食魔人

 イサキが安かったので買って帰る。半身は造り、半身は塩焼きで。どちらも酸橘をたっぷりしぼって。イサキを下ろしたのは久々。皮を引くのに手間取ってしまい、身が少しくずれてしまったものの、味は上乗。たしかにこの時期は鯛よりイサキだよなあ、と思う。

 さばいてみると、巨大な白子が出てきたのでこれも塩焼きにする。残ったアラはネギやショウガと炊き込んでスープにした。ここまでしゃぶりつくされたら、イサキも本望であろう、と決めつけてそば焼酎をくいくいとやる。他には豚バラと小松菜中華風煮込み、蛸の《折衷》サラダ(梅干と紫蘇をたたいたものと、ニンニクのみじん切りと、ごま油で和洋中の折衷、というわけ)、ニラとわかめのぬた。

 対手はビル・ビュフォード『厨房の奇人たち』と高山宏『かたち三昧』。ビュフォードは『フーリガン戦記』の著者。前著以来、全然本を出していなかった様子。その間何をしていたかというと・・・タイトルどおり厨房で修業を積んでいたらしい。

 はじめはマリオ・バタリというNYのカリスマシェフ(イタリア料理)のレストラン。TVショーなどにも出演してアメリカではものすごく知名度が高いヒトだそうである。そのマリオのレストラン『バッボ』のキッチンに、いわば「徒弟」として入らせてもらうのだが、この厨房という世界がすさまじい。熱さや包丁さばき(の失敗)による切り傷などの、物理的にも過酷な状況にあるうえ(グリル担当の人間は火に背中を向けてはいけないという。理由はエプロンの紐がとけて背中にくっついてしまうから)、そこにたむろするコック(グリルやパスタといった部門を担当するコックはラインシェフというらしい。どうも今回の記事は「らしい」「ようだ」ばかりだが、知らない世界なんだから仕方がない)の面々がこれまた強烈な人格というより、これもタイトルどおり、変人奇人、もっといえば友人にはほしくないと思わせるタイプばかり。

 それでも耐え抜いて、ウズラも焼ければ、パスタも盛りつけできる(パスタは上から空気をたっぷりふくませるように散らし、ソースはごく控えめにするのだそうな)ようになった著者は、マリオがかつて学んだイタリアはトスカーナにまで足を伸ばす、といっても単なる観光ではない。今度は「世界で一番有名な肉屋」に弟子入りするためである。

 この情熱。『フーリガン戦記』でも延々とフーリガンについて移動(し、乱痴気騒ぎを繰り返す)するところにやるねえと呆れたり感銘をうけたりしたものだが、まさにそれ。何しろ徒弟奉公を終えてNYに帰ったあと、豚一頭(いいですか、1キロとか足一本とかではなく一頭ですよ)を自宅のキッチン(!)で解体するまでに入れあげるのである。最大の奇人はいうまでもなくビュフォードその人である。もともと文芸雑誌の編集長をしていただけあって、書き方に芸があり、読ませますよ。本の最後では、イタリアから持ち込まれた料理文化がいっそう洗練されたフランスにいかねば、と書いてある。ぜひその報告を読みたい。

 で、ここからは本自体から離れて考えたことなのだが、イタリア料理やフランス料理だと、『バッボ』のような、一晩に何百人という客を集める規模の店が可能なのだな、ということ。つまり本式の料亭で一晩何百人とはとても考えられない。

 とすれば、懐石(もしくは会席)では、客がメニューを見て注文するのではなく、「本日の料理」が黙っていても出てくるという仕組みが、食材の仕入れや使い切りの効率を考えて、いちばん合理的なスタイルということになる。なるほどね、と納得した次第。

 それにしても、トスカーナでの修業の日々の、なんと愉しげに回想されていることか。読んでいるこちらも「道祖神のまねきに」あう気分がして、どうにも具合が悪かった。マンションで焼酎飲んでる場合ではないだろう、といてもたってもいられなくなったのである。酔ったのかな。

 前項でもふれたが、こちらにとって『かたち三昧』の著者・高山宏は「本の水先案内人」。正直言ってご本人の著書は、騒がしいというか性急というか、落ち着いて楽しむ気にはもうひとつなれないのだが(失礼!)、この本のように、思い切って、というかなりふりかまわぬ体で《人文学のオモシロさ解説芸人》に徹している姿は、いっそ粋でさえある。いや、それにしてもよく読んでる・・・こちらの「集書メモ」もあっというまにいっぱいになってしまった。

 この本は、後半に漱石テクストをタカヤマ的視点から読み直した文章が集められており、これもまためっぽう面白い。比較文学というならここまで徹底しなくちゃいけません。学生時分(生意気盛りだ)、ある先輩に「『猫』は落語の影響をうけた作品というより、世紀末のビョーキ小説そのものです」と放言したことを思い出す。辛辣苛烈なその先輩にほめられたのは後にも先にもこの時だけである。

 これ以外にも最近は《当たり》が多かった。まずは岩波文庫。『ローマ諷刺詩集』は書評したが、その他にも『加藤楸邨句集』や『頼山陽詩選』(揖斐先生、ぜひ『江戸漢詩選』を文庫で出してください)、カーの『危機の二十年』、それにプルーストの四巻目と贅美をつくしている。

 他は講談社選書メチエの『西洋哲学史4』、イーグルトン『詩をどう読むか』(「あの」イーグルトンがここまでやるゼ、と気合いを見せた一冊)、P・グランヴィル『火焔樹』(もっとはやくこの小説家を知っていたかった)など。

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