笑をこらえているこちらの苦しみも知らばこそ、感心にスマホに見入ることもなく仲睦まじくBBQを続けている。

 綺麗にさらえたPDsが席を立つのを見て、「なんだかビールやら地酒やらで烏賊げそのワタ焼きをやってるこちらの味覚のほうがヘンなのかもと思えてきた」と感想を漏らすと、夫妻も大きくうなずく。いわゆる実存的不安というやつでしょうか。

 不安をアルコールで鎮静すべく酒を買い足して戻ってくると、PDsはあるまいことか皿にわっつりとタレまみれの肉を盛り上げているのであります。八戸に来て肉かよっ!と内心叫び、しかし直後にドデカミン+エビで痛い目にあって軌道修正したのだろうと思い直す。孔子さまも過ちては改むるに憚ることなかれと仰っていることだし、この態度はなかなかよろしい。

 ともあれここまできたら行く末とことん見届け申そうではないか、とちらちら様子を伺っていると、三たび彼氏が立ち上がる。

 「リンゴのソフトクリーム」「ドデカミンお代わり」「満を持しての烏賊ワタ」とこちらの予想を軽~く背負い投げして、彼氏は両手に大盛りご飯を持って戻っていらっしゃったのでした。

 最後まで楽しませてくれたPDsに感謝。

 さて、翌日仕事を抱えた禄仙妻を八戸駅で見送り、残留組は中心街に戻る。

 ホテルの温泉に入るといっぺんに酔いが回ったかして、気づけばもう夕飯の待ち合わせ時刻なのであった。

【夜】

 禄仙子ご所望のみろく横丁の烏賊料理店は日曜休みだったため、そぼ降る中を男二人でさまよい、ロー丁の『サカナヨロコブ』へ。昨晩の『鬼門』のような風情には欠けるが、というのは広く小綺麗な造りではあるけれど、魚の質は間違いないことを前回の旅で確認済み。

 とはいうものの、さすがに昼だらだらと食べ続けただけあって、ここではお通し以外に烏賊ワタのルイベ(口中で融けて、爽やかな甘味が広がる。これを燗酒でやるとこたえられない)、「奇跡の鰯」の炭火焼き(二人一尾で丁度いいくらいのメタボ鰯)だけにとどまった。地酒はがんがん呑んでましたがね。店の人に「どこまで呑むんですか」と苦笑されてるうちに調子が戻り、段々上がるはしご酒。さあ二軒目よと繰り込んだところでけつまずいた。なんでも母娘でやってる、いたってざっかけない雰囲気の居酒屋という触れ込みだったが、「ラストオーダーまであと少しですから」とけんもほろろの対応なのである。

 少しだけ呑んで帰りますからと哀願して入れて頂く(という感じ)。塩辛と馬の煮込みをあつらえ、たしかにがらーんとした店内で意地のようにハイボールを干しておりますと何やら旅先のわびしさが惻々と沁みてくるようでどうもよろしくない。

 早々に退散したあとは、みろく横丁でしじみラーメンを啜ってこの日はおとなしくご帰館という始末。ベッドで、うーむ八戸で木戸突かれたのは旅も四度を重ねて始めてだなけしからぬことである、いやしかし明日のえんぶりにそわそわして店どころではなかったのであろう、それはこちらも同じことだしな。とすこぶる鷹揚に納得する。

 そう、いよいよ明日は旅の眼目たるえんぶりであります。

 

鬼が笑う門~八戸えんぶり紀行(1)~

 乗り継ぎが綺麗に決まって八戸の中心街に着いたのはちょうど時分どき。目当てにしていた天ぷらやは「土曜のランチはやってないんです」とのこと。まあ三泊するんだから一回くらいはこういうこともあるわな。次回の楽しみとしておきましょう。近くのレストランに入り、刺身定食と烏賊の天ぷらでビールを呑む。

 雪は期待していなかったけれど、それにしても温かい。えんぶりの日はどうなることやら。ともあれ荷物をホテルで預けて、小中野にあるギャラリーへ向かった。

 『すぐそばふるさと』というサイトがある。地元八戸へのしたたるような愛情が伝わる写真が素晴らしく、あと鯨馬としてはとりわけ文章の好もしいのに興味を惹かれ、インスタグラムを通じて管理人のmamoさんと一度やり取りをした。その方のえんぶり写真展が開催中、そして本日はギャラリーにいらっしゃるとのことなのである。

 薪ストーブが燃える感じのいいギャラリーの二階に上がると、客はみなmamoさんと顔見知りらしく、南部ことばが賑やかに飛び交っている。間をそっと縫うようにして写真を見て回った。写ってる皆さんの表情がじつにいい。無論それだけえんぶりに真摯に向き合ってる気組みが表れているに違いないが、その一瞬をとらえた方もまた同じくらいえんぶりを大事になさっていることが伝わってくる。

 会話が収まったところでmamoさんにご挨拶。文は人なり。ふうわり周りを温かくするようなお人柄。えんぶりに参加するこどもたちがmamoさんを見かけると(上方風に言えば)いちびってくるのがよく分かる。今回はお仕事で参加出来ないとか。身不肖ながら双魚亭鯨馬、代わりにしっかと見届けて参ります。

 しかしまだ時間はたっぷりある。帰り道、「新むつ旅館」を見物した。元遊郭の建物だそうで、帰ってから調べたところ、中の造りがむやみと立派で堅牢らしい。次回はぜひ入るべし。

 もう一つ立ち寄ったのはラピアというショッピングモール。みろく横丁や根城といった所謂観光名所よりもこうした地元の人向けの施設にこそその街の気分はよく出ていると考えているからでもあるし、それよりも何よりもともかく八戸のものが好きなんですよあたしゃ。

 しかしやはりここには来てよかった。スーパーに瞠目したのである。いや、入ってるのは長崎屋なのだが、鮮魚売り場がすさまじい(少なくとも神戸の住民には)。大きなホッキ貝もなめたがれいも生にしんも「白サイベカレイ」も(しかし何でしょうか、これは)ホタテもクリガニも全部百円です、百円。今日びコーヒーかて百円玉では買えませんで。次回は(それにしても「次回」が多い旅だ)ホテルではなく、料理が出来るところに宿を取るべし。

 夢見心地のままチェックインを済ませ、ホテル内の温泉に入って写真の印象を反芻し、部屋で一眠りするともう夕食の時間。待ちわびた夕食でもあり、しかし「ああもう半日も経ってしまった」という嘆きもあり。我ながらなんとも落ち着かぬ気分でロー丁へ。

 「咳をしても一人」の鯨馬としてはごく珍しいことに、この旅は御同行あり。禄仙夫妻である(仮名)。夫は同僚であり、夫婦ともども呑み友達であるという関係(前の週にも拙宅で三人あんこう鍋をつついた)。当方が二言目には八戸八戸という熱に多少感化された気味合いあり。こうして感染者をどんどん増やしていかねばならぬ(時節柄不適切な表現があったことをおわびします)。

 店は鷹匠アレイ奥の『鬼門』。なんともおそろしげな名前だが、店のたたずまいは間違いない!という雰囲気で、でもやっぱり場所が場所だけに「一升呑んで一人」の鉄面皮人間でも些かためらうところあって、今回は衆を恃んで予約してみた。

 狭くて、ごちゃごちゃしていて、あったかくて堪らない雰囲気である。盛岡で友人に会ってきた禄仙夫妻も「これはすでにいい店の手応え」とほくほく顔。実際、菜の花と白魚(小川原湖産)とめかぶのお通しからして上塩梅だった。早々にビールから酒に切り替える。あとは思い出すままに並べていけば・・・
*〆鯖・・・定番ながら威風堂々のあぶら。
*北寄貝(つくり)・・・舌下腺がキュッと痛くなるような貝独特の濃厚なうまみ。
*煮魚(なめたがれい)・・・これが尤物。関西では誰も好んで煮魚などたのまないが、鯨馬は八戸の煮魚が滅法うまいことを知っている。夫妻も目を丸くしながらつついていた。「まあ八戸ではこれが普通なんだよねえ」と先達風を吹かす快感といったらない。
*きく・・・鱈の白子。最近はどこの居酒屋でも出すが、それだけにこの旨さはなんぞやと一同のけぞる。周りのぬるぬるしたところが新鮮さの証なんでしょうな。それにしてもこれは旨かった。

 三人でコーフンしながら呑んでおりますと、店の方が「ここらへんもいいよ」と出してくれたのが「ざるめこぶ」。ざるの目みたいに穴が開いてるからだそう。若布と昆布の合いの子のような食感・香りで、すっきりした八戸の地酒によく合います。

 終盤ぽい空気を見計らって出てきたのが吸い物。椀いっぱいに小さい帆立が盛り上がっている。味はなんというか極上の海水という感じで、野趣あふれるようで洗練の極み。本当にこういう味の海があるならば、ひとつ鯖や烏賊になって存分に味わいながら泳ぎ回りたいものである。

 勘定がまた安かった。動揺するくらい安い。次回(またしても)はここで腰を据えねばならぬ。というのは、禄仙子の奥様が仕事の関係で明日帰らねばならず、だから今晩はなるべく色んな店に連れて行きたかったのである。

 というわけで二軒目は「カレーもいいけどおせちもね」「変化球もいいけど直球もね」とみろく横丁は『海の幸美味』へ。相変わらず強烈なオバサマのしゃべくりにあっぷあっぷしながら(でもだいぶ南部ことばが聞き取れるようになった気がする!)、ここでは鮫、ホヤ、アカハタモチ(海藻の練り物)などで呑み続ける。さっ、三軒目だよ!という頃には面妖なことに二人ともくたあーっとのびはてているのでありました。

 「先達」は当然のごとくご帰館とは相成りませず、そこからみろくの別の店で煮込み等を食い、『蜘蛛の糸』の美人ママに久闊を叙し、『太助』の蕎麦をたぐって更けゆく八戸の夜を満喫。

 さ、明日もまたストレートど真ん中に八食センターであります。

 

洛北桃源郷

 京都は北区の『仁修樓』会。待ちに待ったというところ。某年某所での『海月食堂』岩元シェフとのコラボイベント以来の大ファンである。独立して店を構えたら、とはつまり上岡誠さんが自分の心ゆくまで腕がふるえるところではどんな旨いものが出るのかと、思い描いては舌なめずりしていた。

 隅々の設計までこだわりぬいたという店に一歩入った瞬間、自分の想像力がいかにも貧困だったと直観する。そして料理が出始めるといよいよその感は強まるのだった。
※以下、料理の説明は岩元シェフの記録に大きく拠っています。

○桂花鵝肝・・・フォアグラに金木犀の香りのソースがかかっている。ほのかにマンゴーの香りも入る。下にしいている、蒸しパンの上げたのの食感が楽しい。
○三色拼盤・・・前菜盛り合わせ。くらげ、よだれ鶏、それに野菜の甘酢漬け。ご覧の通り、特に料理の仕立てとしては奇なるものを見ない。しかしよだれ鶏のソースといい(柱侯醤とかいう中華味噌の風味がよろしい)、甘酢の爽やかな味(黄柚のひとしぼりが効いている)、口中を通り過ぎてゆく一瞬にはっ。とさせる工夫があるのが上岡流なのだろう。
○木酔明蝦・・・活けの車海老を紹興酒に浸けたもの。牡丹海老ないしは甘海老だとどうしても食感がねちねちしすぎてしまうが、さすがに巻海老のしかも活けだとどこまでもぷりぷり。たっぷり酒を吸ったミソはとりわけ高雅な味わい。下には京の生湯葉がしいてある。
○陳皮炖鴨・・・一度揚げた鴨をスープに入れて蒸し上げたもの。干椎茸やら貝柱やら棗やら杏仁やら陳皮やらが渾然となって、なんというか魔術的な香りとなっておりました。鴨はむしろ添え物という感じで、スープを楽しむ。滋味とはこういうのをいうんだろうな。
○美味點心・・・ひとつは海老の刻んだのを具にした蒸し餃子。かみ切ると舌の上で海老の身が踊る感覚がここちよい。もう一種は小籠包なのだが、出汁が和風。といってもまずまずの料理人は上等の昆布と鰹で引いて事足れりとするところを、上岡シェフはそうすると「香りだけで、具材の力に負けてしまうので」、なんとさば節を思いっきり煮詰めて使うのである。要するに専門店のうどんだしの要領。想像の如く、じつにパンチのある味。
○広東焼鴨・・・人間一人優に入ってしまう焼き釜で、下の焼け石の輻射熱を用いて蒸し焼きにする。だから身は綺麗な薔薇いろで、しっとりと仕上がっている。「おまけ」として出してくれた関節のあたりはまた対極に勇壮華麗(?)な趣。
○鯉・・・豚ミンチや慈姑を鯉の身で巻き、網脂でさらに巻いて、揚げたあと広東風の甘酢ソースをかけて。慈姑がいいアクセントとなっている。
○柱侯牛肉・・・柱侯醤で煮込んだ牛のほほ肉。本来は臓物を使うとのこと。ほろほろくずれる肉質をたのしみつつも、これで胃やら心臓やらだとさらに贅美豪奢になるんだろうと妄想して昂奮する。
○紅焼排翅・・・おなじみフカヒレ煮込みだが、これがまたおなじみどころか驚倒するような味だった。地となるスープは、上湯つまりコンソメを下地にとったスープをさらに下地にしてもう一回とったコンソメなのである。で、いいですか、注意してお聞きあれ、それをさらに「上湯と鶏の白湯でうすめる」のだそうな。この一皿にどれだけの時間と手間と金がかかっていることか。ほとんど茫然とする。味はもう、鯨馬なんかの表現力の及ぶところではない。「うまみ」のイデアなるものがあるとすればこうであろう、とだけ言って口を閉ざす他なし。 
○XO炒飯・・・玉子・葱のほか、大好物のハムユイが入っている。香ばしい匂いと清雅かつ深い味わいにのせられて、あれだけの料理を食べたあとでも、するすると平らげてしまう。

 久々に「料理屋に行った」という感じ。つまりほとんど酒を呑まずにこれだけの品を愉しめた。それどころか後から思い返しながらちびちびシェリーなぞをやるほうがいいくらいかもしれない。

 生まれながらの大詩人という存在がある、と思う。たとえば西脇順三郎金子光晴中野重治。それになぞらえていうなら、上岡誠さんは生まれながらの名料理人と称すべし。京都の中華料理に名を残す店となるのはもう今から約束されたようなもの。ともあれ、上岡さん、おめでとうございます。くれぐれご自愛専一に願い上げます。

聖木酔日

 久々にお客をした。お越し下さったのは木酔会(木曜の昼から呑みましょうという風雅な集まり)の皆様六名。かなり気合い入りました。献立は以下の如し。

(1)お通し(先吸)…蛤汁※酒をたっぷり入れ、調味はせず。蕗の薹を刻んで散らす。これは大阪・谷町の鮨屋『三心』さんの趣向を借りた。
(2)菊胡桃和え…菊は南部名産の干し菊(当然のように、青森色をちらちら見せています)。胡桃を擂り鉢でねちねちと音がするまで擂りたおす。白味噌と辛子少々で調味。
(3)利休鮑…鮑は酒蒸しして、肝も一緒に角切り。こごみは湯がいて鮑と同じ大きさに。黒胡麻を荒擂りして、煮切り酒と味醂赤味噌で調味。
(4)浅蜊と芹の辛子和え…浅蜊を酒蒸しして身を外す。芹は湯がいて刻み、浅蜊の汁に淡口を垂らしたものに浸す。
(5)飯蛸小倉煮…飯蛸は足だけ使う。小豆は蛸と別に柔らかくなるまで煮ておき、湯がいた蛸と合わせ、酒・味醂・濃口で調味し、小豆が半分つぶれるくらいまで炊く。
(6)鯖きずし…いつもは砂糖で水分を抜き、そこから塩をまぶす。今回は脱水シートを用いた。仕上げに柚子をしぼり、山葵で。
(7)白和え…具は木耳(戻して、鰹出汁で下煮)・京人参(軽く湯がき、塩でもんでおく)・干し柿味醂マオタイ酒に浸して柔らかく)・芹・餅銀杏(殻・薄皮をむいて、洗い米と三十分炊く。『玄斎』上野さんの本で知った技法)。和え衣は木綿豆腐・砂糖・淡口・酢
(8)蒸し鶏…生姜・酒・塩を入れた七十度の湯で三十分。身を裂いて、ポン酢を掛け回す。三ツ葉と焼き海苔とともに。
(9)牛タン…ソミュール液(塩・粒胡椒・タイム・ローリエ・セージ・ニンニク・人参・セロリ・玉ネギ・赤ワイン)に一週間浸けておく。あとは粒胡椒・ローズマリー・セロリ・玉ネギを加えた湯で二時間茹でる。付け合わせはクレソン。粒マスタードを添える。
(10)田楽…鯨コロ(二時間茹でこぼし、昆布鰹出汁・酒・砂糖・濃口で下煮)・こんにゃく(昆布出汁で下煮)・牛蒡(昆布出汁で下煮)・蓬麩を串に刺す。昆布鰹出汁・酒・白味噌酒粕・淡口の下地で炊く。
(11)ぬた…鮪赤身(脱水シートで下処理)・新若布・あられ独活を、赤味噌・辛子・酢を混ぜたもので和える。
(12)烏賊造り…剣先がなく、使ったのは針烏賊丹波芋をアラレに切ったものと一緒に。味付けとして卵黄の味噌漬け(四日)を添える。
(13)大根寿司…身欠きニシンは米のとぎ汁に一晩浸け、番茶で茹でる。大根は短冊に切って塩で下漬(一週間ほど)。炊いた白飯と糀を合わせて一晩保温。水を切った大根・ニシン・昆布・人参・鷹の爪を交互に詰め、重石を乗せて一週間。上手い具合に気温が低くなっていたので綺麗に発酵・熟成していた。

(14)間八ぬた…鯨馬自身はこのサカナ、あんまり好まない。が、高知で出てきた時の食べさせ方に感心した覚えがあったので真似してみた。葉ニンニクを擂り、白味噌・酢・辛子で調味して、角切りにした魚を和える。

(15)海老芋味噌炊き…海老芋は一口大に切り昆布出汁で下煮(煮崩れしないよう、晒で包む)。鶏皮は炙って刻み、生姜の絞り汁・酒を振りかけておく。八丁味噌・酒・砂糖を合わせた中で芋を転がすように炊き、鶏皮を入れる。提供の際にエゴマを擂ったものをまぶす。
(16)平目造り…サク取りした平目は脱水シートで下処理した後昆布〆にする。山葵と煎り酒(酒・梅干し・昆布・煎り米を煮詰める)を添えて。
(17)鴨…抱き身をじっくり焼く。その脂を蓮根・タラの芽に吸わせる。調味は塩・酒・山椒・かぼす果汁のみ。
(18)サラダ…菜の花・スナップエンドウ・アスパラ菜・芥子菜・スプラウト数種。ドレッシングは胡桃油・シェリービネガー・蜂蜜・塩・胡椒・粒マスタードで作る。
(19)鯛造り…これまた脱水シートで下処理。薄めにへいで、酒で柔らかくした浜納豆を挟んで提供。
(20)漬け豆…津軽の郷土料理。枝豆を塩茹でしたあと、鷹の爪を加えたゆで汁ごと乳酸発酵させる。
(21)炊合…蕗・焼き穴子・高野豆腐・筍。
(22)山菜ご飯
(23)漬け物…①新沢庵(塩味がまだ直線的なので、少し水にさらしてから)、②ひね沢庵、③千枚漬け、④菜の花昆布〆、⑤壬生菜ぬか漬け(刻んでから、塩・糠・鷹の爪をまぶして押す)

 たまたま連休中だったので、二日前から下ごしらえを進めており、当日は大きな混乱・渋滞もなしに提供出来たように思う。それにしても、これを毎日やっている料理人の方々、やっぱりすごいなあ、と深夜独り、缶ビールを呑みながら思ったことでありました。

 呑んで食って喋って笑って楽しい会にしてくださった皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。          碧庵主人

えびす冷え

 とは題してみたものの、それにしても本当に暖かい冬である。来月、八戸のえんぶり(豊年祈願の祭り)に行くのだが、小雪舞うなかを各組が一斉に摺る(えんぶりでは踊るとは言わない)壮麗な眺めが見られるかどうか、ちょっと不安。まあしかし、雪があってもなくても、愛する八戸にまた行けるだけでジンジンしびれるくらい幸福なのだけど。

吉田修一『国宝』(朝日新聞出版)……遅ればせながら。最後の設定があっ。と言わせる。
チェスタトン『求む、有能でない人』(阿部薫訳、国書刊行会)……チェスタトンのこういう小品集はもっと出て欲しい。
東海林さだお『ひとりメシの極意』(朝日新聞出版)……対談相手の太田某(居酒屋の通なのだそうだ)の俗っぽいこと。東海林さんのあの気韻あふるる文章一度も読んだことないのかしら。
○柿木伸之『ヴァルター・ベンヤミン 闇を歩く批評』(岩波新書)……とくに言うことなし。
○ダニエル・カルダー『独裁者はこんな本を書いていた』上下(黒木章人訳、原書房)……本書を読んだ限りでの印象で言うと、ヒトラーがいちばん無教養な気がする。それにしても筆者の文章が騒々しくて、というのは独裁者の本なんて価値が無いという地点からの裁断になっているのでなんだか逆に鼻白む。たとえばスターリンが恐るべき読書家だった事実を丁寧に分析することから本当のコワサが見えてくるのではないか。
○松原国師ホモセクシャルの世界史』(作品社)……これ読むと、なんだかホモセクシャルの方がノーマルであるように思えてきますなあ。
○ルイ・クペールス『オランダの文豪が見た大正の日本』(國森由美子訳、作品社)……ここに見える「近代日本」批判をオリエンタリズムの一言で葬り去るのはアホにでも出来る。でも問題はなにも解かれていないのである。
○竹内誠・深井雅海『論集 大奥人物研究』(東京堂出版)……大奥のこういったモノグラフィーは今までなかったのでは。前から興味を持っている女性についての論文もあり、面白く一読。
○柞刈湯葉田中達之横浜駅SF』(KADOKAWA)……ワンアイデアストーリーを徹底させたところが凄い。
○『人気の中国料理』(旭屋出版)
○玉木俊明『逆転のイギリス史 衰退しない国家』(日本経済新聞出版社)……経済史の研究を丁寧に踏まえているので、一般書ながら示唆に富む。副題はちと喧しい。
○マッシモ・ピリウーチ『迷いを断つためのストア哲学』(月沢李歌子訳、早川書房)……一度書いたことだが、これからの哲学(として世間が受け容れるもの)はグランドストーリーをしつこく語るヘーゲルか、個人の安心立命を解くストア哲学かに収斂していくのではないか。
山尾悠子・中川多理『小鳥たち』(ステュディオ・パラボリカ)……山尾悠子の文章の玲瓏は今更言うまでもなし。人形どもの妖しいうつくしさに一驚する。ぜひ個展なぞ見に行きたいものである。
○大谷栄一『日蓮主義とはなんだったのか 近代日本の思想水脈』(講談社)……同テーマの本はいくつもあるが、本書が現時点では最も克明なモノグラフだろう。王法仏法の「冥合」、仏国土建設を説く日蓮の思想がある種の国家主義をインスパイアするのは分かりやすい。そうした、いわば躁病的日蓮主義よりも、粘液質的な浄土真宗的エトスが戦前の軍国主義とどう符合していた(乃至していなかった)かの方が鯨馬は気になる。政治思想史の研究者がそのテーマで一冊書いていたがてんでダメな本だった。誰か書いてくれい。
石川直樹『国東半島』『まれびと』……世界中を経巡ってきた写真家が、日本の風土をどう見つめたか。今度は一周回って、その眼でまた世界を見直したとき、どのようなヴィジョンが立ち上がるのか。
○近藤好和『天皇の装束』(中公新書
○クロード・ルクトゥ『北欧とゲルマンの神話事典』(篠田知和基訳、原書房
○J.M.クッツェー『続・世界文学論集』(田尻芳樹訳、みすず書房
飯田隆『日本語と論理』(NHK出版)
正岡容『月夜に傘をさした話』(幻戯書房)……『正岡容集覧』とは正反対の、とはつまりモダニストとしての正岡容像構築を狙った編集。
○陶山昇平『薔薇戦争』(イースト・プレス
○吉江久弥『西鶴全句集』(笠間書院)……俳諧西鶴、ぶっ飛んでるなあ。宛然モダニズム
○三浦佑之『出雲神話論』(講談社
伊藤之雄大隈重信』上下(中公新書
ウンベルト・エーコウンベルト・エーコの世界文明講義』(和田忠彦他訳、河出書房新社)……今回の一冊はこれ。ミラノで行われた連続講義。美について、また醜について、見えないものについて等々エーコが語る、語る、語る。悠揚せまらざる調子はさすが。博識については言うまでもない。聖トマスとジョディ・フォスターを並べたり、チェ・ゲバラの例のイメージ(Tシャツに使われるやつ)を中世ラテン文学のトポスに結びつけたり、といった論じ方は、なまなかな書き手だと「いっしょけんめいやったはるわねえ」という感じになるのだが、エーコだとごく自然に話が流れていくのだ。合掌。

 

小鳥たち

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ウンベルト・エーコの世界文明講義

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