カブトガニとわたし〜備後・播州の旅(一)〜

 久々の旅ながら、行き先は金沢ではなかった。嫌いになったのでも飽きたのでもなく、何にも考えずひたすらぼーっとするには、取り立てて観光名所や馴染みの店がない街の方が都合がよかった。

 と書いた後で所期するところは充分達せられたと続けると、なんだか行ったとこの悪口みたいになりますが、ま、過疎ブログのことゆえお目こぼしを。

 前日少々過ごしてしまったので、薄曇りの頭のまま取りあえず西向きの新幹線に乗る。何時何分に乗って、何分に乗り換えて何時に到着、なんて動き方をしないのが今回の趣旨。

 岡山で降りる。前日、バンブー竹中さんに市内の鮨やをいくつか教えて頂いていたが、宿酔でもあり予約もとっておらず、この日は断念。明日時間がとれたら行ってみよう。

 かといってエビメシだのママカリ鮨だの「おぉ、岡山」的なのも気が進まない。結局は駅ナカのうらびれた(と見えたが、これは昼の時分どき、他に誰も客がいなかった為)立ち飲み屋でビール。冷や奴に魚すり身のカツ、こんにゃくと大根のおでんでさらりとゆく。

 徒然たる表情の客と、ご同様の表情の店員とが何となく会話を始める。笠岡で一泊すると聞いたおねえさん、一瞬顔がこわばったのを鯨馬は見逃しませんでした。

 ―カブトガニ博物館があります。……外に恐竜公園もあるし、夏休みの土日とかには家族連れとかには人気あるみたいですね。

 この「とか」の使いぶりが愉快である。

 ―土日とかでもない日に、四十がらみの男がヒトリで行く、とかならどうなるんだろうか。
 ―……よほどカブトガニが好きな方なんだろうな、と思われるでしょうね。

 二人して、もへへへへ。と笑う。

 岡山から笠岡へは各駅停車でことことと。駅ビルのスーパーで缶ビールに空豆でも買っていこうかしらんと思っていたが、やめといて良かった。高校生はじめ、地元の方々でほぼ満席という混み具合であった。

 笠岡。うーん、理想的に何も無い。取りあえずホテルに荷物を置きに行く。駅からホテルまでかなり距離がある上に、間にトンネルも挟まり、しかも蒸し暑い。ホテルに着く頃には既にへばりきっていて、カブトガニ博物館へはタクシーで行くことにした。酔狂というか風狂というか癲狂というか。

 カブトガニ博物館。うーん、理想的に何も無い。いや、博物館前には立ち飲み屋ねえさんご高教のままに、とりどりの恐竜たちが、それはそれはしづかにしづかにたたずんでおりました。

 予想はしていたけれど、客は当方唯一人。中傷してるんではなく、水棲生物好きには願ってもない状況。愉しみつつ丁寧に見て回りましたが、そして地元の方々の保護にかける熱意には敬服しましたが、しかしねえ、ひっくり返って脚をもぞもぞさせている恰好、実にどうも、地球侵略にいらした方々としか思えない。ほぼ確実だと思うのだが、あの悪夢の天才ギーガーはどこかでこの節足動物を目にして多大なインスピレーションを得たはずである。

 ひとつ勉強したこと。カブトガニの血液が海水中の毒素の有無を調べる有効な試薬になってるんですと。かなりの量を「献血」してもぴんしゃんしてるんだそうな。なんとなく可笑しい話である。天然記念物になってもまだまだ働かねばいかんのですな。

 暗くて静かで涼しい館内にいたためか、だいぶ恢復してきたので、帰りは海沿いの道を歩いて戻ることにする。その前に博物館裏の堤防を下りて、しばし散策。細かい石組みのそこここに潮だまりが出来ている。

 おこうこの一切れでもあったら一升は呑める、なんて言い方に倣えば、潮だまり一つで小半時は遊べる、という感じ。小魚や蟹やヤドカリや貝やイソギンチャクやらの生命が洗面器ほどの小天地で蠢動しているのを眺めていると、ふうっと気が遠くなる感覚に襲われる。恍惚とはこのことか。とはいえ、イソギンチャクに一々ふうっと気を遠くしていてはいつまで経ってもホテルにたどり着けない。

 陽射しはきつく道のりは遠かったが(四十分はかかったか)、地元の中学生がそこここで釣り糸を垂れたり水遊びをしたりしてるのはいかにものどかな眺めで、さほど退屈もせずに歩き通すことが出来た。

 ホテルでシャワーを浴び、短い仮眠。夕食の前に少しは笠岡の町も見て回るつもりで早めにホテルを出る。駅を降りた時の感想はさほど外れていなかった。それでも住宅地の真ん中に突如(という感じで)出現する多宝塔や銀杏の巨木、また石造りのモダンなデザインのパン屋とそれにつづくこれはまたえらく古風な町屋造りの並ぶ商店街など、半時ほどの散策には丁度良い。

 晩飯は町中で(国道沿いのチェーン系を除けば)ほぼ唯一開けているのでは、と思われる居酒屋。よく入っていたが、観光客はこちらだけで後は地元の人ばかりだった。

 「取りあえず一通りお出ししましょうか」の「一通り」は以下の如し。
○先付け…鱧の湯ぶきと海老の麹漬(この麹漬が、甘くなくて酒の肴にすこぶる宜しい)○造り…鯛・烏賊・真魚鰹(しゃっきり、しっとり、さっくりという食感の違いがまた愉しい)
○地蛸のマリネ
○ねぶとの唐揚げ…縦縞模様の小魚。他愛もないといえば他愛ないが、ほけーっとビールを呑みながらつまむのに最適。
○鱧の小鍋
メバルの煮付け…尤物はこれ。丸々肥えたのがでん、と皿にのっている。味付けも甘くなく、酒呑みには向いている。店の人が目を丸くするほど綺麗に身を余さず平らげました。

 地酒を置いている店で(特に岡山・広島というわけではないらしい)、魚がいいとなればこれで鯨馬が終われる訳も無く、この後蛸ぶつと貝の煮たのと、岩海苔と魚の入った雑炊を頼む。

 仕事やら天下国家やらのことを何にも考えないための旅だから、ほけーっと冷酒を呑んでいると、聞くともなしに周りの客の会話が耳に入ってくる。とりわけ愉快だったのは四人連れのオッサンたちで、これがエロ話や自慢話ならうんざりするところだが、オッサンどもは、先ほどまでチヌ釣りの仕掛けで盛り上がっていたと思えばにわかに話題を転じて、こともあろうに今度来たらしい神父の人柄月旦に移る。おまけに「司教様の服の着こなし」にまで至る。この聖俗の落差というか、いや結局は俗の俗なる辺りを周回しているような気もするが、ともあれいわゆる「オヤジ」連中とはえらく趣の異なる話ばかりで、最後にはなんだか神仙傳中の四人の酒宴に陪席しているような気がしてきた…のはさすがにこっちも酒が回ってきたのであろう。

 それにしても、酒をあれだけ呑んであれだけ食ってあの値段というのは、一体どういう仕掛けだったのだろうか(はじめ「料理を一万くらいで」と頼むと、「とてもそんなには無理」と断られたのだった)。そう言えば(というほどのつながりはない)カブトガニは食うならどのように料理すべきか。やはりあの泥臭さ(と思う)をどう抜くかが決め手だろうな…などと考えつつホテルに戻る。夜風が心地よい。ホテル近くにはその名も「のみやタウン」なるビルがあったのだが、一顧だにせず(いや一顧はした)セブンイレブンでかき氷とコーヒーを買って帰ったのは進歩したのか、退化したのか。(この項つづく)


ギーガーゑがく
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師匠傘寿

 MuogOTのシャルキュトリの会、海月食堂とピエールのコラボの会、初めて行った中華のcuisineなどで美味しい料理に沢山出会った(それにしても、出不精の人間にしてはイベント参加が続いた)。本も珍しく小説をよく読んだ。

 とはいう個人的に煮詰まったひと月だったので、長々と綴る気になれない。先日あった恩師の御祝いの会のことを少し記して今月の拙ブログの責めをふさいだこととする。

 恩師は今月で八十、傘寿である。弟子一同で祝宴を持とうという話が出ていたのだが、これは諸々の事情で取りやめ。代わりに師匠のお宅で連句の興行を行うことになった。

 ご自身はもう召し上がらないが、門弟は猩々連。「酒三盃を過ぐすべからず」の戒めもものかは、どっさり用意した酒肴を愉しみつつ歌仙を巻いていくのが吉例となっている。

 問題は誰が酒肴を準備するか、である。一門の料理番たる泰平庵主人こと綺翁さんから「今回は君と二人でするから」と通達があった時には、横で野菜を刻んだり鍋を洗ってたりすりゃいいんだなと暢気に構えていた。だから一週間前に「助手はボクのほうだから」と言われて、かなりあせった。たとえば茹でタンを作るにも、仮漬けして本漬けして、茹でこぼして、とするのに日数が足りない。そもそも師匠や先輩諸氏(鯨馬は最年少世代)にどんな料理を出せばいいのかとんと見当が付かない。前述のように煮詰まっている時期なので、アタマが回らない。普段なら献立を考えるといくらでも時間が過ぎていくのだが。

 とはいえ、綺翁さんが魚の仕入れは担当して下さるとのことで、二人でどんな魚が今いいか、とやり取りしている内に、だいぶん考えがまとまってきた。

 句会は五時から。当方は午前中から湊川の市場に出かけて食材を物色。時化のあと、しかも中央の卸が休場だということを失念しており、ネタの少なさに茫然とする。なんとか鮑と蚕豆は買えたので、急いで家に戻り下ごしらえ。綺翁さんとは二時半に芦屋で待ち合わせ、調味料などをそろえて師匠邸へ向かった。大車輪でこしらえたのは以下の品々。

◎蚕豆のポタージュ・・・豆のピュレを、蛤の出汁とトマトウォーター(みじんに刻んだトマトをざるに置いてしたませた汁)で伸ばす。生クリーム少々。三つも旨味が重なるから味付けは不要である。蛤の塩気で充分。刻んだ胡瓜を浮き実にして、ディルを散らす。

◎鮑のサラダ・・・鮑は酒蒸しにして角に切る(固くならないように蒸し汁に浸けておく)。茄子は縦縞模様に皮を剥いて輪切りにしたものをオリーヴ油で形を残すように炒める。赤・黄ふた色のパプリカは素焼きにしたあと、鮑と同じ大きさに切る。モロッコインゲンは柔らかめに湯がき、これも同じ大きさに。出す直前に、オリーヴ油・辛子・シェリービネガー・砂糖(少々)・胡椒のソースで和える。

◎烏賊の木の芽和え・・・綺翁さんが仕入れてきたのは、枕の如き甲烏賊。斜め十字に包丁を入れてそぎ切りにしたやつを半生に茹でる。和え衣は赤味噌・黒胡麻を摺ったもの・木の芽・粉山椒。烏賊の甘味を引き立たせるために、酒や味醂は入れない。また、もちもちした食感を残すために、大ぶりに切る。

◎チヌのソテー・・・フィレには軽く塩胡椒し、皮目を極低温で、皮がかりっとするまで焼き上げる。身の方は鍋肌に当てず、下からの熱だけで火を通す。ソースは、チヌのアラから作ったフュメで、炒めたマッシュルームと粒玉蜀黍をさっと煮て、クミンシードを加えたもの。

 あとは綺翁さんが焼き豚と手打ち蕎麦を持参。あと牛肉の塊を焼いたもの。慣れない台所だと、段取りを細かく考えるのでかえってスムーズに作れたようである。。

 句会のほうは、予想通りの高歌放吟杯盤狼藉。歌仙の出来はというと、ま、当方が捌き役として巻いてる連衆は、場数を踏んでいるだけあってやっぱり上手いなあ、と思いました。ともあれ、師匠も奥様もお元気そうで、本当に良かった。参加者全員がそれを心から喜んでいるという雰囲気が、とても心地よかった。
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螢の火

 職場から家まで歩いていて、途中の宇治川の河原に蛍が飛んでいるのを見つけた。初めは一匹しかいなかった、というより見つけられなかったけれど、しばらく眺め入っているうちに、少しずつ数が増えていく。水の流れる音と相俟っていかにも涼しげ。リズムがあるような、無いような間隔で明滅する趣がよろしい。とはいえ、今みたいに街灯も部屋の明かりもなく、車の走る音も聞こえてこないところで、黄緑いろの光が乱舞するのに出くわしたらどうだろう。綺麗な眺めと嘆賞するまえに、首の後ろの毛が逆立つのではないか。和泉式部の例の歌、自然に疎い現代人の想像する優美な場面であるよりは、鬼気迫る絵柄と言ったほうがいいのではないか。ましてあの光を自分の魂の一部と見ている訳だし。李賀『蘇小小の歌』の「冷翠燭/勞光彩」に「鬼火」という注が付いているのに首を傾げた覚えがあるが(たしか岩波の中国詩人選集)、なるほど蛍火=鬼火は実景なんだな、それにしても李賀の手にかかると、ことばひとつひとつが妖しい、冷艶な煌めきをもって粒立ってくることよ・・・などと考えながら川沿いにさらに遡る。


 本の話は月末にまとめて、というスタイルにここしばらくは落ち着いている。、なにせ本を読む合間には仕事もしないといけないし(今回の年度替わりはむやみに忙しかった)、絵を見に行ったり、酒を呑んだり、サワガニの世話をしたり、ラッキョウを漬けたり、『トロピコ5』をやったり(独裁者シミュレーション。どす黒い設定のシナリオが、ラテンの軽快な音楽に合わせて展開される大層愉快なゲームです)、評判記を書いたりせねばならぬ。


 最後の「評判記」には注が必要ですね。元は江戸時代、役者や遊女の藝や特色を批評した書物のこと。「大極上上吉」なんて評される。料理屋も批評の対象になったから、まあ、ミシュランガイドの江戸版と見てよろしい。後にはカタい儒学の先生連中も「評判」されたというのがのんびりした時代らしくて面白い。


 それはともかく。私が書いている評判記はそういうものではなく、仲間と巻いている歌仙、つまり連句のまとめのこと。「誰某の句、上上吉」なんて具合に採点したのでは色々差し障りがあるから(ミシュランで星の数を落とされた料理屋の主人はさぞ恨んでいることだろう)、私と仮構の人格(六甲山人)とのおしゃべりという形で進んでいく。軽口冗談の連発で、書いている方も楽しんでいる。読む人には消閑の具としてもらえたらそれで充分だが、少しは真面目に、連句について、敷衍して詩について、さらに敷衍して文学について思うところを述べることもある。


 何の話だったか。そう、久々の歌仙で張り切って評判記を書いてると、ついつい鯨飲馬読の方が怠りがちになる、という話でした。


 ともあれ、今月読んだ本。


○ホフマン『砂男 不気味なもの』(種村季弘コレクション、河出文庫)・・・ホフマンのテクストをフロイトが読解し、その読解を種村さんが批評するという、文庫ながら凝った造り。こちらにもいささか被視に関して強迫観念の気味合いがあり(たとえば石の中に眼が埋もれていて、石の内部からこちらに視線を放っているというもの)、二十年ぶりかで読み返した『砂男』はやっぱりコワかった。
○『個人全集月報集 武田百合子全作品森茉莉全集』(講談社文芸文庫
○テリー・イーグルトン、マシュー・ボーモント『批評とは何か イーグルトン、すべてを語る』(青土社
○タヌーヒー『イスラム帝国夜話 上』(森本公誠訳、岩波書店)・・・イスラム版「今昔」というところ。ある貴人が亡くなったあと、遺骸を安置しているところにオオトカゲが来て死者の目玉を食ったというだけの話もある(またもや目玉!)。いかに巧く立ち回って商売でもうけたか、なんて話が多いのもイスラム圏らしい。
オギュスタン・ベルク『理想の住まい  隠遁から殺風景へ』(「環境人間学と地域」、鳥海基樹訳、京都大学学術出版会)
白輪剛史『パンダを自宅で飼う方法』(文春文庫)・・・レッサーパンダが飼いたい。
○アダム・ハート=デイヴィス『シュレディンガーの猫 実験でたどる物理学の歴史』(山崎正浩訳、創元社)・・・物理学でも哲学の思考実験でもいいけど、実験そのものの発想の枠組を記述するような、いわば「実験学」なんてのはないのかしら。
池内紀『世間をわたる姿勢』(「池内紀の仕事場8」、みすず書房
○尾関幸・陳岡めぐみ・三浦篤『19世紀  近代美術の誕生、ロマン派から印象派へ』(西洋美術の歴史7,中央公論新社
北村一夫『落語風俗事典 上下』(現代教養文庫)・・・引用に徹しているので便利。
吉村昭『魚影の群れ』(新潮文庫)・・・鼠の大群と死闘を繰り広げる「海の鼠」がコワい。
○ヘルマン・シュライバー『沈みゆく海上都市国家史 ヴェネチア人』(関楠生訳、河出書房新社
○阿満利麿『日本精神史 自然宗教の逆襲』(筑摩書房
○ロバート・カニーゲル『無限の天才 夭折の数学者ラマヌジャン』(田中靖夫訳、工作舎
東京芸術大学大学美術館ほか編集『驚きの明治工藝』(美術出版社)
氏家幹人『大江戸残酷物語』(歴史新書、洋泉社
井上泰至編『俳句のルール』(笠間書院)・・・実作者と研究者の「コラボ」。
○ジョン・K・ガルブレイス『アメリカの資本主義』(新川健三郎訳、白水社
渡辺保『戦後歌舞伎の精神史』(講談社)・・・世代別に横割りにして語る形式。現代歌舞伎がいかに自意識を求められるものか、それを理屈ではなく、様々な「型」の自在な記述によって分析できるひとは他にいない。
バルバラ・グラツィオージ『オリュンポスの神々の歴史』(西塔由貴子訳、白水社)・・・古典期からして既に、オリュンポスの神さまたちは民衆の嘲弄の対象になっていた。それでもキリスト教中世を生き延び、ルネサンスで華々しく復活(という単純な見方を筆者は批判するのであるが)、と見ていくとギリシャの神も相当したたかだなあ、と思う。

 今月は何よりも、東洋文庫で出た『柏木如亭詩集1』。如亭研究の第一人者である揖斐高先生の校注。実質的な全集に近い。ゆっくりゆっくり愉しむつもり。
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神も仏もある世界

 古本市などで四天王寺には割合行くけど、天王寺公園の方は随分久しぶり。花博の跡地が「天しば」なる施設に改装されていた(のを初めて知ったくらいのご無沙汰)。名前の通り芝生が長く伸びているだけで、へんにアトラクションなど置かなかったのが気持ちいい。陽光の下、老若男女がのんびり緑の上でくつろいでいる。ここら辺もだいぶん雰囲気変わった・・・と思ったが、帰りしに通った地下街の入り口ドアの注意書きにいわく、「売春の客引き禁止」。やっぱり本質は変わってないのであった。


 目当ては大阪市美術館の『木×仏像展』。「飛鳥仏から円空へ 日本の木彫仏1000年」という副題が付く。樹木の聖性については一度本ブログでも感想を綴ったことがある(「王としての樹木」)。ブツオというほどの仏像好きでもない人間が大阪くんだりまで出かけたのはひとえに「木」に惹かれたからだった。


 概ね制作年代順の展示。いちばん面白く観られたのは二番めの部屋で、ここには八〜十世紀の作が集められている。ごく初期の仏像の尊容はアフリカやユーラシアの女神像に近く、古拙な造作がむしろ、「聖なるもの」を直接的に感得するためのいわば依り代としてふさわしい。それに対して江戸はおろか平安でも後期の像になると、技芸の細緻になった分、聖性より人間的な暖かみが見る者には印象づけられる。その中間にあたる八〜十世紀では、ホトケの超越性と樹木の霊性が均衡、というより拮抗している感じ。と書くとまことに荒っぽい分析で恐縮ですが、たとえば唐招提寺の木像薬師如来立像。がっしりした体躯を翻波式の衣文が包む。特徴的なのは顔つきで、礼拝(見物)する者の視線を厳しく退ける。といっても、聖林寺十一面観音像のように人間世界から超絶した異空間に浮遊しているのではなく、彼岸の存在としか言いようがない何かが、しかし生々しくここにあって、そして我々のまなざしと彼のまなざしは決して交錯することがない、そういう趣なのである。「救いは確実に存在するのだが、しかしそれは我々のためではない」(カフカ)とでも言おうか。


 それにしてもこの、ほとんど重苦しいほどの存在感。塑像や金銅ではこうはいかなかっただろう。すなわち山中にすっくと立って営々と生の歳月を重ねてきた樹木だからこそ、圧倒的な力の放射を感じられるのだろう(この薬師はカヤの一木造)。


 収蔵する寺といい、八世紀という年代といいやはり天平文化に分類するのが実証的には妥当なのだろうが、受ける感銘は次の弘仁貞観期の仏像のそれに酷似する。と同時に、自分が弘仁貞観仏に一等惹かれる理由も何となく分かったような気がする。日本文化史において、超越はこの時期、確実に認識されていた。何も荒野を覆う天空の彼方にいる神だけが超越的存在というわけではない。


 ロビーには、木彫の材料となる種々の木の見本が展示されており、面白い。槐や桂の木目のうつくしさは息を呑むほどである。こういう木で食卓や椅子を作れたらなあ、と考えてしまう末世濁世の不信心の徒。


 美術館を出たのは昼過ぎ。大阪に出る前、三宮『こおり屋bambu』で枇杷のかき氷を頂いた(竹中さん、ご馳走様でした)。きめ細やかな氷といい、枇杷のコンポートのさわやかな香りといい、充実したものでした。甘さは控えめなのに、なんだかお腹がいっぱいになった。夕方までもう少し歩いて腹を減らそう。


 という魂胆で、美術館隣の天王寺動物園へ。二十年くらい来てないのではないか。五月の昼下がり、人間も気だるくなる時間帯に、人間よりはるかに優雅な獣たちは大方昼寝の最中。元気よく動き回ってる姿も無論いいが、だらーんと伸びている恰好はこれで結構見物になる。個人的には大好きなレッサーパンダのしどけない寝姿を見られて満足。ひとり(?)チュウゴクオオカミの若いのが水場でばしゃばしゃと跳ね返して気を吐いていた。


 展示休止の檻も多く、また全体になんとなくくたびれたような印象だったが、植栽にはかなり気を配っているのではないか。整えすぎて白々しくもなく、投げやりな感じも与えずに上手に樹木が配置してあって、ぶらぶら歩くのに丁度良い按配。まあ、のんびり回っていて、時折JRやら阪神高速やらの轟音が文字通り天から降ってくると一気に索然となるのであるが。


 夕食は神戸に戻って、元町の焼き鳥屋に入る。竹中さんが昨日(正体を隠して)食べに行ったとのことで、『いたぎ家』で遭遇した竹中さんに教えてもらったのである。種類も多く、焼き加減もよろしく、なにより小体なので落ち着いて食べられる。今度ぜひ焼き鳥好きの友人を連れて行こう。

 日中陽の下を歩き回ったせいか、冷酒六杯飲んだら一気に疲れが出て、どこにも寄らず家に帰って熟睡。ま、健康的な休みということになるんだろうな。

気を吐いてます。
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せせらぎ、始めました。
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草木虫魚

 連休の最終日、絶好の天候なので・・・朝から水槽掃除。水が冷たい時分だと、温度調整にかなり気を遣っても、ショックで☆になる危険がある。今くらいが丁度いいのである。

 せっかく外気温水温に神経質にならなくていいのだから、水を全部掻い出して、砂利も洗って水草も植え替えることにした。これをこれ「天地創造モード」と言う。言ってるのは一人だが。

 朝メシは牛モツのトマト煮込みをかけたパスタと玉葱・炒り卵のサラダとヨーグルト、んで濃いコーヒー。いつもの休日より重め。この仕事に手を付けたら最後、電話が鳴ろうがクロネコヤマトが来ようが昼酒へのお誘いメールが届こうが、ただただ無視するほかない(ヤマトさんごめんなさい)。当然昼食なんぞの余裕は無いから、しっかり食っておくのである。

 大袈裟に聞こえるかな。一度200リットルを越える水槽の水を(一人で)すっかり入れ替えてみたら大袈裟でないことはすぐ痛感(文字通りに)していただけるはず。他の水槽だってもちろんこのタイミングで済ませてしまいたいしね。以下、手順をレシピ風にまとめてみましょう。

水草を抜いて発泡スチロールのケース(以下「スチ」)(1)に浸けておく。この時同種・同サイズのものを揃えておくと、後の作業がやりやすくなります。流木・飾り石の類は別にスチ(2)に取って熱湯につけ、コケの類を根絶やしにする。

②排水する。といってもバケツで汲み出すのではなく(そんなことしてたら中道にして倒れてしまう)、ホースに接続した熱帯魚用の掃除ポンプに水を吸わせてそのままベランダの溝に流します。長く愛用していた先代と違い、最近購入したばかりの新入りポンプがやたらと使いにくく、苛々する。人間精神の進歩なんてちっとも信じる気になれないけど、こーゆーモノはきちんと改良していけっつーの。近頃は料理にしたって小説にしたってゲームにしたってえらく恰好よく見える割りにはちっとも実質がないのと同じである・・・なぞとひとしきり人生幸朗するのも「天地創造」の定番です。たぶん前回の手順をすっかり忘れて段取りよく動けないことに自分で苛立ってるんだと思う。その証拠に、手順を思い出すにつれて“水あそび”が段々愉しくなって上機嫌になってくる。

③水の高さがいい加減になったのを見計らってに魚・エビどもを確保。ウチのコたちは人間にいじめられた経験がないせいか、初めの頃はおっとりしていてまことに捕まえやすいのですが、後半は「なんやエライことになっとるデ」と逃げ惑うようになって手を焼く。「あーこれこれ、おまえたちの天地を気持ちようするためにやっとるねやぞ、ひらひら逃げとる場合か」などと説諭しながら追い回す。ミナミ(=ミナミヌマエビ)はカラダが半透明なので、白っぽい底砂の上では見つけにくいことこの上ない。眼鏡がないともちろん分からないし、かといってネットの中を確認するには老眼が邪魔。横町の隠居乃至大村崑よろしくずり下げた眼鏡の奥からエビを数える。色気ないこと、また骨の折れることおびただしいが、そして実際幾度も「このまま溝に流してやろうかしらん」ともいきり立つのであるが、「この中で代々殖えてくれてはるねやさかいね」とその度に思い直して、ネットを振るわけです。大慈大悲の心を忘れてはなりません。魚エビはスチ(3)に「収容」し、エアレーションをかけておきます。ストレスを和らげるためにウィローモスをひとつかみ投入。砂利を掻き回して水が濁る前に、立ち上げのための種水(バクテリアたっぷり)をスチ(4)に一杯汲み分けておきます。

④底砂の掻い出し。これが一等きつい。20キロほどの砂利をボウルで一杯ずつする他ないのである。水槽の中で洗うとガラスに傷が付きやすいからである。掻い出した砂利はスチ(5)に入れ、ホースを突っ込んでがんがらがんがら掻き回す(あ、スチはすべてベランダに置いてます)。この量だと底まで手が入らないので、半分ずつ洗う。この時、混じっているスネイルも、例の大村崑スタイルで一つずつ摘まみ出していく。「水槽のゴキブリ」とくさされるだけあって、前回徹底的にハネたはずなのに、中原中也の詩の如く出てくるわ出てくるわ。「地球最凶最大の害獣」たる人間の手で「害虫め」と排除される方はたまったもんじゃねえわなあ、などと午後の陽を浴びながら生の哲理に思いをはせるのも一興であります。

⑤空になった水槽を磨く。最近は水槽専門のスポンジもありますが、台所で使うメラミンスポンジがいちばん使いよいように思います。底砂の下、ふだん手が届かない部分の頑固なコケはお好み焼きのコテ(水槽専用です、念の為)ではがしたあと、粗いスポンジでごしごしやって、メラミンで仕上げる。四隅は歯ブラシ(当然水槽専用)を用いる。水が入ってないとコケの色味は見えないので、手で触感を確かめながら洗い上げる。

水草の手入れ。目的は二つある。枯れたりコケが付いたりした葉を剪定することと、殖えすぎた株を分け直すこと。根に絡みついた砂利を優しくほぐすように取り除き、何度も指を通して病葉を挟み取ってゆく手つきは髪を洗う時に同じ。これが愛人の黒髪を梳るのならどれほど愉しいことか・・・などとぼやきつつ淡々と進めていきます。根も切りそろえ、葉の長さや色目ごとにスチのフタにまとめて並べてます。こうしとかないと植え込みがたいへんなことになる。

⑦砂利の掻いもどし。スネイルにも目を光らせて殲滅を狙います。この頃には背中と腰がおっそろしく硬くなってるはずですから、しばし手をとどめてストレッチ。ふと魔が差して「ビールでも呑みにいかへん」てなLINEメッセージを見て、「こちとらそんな場合じゃねーんだよ」と舌打ちしつつ悔し涙を流すのもこの頃であります。なんだか淋しい心持ちになったらFMラジオをちょいと付けてみるのもよいでしょう。

⑧注水。時候がいい、といったのは水道からホースで直接じゃぶじゃぶ入れられるから。冬だと半分の換水さえ台所の蛇口で湯(温水)を汲まねばいけませんから、これはだいぶん助かる。さて、この時の注水は三分の一程度で止めておきます。

⑨いったん注水を休止して、水草を植え込み、石・流木を配置する。専門の雑誌・サイトに出るようなアクアリストの方々には及びも付かず、“なんとなく不規則=自然らしく”程度の配置。ま、どうせ美容院行きたての頭と同じ伝で、やったその日はどうせ硬い眺めになってしまうのだが。景色が落ち着くのには最低半月はかかる。

⑩残りの注水→水質調整剤投入。最後に種水を戻す(でないとバクテリアが死滅する)。

⑪細部の修整の後、魚・エビを戻す。水も入れ換わり、眺めも一新した我が家に戻っても特に感激した様子もなく、魚は以前と同じようにひらひらひらひら泳ぎ、エビはゆらゆら這い回るのみ。「熱帯魚なんて、なつかないし、つまらないでしょう」と言った人がいたが、それがいいのである。せっかく独りの巣に戻ってまで愛情たっぷりにペットがすり寄ってくるなぞ、考えてもうんざりする。餌をやるときだけ一散に集まってくるのを眺めるくらいが丁度宜しい。

 これで完成です・・・水槽ひとつは。この日はこの後、室内の水槽ふたつとベランダのメダカ鉢のメンテナンス(「天地創造」まではゆかず。せいぜい「ご一新」というところ)があり、次いでサワガニの水換えがあり、最後にプランターへの苗植え付けがあった。今年はキュウリとセージ、タイム、それにルッコラルッコラは初挑戦。まあせいぜいがベランダのプランター、苗も出自正しいコーナンのものではあるけれど、毎日あれこれ気を配り、ささやかながら収穫を愉しむことが肝腎なのです。メダカやサワガニは食用ではありませんが。

 植え付けを終えた後、これは何故か毎年春になると伸びてくるミントの葉を摘んでシロップを作る。ミントはそうそう使うものではないし、かといって放っておくと、水をやった際のはね返りからウイルスに感染するのか虫害のせいか、葉に白い斑がはいってちぢかまり、見ていてなんだか可哀相なのである。いくら摘んでもどんどん葉が出るものなので存分に使ってシロップにする。紅茶に使ってもいいけど、牛乳に入れたり、ウィスキーの炭酸割りに少し混ぜたりすると割合いける。

 さてミントを摘む頃には、ラジオではすでに『NISSAN あ、安部礼司』の次の番組が流れている。なんだか外に食事に出るのも億劫な・・・買い物に行くのも面倒だし・・・と冷蔵庫の食材でやっつけてしまう。

○芋かつお・・・前日鰹の片身を買って、半分を刺身で食べた(鰹は「造り」と呼ぶとなんだか似合いませんね。やはり関東の魚なのか)。残りは生では嫌だし、かといって煮付けも妙なもんだしねえ。生節ちゃうんやし。方針定まらぬまま何とはなしに酒蒸しにし、身をむしってみる。胡瓜もみと辛子和えには出来るが、さらっとし過ぎている気がする。つくねいもの使いさしもあったので、擂り鉢で擂り、それを辛子和えにかけた。上には火取ったばかりの海苔をたっぷり揉んで。途中、池波正太郎の本でこんな料理の記述を読んだことがあるような、と思ったけど確かめず。自分であれこれ思案するのも愉しいもの。出来映えは、悪くなかった。味よりも触感の重なり具合、というかずれ具合を賞美すべきひと鉢か。冷酒がありゃなおのこと良かったんだろうがな。
○鰯の唐辛子味噌・・・大羽鰯をおろして酢で〆め大根おろしで食った、これも残り。一日経つと酢が効きすぎているので、若布と一緒に唐辛子味噌(赤味噌に煮切り酒と鷹の爪と胡麻を混ぜて擂る)で和える。
○茗荷と茄子の塩もみ・・・鰹節を粉に揉んで混ぜる。
以上で缶ビール二本。普段ならここでおつもりか、酒・焼酎・ウィスキーに切り替えて呑みつづける。今日は朝から動きづめだったし、偶にはいいかと飯にした。

○豆ご飯・・・新たに炊いたのではなく、冷や飯を温めたのに、別に炊いておいてあったうすいを混ぜたもの。豆はなんでも新鮮なものを剥きたてなら塩茹で以外は勿体ないが、これも二日目なので薄味の出汁で炊いたのを出汁少しも一緒に混ぜる。初めから炊き込んだ時の香りはないけど。
○鶏皮と大根の吸い物・・・皮は焼き目を付けておく(脂も落とすわけ)。大根は繊切りに。塩と酒で調味し、薄口で軽く香りを添える。木の芽をどーんと盛る。これもプランター育ちの山椒がどんどん葉を出すので、最近は何にでも木の芽を入れてしまう。
○沢庵・・・そろそろカビが入る時季なので、樽から残りを全部引き上げた。昨年以上に塩を効かせて作ったため、本当に一切れか二切れで充分。漬け物はどうせこういう食べ方なんだから、減塩する必要もないと思うがね。

 さて次に鯨馬ヤーウェが「創造」するのは、八月かそれとも九月ころになりますか。 


まだまだカタイ。
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なんとか四月決算。

 久々に『播州地酒ひの』で呑む。なかなか席が取れず、二ヶ月ぶりくらいになるはず。もっとも人気店に当日の夕方に思い立って電話する有様だから、これは当方が悪い。ともあれ親分とゆっくりお話出来て、愉しかった。中トロのヅケと中トロのシーチキン仕立(!)が旨かった。その後は前田シェフ最終日となる『アードベックハイボールバー』へ。半年程の客でもやっぱりいっぱいに思い出があって淋しい。大サービスで出してくれた鴨のしっとりした肉質と塩梅の良さに余計さみしくなる。普段しないことだが、前田シェフと奥さんと並んで写真を撮った。

 さ、四月の本の報告もしときましょう。身辺多忙にて、今回も又、じっくり紹介する暇がない。我ながら嫌になるが、ま、こんな書名の羅列でもないよかマシさ、と言い聞かせながら記す。

○『池澤夏樹の旅地図』(世界文化社
富士川英郎『詩の双生児 朔太郎と犀星』(小澤書店)
○竹本源太夫・鶴澤藤蔵『文楽の家』(雄山閣出版)
○橋本功・八木橋宏勇『聖書と比喩 メタファで旧約聖書の世界を知る』(慶應義塾大学出版会)
清瀬卓・澤井茂夫訳『カルダーノ自伝』(海鳴社
○工藤庸子『評伝スタール夫人と近代ヨーロッパ  フランス革命とナポレオン独裁を生きぬいた自由主義の母』(東京大学出版会
○飯田操『ガーデニングとイギリス人   「園芸大国」はいかにしてつくられたか』(大修館書店)
○ラウラ・レプリ『書物の夢、印刷の旅 ルネサンス期出版文化の富と虚栄』(青土社
○内村和至『異形の念仏行者 もうひとつの日本精神史』(青土社
伊藤大輔, 加須屋誠『治天のまなざし、王朝美の再構築  鎌倉・南北朝時代 』(「天皇の美術史」2、吉川弘文館
○イジー・クラトフヴィル『約束』(阿部賢一河出書房新社
深沢七郎『言わなければよかったのに日記』(中公文庫)
新井素子『チグリスとユーフラテス』(集英社
ロルカ『ニューヨークの詩人』(鼓直訳、福武文庫)
○棚橋光男『後白河法皇』(講談社選書メチエ
飯倉洋一上田秋成 絆としての文芸』(大阪大学出版会)

 松岡和子訳のちくま文庫シェイクスピア全集』通読キャンペーン(?)は『ペリクリーズ』。これは初読ながら、人気があるの分かるなあ。恩人の娘を殺害する小(?)悪党夫妻が歌舞伎めいて面白い。

 グラシアンの『エル・クリティコン』はまだ読了せず。ものすごい大冊なので、一度途切れるとなかなか復帰しにくい。
 新井素子さんの、同じく大冊『チグリスとユーフラテス』のパワーに圧倒された。長篇的想像力というか。これに刺戟されて、山田正紀『宝石泥棒』も何十年ぶり(!)かで読み返す。これもやはり雄大かつ緻密な想像力の傑作。昔はSF好きだったんだなあ。
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遠雷

 四月の文楽は呂太夫さんの襲名興行。『菅原伝授』『曽根崎心中』と、統領株の演目が並ぶ。昼夜続けての見物はとかく堪えるし、また『曾根崎』にはあまり魅力を感じない。というわけで、昼の部の『菅原』を観に行った。

 「茶筅酒」の段に感銘を受けた。と取り澄ましてみたけれど、打ち割って言えば涙が止まらなくて往生した。『菅原』の中ではいちばん世話物の味が濃く、たとえば嫁三人が祝いの膳を甲斐甲斐しく支度するところでは笑いも起きる。実際微笑ましい演出なのだが、笑いつつ同時に泣けてくる。

 桜が満開なのだから春も闌けた時候。詞章には「申」と出てくるから夕景、如何にも鄙びた佐太の里にも白太夫の居所にも春の日影がのびやかにけだるく伸びているだろう。老人らしい野暮ったい軽口の止まない白太夫と、舅の上機嫌に笑いさざめく萌葱の着物の三人の若嫁。牧歌的と形容するのが何よりふさわしい舞台面。

 しかしこの春景色には、遠く微かに春雷が鳴っているように不吉な色調が紛れ込んでいる。それは第一番に、橋本治さんが言う所の「なんでもわかっている白太夫」(表現はうろおぼえ)のおどけた口調がアイロニカルに響くせいである。自分の祝いの宴が果ては痛切な別離に終わることを受け入れている老人の姿はたしかに胸をうつ。

 しかしそれ以上に桜丸女房・八重の哀れ深さは忘れ難い。相嫁二人にいわば裏切られた恰好で一人だけ戻ってこない夫を気を揉みながら門口で立ちすくす女。そのつい目の先には、無残に折りこかされた満開の桜が麗らかな陽光をいっぱいに受けている。

 おそらく歌舞伎の舞台でも見栄えのする構図だと思う。しかしここは是非とも人形浄瑠璃でなければならない。なぜか。

 白太夫一家を押しひしいでいく力の予兆を先に春雷と喩えたのだが、むろん菅丞相と藤原時平との権力闘争のことである。国の存亡に係る熾烈な争いはしかし、佐太村ではまさしく遠いひびきでしか無く、しかもその隔絶した世界の波濤が白太夫たちの小舟を散々に玩弄するのである。

 歌舞伎の用語で言う丸本物、つまり文楽から移された狂言の大きな特徴は宮廷幕府(時には神々)といった上の世界から虫けらのような底辺の民衆の世界までを縦断して見せるところにある、とよく言われる。

 その通りで、『仮名手本忠臣蔵』では勘平なる軽輩者のふとした「淫奔(いたずら)」ごころが藩一つを崩壊させてしまう(あえて史実の赤穂事件と芝居とを混同した名辞を用いている)。少なくとも浅野=塩冶判官の家の武士達にとっては、それは世界の崩壊に等しい出来事であったろう。

 そして六段目では初めの一穴を穿った勘平はもとより、許嫁もその両親もが狂瀾の中に呑み込まれていく。一連の経緯は論理的かつ巧緻でありながらしかも自然な運びで書かれていて、まことに間然することのない作劇術の冴えという他ない。

 そう、『忠臣蔵』はこの段取りがあまりに自然で有機的であって・・・そしてその分だけ、衝撃を与える力は弱まっているのである。佐太村の一家(そして源蔵夫婦をも)を襲った破滅は、字義通りの「雲の上の世界」の争乱の余波が、縁無き衆生を一様になぎ倒していく、ほとんど天災に等しい出来事なのだ。少しく話の柄を大きくすれば、オリュンポスの残酷な神々の戯れが英雄も王族をも踏みにじっていくホメロスの世界に似ているといってもよいし、卑近な喩えを持ち出すなら蟻の巣を壊し嬉々として蟻どもをひねり潰していく子どもの仕儀を連想させるといってもよい。どの道彼らは、文字通りの「操り人形」としてしか存在し得ないのだ。

 先代仁左衛門の、ほとんど伝説化した舞台を持ち出すまでもなく、この芝居における菅丞相は人間を超越した存在に近い。敵である時平のこれまた人間離れしたすごみ(「車引」の最後、戦慄的な登場の場面を想起せよ)と一対であるためには、むろんこうでなくてはいけないのである。時平は悪、丞相は善という一線は当然最後まで明確に引かれているのだが、しかしどうだろうか。光明と医薬の神たるアポロンも、疫病と怒りの神であるアポロンもともに人智を超絶した、「尋(よの)常ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物」である。いみじくも宣長が「可畏」という措辞を用いたとおりに、ひたすら畏怖すべき存在であることには違いないのだ。

 そう考えてくると、田舎家での長閑な賀の祝いのトリヴィアルな描写が、この世ならぬ畏怖すべき存在の息の一吹きであっけなく潰えてしまう運命を予想させて、いよいよ哀れ深く映ってくる。すなわち、止まらぬ涙を如何せん、という事態に立ち至る。

 この日は、通路ぎわの席。通路を挟んだ真横には知恵遅れの青年(?)とその父親が並んで座っており、この青年が時折奇声を発する。まあ、辛抱できる程度だったのだが、こちらがしきりにハンカチを使っているところを見ては「あはははは。」と大声で笑うのには、あれは本当に困った。

 かほどに芝居の世界に没入したからには、呂太夫さんの浄瑠璃にも勘十郎さんの遣い方にも一言の論評も無いからとて、どうぞ咎めたまはざれ。


 前回更新から一月近くも経っているから、外食も何度かはしているけれど、いちばん記憶に残ってるのは自分で料ったメバルの数品。三十センチほどの大きさ。このサイズだと一人でぎりぎり食べきれる。

 上身にした一枚の半分は造り。梅肉を煮切り酒で伸ばし、ほんのり淡口で香りをのせた付け醤油で食べる。つまは独活の細打ち。
 もう半分は椀種に。薄く片栗粉をまぶして塩湯する。若布を添える。吸い口は刻んだ蕗の薹。

 翌日は残った上身を唐揚げにしてあんかけ。鶏出汁(大量の笹身で取る)に濃口・酒(紹興酒)・オイスターソースで調味する。餡には兵庫豌豆を沢山入れた。擂り生姜を上置きに。

 残ったアラは白濁するまで煮込む。これと浅蜊のスープとを合わせ、菜の花をメインにしてパスタに。貝のダシと菜の花って本当に相性がよい。
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