いきものがかり 〜さつま旅の記(4)〜

 旅行からもう二週間経っているのだが、ニュースで桜島の「記録的爆発」を見ていると、やはりどうしても鹿児島の三日目のことが思い出される。それを記して締めくくりとしたい。

 前夜あれだけ呑んだのに、朝起きてみると、意外にもけろっとしている。これすなわち一つの不思議。というわけではなく、やはり焼酎ならではの功徳なのだろう(珍しく酔った勢いで鹿児島ラーメンを食った「らしく」胃は重い)。

 とりあえずは風呂だな、風呂。この日は前日以上に朝から天気がよく、ホテル正面の桜島も山頂近くまでくっきり見えている。三日目はぶらぶら街歩きかな(二日酔いだろうし、きっと)、と思っていたのけれど、火山とその前に広がる錦江湾のきらめきをじーっと見ているうちに、無性に泳ぎたくなった。

 というわけで、またもや市内観光バスにのって、尚古集成館の前なる磯海水浴場へ向かう。こういう気まぐれも予想して、一応水着は持ってきているのである。

 まだ十時とあって、客の姿はそれほど多くない。陽射しはかなり強い。裸足で踏みしめる砂の熱さが快い感じ。海水も思ったより冷たくない。

 テレビで海水浴場の映像を見るたび、「何でみんなちゃんと泳がないかなあ」と不思議に思っていたが、その疑問も氷解。あれは泳ぐものではなく、まさしく「浴びる」ものなんですね。だいたい潮流・波のあるところでバタフライしたところで、どだいまともに泳げるわけがないのである。

 そっかそっか、と呟きつつ(周囲には聞こえないように)、こちらも海と戯れるほうに方針を転換。海水なのでむろんプールよりは楽に浮く。からだを磔刑の体にのばしてうつらうつらと波間に漂う。ちらりと目をやったところには桜島がでーんと構えている。

 久々に「至福」という表現が浮かんできた・・・と思いきや、波間に目をやると冷凍のミートボールの揚げる前と、色・形・大きさともにそっくりな物体がいくつもいくつも漂っている。実にブキミ。

 ガキがやらかしたか!と辺りを見渡したが、「犯人」らしき人は周りにいない。おそるおそる手を出してみると、なんのことはない、、桜島の火山弾(だからたぶん軽石のような構造なのだろう)がぷかぷかと浮いているだけなのであった。道理で地元の皆さん気にもとめずに泳いでらっしゃったことであった。

 域内(といってもそんなに広くない)には二カ所、救急用の浮島がある。そこに上がって腹這いになり、水中をのぞき込んでいると時折魚影が視界をかすめる。あとでもぐって確認してみなきゃ・・・と思ってるうちに不覚にもとろとろと居眠り。このせいであとでえらい目にあうことになるのだが、このときは日焼けのことは全く考えていなかった。

 目を覚ましてもう一泳ぎ。ゴーグルをかけて潜ってみると、たしかに魚が泳いでいる。面白くなってずっと探していると、一度はエイまで見つけた。間違って踏みつけていたらどうなっていたことか・・・と想像して、不器用な人間がサムイボを立てるよりはやくエイはなめらかな動きで向こうに逃げてしまっていた。

 ここで夕方まで過ごしてみるべいか。しかし小マシな食べ物屋もなさそうだし、と決意して昼前に引き上げ。この頃になるとだいぶ客が増えていた。地元の、いかにもアタマの悪そうな中学生(高校生?)がたむろするあいだを縫うようにして歩き、シャワーを浴びてふたたび市内へ。

 天文館ではまたもや黒豚。さすがにこの日は豚しゃぶのほうにしたが、それにしても我ながらのめりこんだものだと思う。塩気が染みこんだ体に、ビールは旨かった。

 調べてみると、食べ終わって店を出てすぐくらいの時刻に動物園行きのバスが来るようである。どうせ歩くならまだしも人里離れた動物園のほうが気楽か、と思ってバスに乗り込んだ。

 天文館から平川動物公園までだいたい一時間程度。郊外の、といっても街並みの絶えない道をずっと走っていって、どこらへんに動物園の敷地があるのかと不安になるころ、あれよあれよと言う感じでバスは山の中に入っていく。ここが終点なのだそうな。

 降り立てば、風は心地よいが炙り焼きにされそうな強烈なる陽射し。昨晩屋台村で一緒になった客が「暑さはともかく、陽射しがキツくてね」と話してたのを思い出す。

 それにしても桜島を正面に眺める(というならば、鹿児島市内はどこからでも見えるのだろうが)山裾に大きく広がった敷地は、「動物公園」として申し分のない位置取りであります。ミネラルウォーターのボトルとうちわ、それに水でしぼったタオルを両手にぶらさげて、コース通りにだらだらと見て回る。

 初日の水族館に比べて、格段に見物客、とくに煩い子どもの少ないのがよかった。入園が遅めということもあったろうが。それにしても、見回すに鳥獣の他は当方ひとりという時間に恵まれて、これもなんだか幻をさまよっている空気。うっとりした、というのは主観による表現だが、おそらくはこの時すでに日焼けで炎症をおこしたカラダが熱を持ち始めて、アタマもぼやけていたに相違ない。

 売り物であるらしいホワイトタイガーは愛想よく歩き回ってくれたし、これは白くないふつうのほうの虎もまた、あくびするやら水を舐めるやら、たっぷりと姿態を愉しませてもらえた。当方寅年なので、この優雅な猛獣が大好きなのである。

 これにくらべるとコアラなんぞはつまらないね、寝てるばっかしで。

 コース途中で動物たちを檻に入れる時間になったため、ゾウやサイが運動場でいるところを見られなかったのは残念だったが、旅のしめくくりに贅沢な時間を過ごせた。

 いやいやさにあらず。遠足はウチに着くまで、鯨飲子の旅は飛行機に乗るまで。

 というわけで、鹿児島の最終はやっぱりあそこ、と屋台村にいそいそ出かける。昨日入った店のニイチャンがみな声をかけてくれるのが嬉しいような恥ずかしいような。

 結局空港へのシャトルバスが出る五分前まで屋台に坐って飲んでいた。最後に食べた鰻の白焼きとうざくとにがごいの昆布和えとがたいそう旨かったことを申し添えておきます。