中休み、でも宴~八戸えんぶり紀行(2)~

【朝】
 朝食の後、長者山新羅神社へ。ここは「八戸」えんぶり(八戸以外にもえんぶりの祭りはあります)の口切りとなるお宮。明日の本番前に参拝しておこうと足を向けた。社域までの坂道、亭々たる杉木立に気持ちが清められる。

 本殿。まずはまた八戸に来られたことを感謝し、次いで明日の豊年祭が無事行われるよう祈願する。何台か準備のトラックが入っていたとはいえ、拍子抜けするくらい人がいなかった。

 山を下りて向かうは三日町の『はっち』。お目当ての「えんぶり手ぬぐい」を買い求め、館内をぶらぶら。町中だけあってそこそこ人が入っている。土産を探す観光客のなかに、テーブルで参考書を広げる高校生の混じっている光景がいい。

 八戸に来たならブックセンターにも顔を出さねばならぬ。店員さんの応対ぶりがまだ公務員くさいのを瑕瑾として(市が運営する本やなのだ)、これだけ造り・配列・企画の充実した書店はたとえば関西でも、まして規模を考えればまあないだろう(個人の趣味的な店は除く)。青森関係の雑誌など数冊を買う。旅先ゆえあまり荷物を増やせないのが残念。

 儂が作家デビュして大いに売れるようなことがあったらば、いろんな企画でお手伝いしましょう、とつぶやきながらブックセンターを出ると、これぞこの南部の冬空という恰好で風花が舞っている。バス停で待ち合わせた禄仙夫妻も「なんとか東北らしい寒さになりましたね」とむしろ喜んでいる様子。観光客はかくも無責任なものなり。

【昼】
 八食センターに向かうバスのなかは予想以上に人少な。やっぱり新型肺炎の影響なんでしょうね。とはいえさすがに日曜。八食の中はまずまずの賑わい。天満の市場の側に住んでいる夫妻も、魚の種類の多さそして安さに圧倒されていた。

 今回のお買い上げは・・・
《BBQ》
○帆立
○鯖干物
○鰈干物※何カレイかを失念。それくらい青森は鰈の種類が多い!
○烏賊げそ

《その他》
○真つぶ造り
○ほや造り
○鯛造り
○ほうぼう造り
○大根の梅漬け
○生牡蠣
せんべい汁

 見てみると自分でも「三人でこれだけか?」と思うがどれも量が多いから、まあ、よく頑張ったほう。こりっこりのツブと鯖がやはり旨かった。

 当然ぐびぐびやっていた訳ですが実はいちばんの肴になったのは我らの向かいの席にいたカップルだったかもしれない。両方ともモデル?というくらいにほっそりした体型(当然スキニーをはいている)、プレーリードッグ並みの小顔。

 「こんな二人もこんな魚市場みたいなところに来るんだねえ」と中年(鯨馬)と中年予備軍(禄仙夫妻)が目配せしていると、食材を買ったカップル(以下PDs=プレーリードッグ)が戻ってきた。禄仙妻が目を見開いているので視線の先に目をやった鯨馬も瞠目。彼女はウェルチ(のブドウ)、彼氏の方はドデカミンの大きいサイズを、帆立・エビなどなどの横に突っ立てている。

 まあね、最近の子は呑まないというし、そもそも車で来てて呑めないのかもしれませんが・・・それにしてもウーロン茶とか炭酸水とかあるでしょうが。せめてコーラぐらいで押しとどめていただけまいか。こんがりあぶった貝類をウェルチで流し込む前衛的な味を想像して三人ともに悶絶する。

 当のPDsは必死で爆笑をこらえているこちらの苦しみも知らばこそ、感心にスマホに見入ることもなく仲睦まじくBBQを続けている。

 綺麗にさらえたPDsが席を立つのを見て、「なんだかビールやら地酒やらで烏賊げそのワタ焼きをやってるこちらの味覚のほうがヘンなのかもと思えてきた」と感想を漏らすと、夫妻も大きくうなずく。いわゆる実存的不安というやつでしょうか。

 不安をアルコールで鎮静すべく酒を買い足して戻ってくると、PDsはあるまいことか皿にわっつりとタレまみれの肉を盛り上げているのであります。八戸に来て肉かよっ!と内心叫び、しかし直後にドデカミン+エビで痛い目にあって軌道修正したのだろうと思い直す。孔子さまも過ちては改むるに憚ることなかれと仰っていることだし、この態度はなかなかよろしい。

 ともあれここまできたら行く末とことん見届け申そうではないか、とちらちら様子を伺っていると、三たび彼氏が立ち上がる。

 「リンゴのソフトクリーム」「ドデカミンお代わり」「満を持しての烏賊ワタ」とこちらの予想を軽~く背負い投げして、彼氏は両手に大盛りご飯を持って戻っていらっしゃったのでした。

 最後まで楽しませてくれたPDsに感謝。

 さて、翌日仕事を抱えた禄仙妻を八戸駅で見送り、残留組は中心街に戻る。

 ホテルの温泉に入るといっぺんに酔いが回ったかして、気づけばもう夕飯の待ち合わせ時刻なのであった。

【夜】

 禄仙子ご所望のみろく横丁の烏賊料理店は日曜休みだったため、そぼ降る中を男二人でさまよい、ロー丁の『サカナヨロコブ』へ。昨晩の『鬼門』のような風情には欠けるが、というのは広く小綺麗な造りではあるけれど、魚の質は間違いないことを前回の旅で確認済み。

 とはいうものの、さすがに昼だらだらと食べ続けただけあって、ここではお通し以外に烏賊ワタのルイベ(口中で融けて、爽やかな甘味が広がる。これを燗酒でやるとこたえられない)、「奇跡の鰯」の炭火焼き(二人一尾で丁度いいくらいのメタボ鰯)だけにとどまった。地酒はがんがん呑んでましたがね。店の人に「どこまで呑むんですか」と苦笑されてるうちに調子が戻り、段々上がるはしご酒。さあ二軒目よと繰り込んだところでけつまずいた。なんでも母娘でやってる、いたってざっかけない雰囲気の居酒屋という触れ込みだったが、「ラストオーダーまであと少しですから」とけんもほろろの対応なのである。

 少しだけ呑んで帰りますからと哀願して入れて頂く(という感じ)。塩辛と馬の煮込みをあつらえ、たしかにがらーんとした店内で意地のようにハイボールを干しておりますと何やら旅先のわびしさが惻々と沁みてくるようでどうもよろしくない。

 早々に退散したあとは、みろく横丁でしじみラーメンを啜ってこの日はおとなしくご帰館という始末。ベッドで、うーむ八戸で木戸突かれたのは旅も四度を重ねて始めてだなけしからぬことである、いやしかし明日のえんぶりにそわそわして店どころではなかったのであろう、それはこちらも同じことだしな。とすこぶる鷹揚に納得する。

 そう、いよいよ明日は旅の眼目たるえんぶりであります。