遅咲き 金沢、食べ・歩き(4)

 さて最終日は朝から兼六園へ。

 もう二桁におよぶくらいこの町を訪れているにもかかわらず、まだ随一のこの観光名所に入ったことが無かった。

 わお。

 というのは自分の偏屈ぶりに呆れているのではなくて、いともあっさり行く気になったことである。前日見た白山のどこまでも幽艶な姿に、ついこだわりを解いたのかもしれない。それとも、『白山の水』の批評家が、晩年に及んで、珍しく懐古的な口調で幼い頃の金沢暮らし(軍人だった父親の転勤により、一年続いた)を語っている中に、まるで夢の裡にさまよいこんだ廃園ででもあるかのような描写―故人が愛したドイツ・ロマン派の作物を見るようだ―で、この庭園が登場するのを思い出して、追悼の念がわいたせいかもしれない(むろん川村二郎さんと面識は無い)。

 まあきっかけはともかく。

 どうせなら観光客が集中する桂坂口ではなく、いわば裏手の小立野口から入ろうと、鱗町の交差点から石浦神社を右に曲がり、いまだ幽邃という古風な形容が似合う広坂を登っていった。さすがに八時過ぎだとまだ人影はまばら。

 で、十何年目にしての初見参はどうだったかというと、充分愉しめた。有名な唐崎の松や根上がり松はそれほどでもなかったが、これは一体に針葉樹を好かない性分によるもので、成心無い眼にはうつくしく見えるだろう、と思う。それよりも小道に入った途端、側溝を溢れんばかりに水が迸り、あちこちに「影」があるのがよい。木立や小山ともいえないほどの盛り上がりにいちいち和歌・漢詩に根ざした呼び名を貼り付けている(という風に感じられる)のはすこぶる興ざめにしても、樹皮や岩陰をなめらかにおおった苔が朝日を浴びて金色に輝くのを見ていると、たしかに絶句の一つも作りたくなる(有名な王維「鹿柴」の「返景入深林/復照逭苔上」という句の趣をこの日体得出来たように感じる)。

 これは金沢に限らぬことながら、外国人、ことに大陸(および台湾)からの観光客がおびただしい。庭そのものを吸い込みつくそうという勢いでスマホやらハンディカメラやらであちこちを撮りまくっている(外国人に限ったことではないが)。醜悪な銅像ヤマトタケルだそうである)などはその恰好の標的になっている。国辱、とはこーゆーのをゆーんではないかい!

 まあよろし(姫神の御神威の余沢をこうむってすこぶる寛大な気分)。

 兼六園よりもこちらを予想外に喜ばせてくれたのは、しかし橋を渡った先にある城跡の公園の方であった。あちこちの櫓や長屋が修復(というより再建)されつつあるのはあまり好みに合わないものの、本丸跡に広がる森の深さには、陳腐な言い方だが、ちょっと感動してしまった。刈り込まれた松やツツジではなく、樫や椎、山毛欅や欅が思うさまに枝を広げている中、一人で歩をすすめていると(人が少なかった)、それこそ鏡花の世界に迷い入ったよう。途中の小池をふとのぞくと、イモリをはじめ、当方の天敵たるヤツ(ヒントを差し上げると、一文字目はカ、二文字目がエ、最後がル、というあの悪魔である)の幼生がうようよしている。それすら、なんとも気色が悪く、また甘美なのであった。

 どうもこの町には人を夢心地にするような、麻酔的要素があるらしい。今までの金沢探訪はではどうだったのかというと、夢心地ではなく酔い心地が勝っていた按配のようである。

 城を出たあと再び広坂から小立野へ抜け、辰巳用水に添って石曳通りをまっすぐ。昼食までの時間に、小立野にある天徳院(徳川から嫁いだ姫の菩提寺だという)へ回るつもりだった。金沢では珍しい、屈曲の無い一本道の先には、ああやはり白山の白がたおやかに光っているのだった。おかげで強烈な陽光も幾分しのげる錯覚をもよおす。

 それにしても、遠い(地図でたどっていただきたい)。ようやくたどり着いたころには、前日までの歩き疲れも加わって、疲労困憊という気分であった。

 天徳院は曹洞宗の寺院である。この真宗王国にあって、藩主の一族が奉じる宗旨が曹洞だというのも、徳川時代の権力とこの地根生いの伝統との関係を見るようで、面白い。

 さて、天徳院、山門も庭も静謐でよかったが、堂内に入ってからがいけない。子どもだましの人形芝居(のフィルム)上映まではまだしも、いたるところに仰々しくしかも統一感のない「寺宝」が飾り付けられており、あまっさえ順路のいちばん奥にある弁財天を祀る堂には巨大な白狐・天狗・河童の面までが掲げられており、藩主ゆかりの寺というより庶民に人気の淫祠の雰囲気にむしろ近い。

 釈然としない気分のまま通りに出てタクシーを拾う。この旅では初めて。出来れば歩き通したかったけれど、思いの外遠かったので、歩いて戻ったのでは、昼食をとる店に、予約していた時間に間に合わなさそうだった。

 店は天ぷら。『小泉』という。ここは夜っぴて呑み回っていた時に、雰囲気が良さそうだったので、すぐに電話をかけた。この店が(も)良かったので、自分の選択眼にうっとりしながら天ぷらを食べた。献立は以下の如し。


◎石鯛と片栗三杯酢
◎海苔、生海胆をのせて(なんとも洒落た一品)
◎才巻二種(そのままと、紫蘇を巻いたのと)
◎鱚と空豆
◎白魚の海苔巻きとタラの芽
◎稚鮎と雁足(という山菜らしい。粘りがあって旨い)
◎才巻の頭とこしあぶら
スナップエンドウとトマトとらっきょうの酢の物
天茶

 天ぷらを揚げる主人が、えーと、何というか、ホンジャマカの石塚さんに似ていて、いかにも旨い天ぷらを揚げてくれそうな感じ。酒も好みの物を置いている。昼酒の勢いで、えいっとばかり、「来月の分も予約しときます」と宣言してしまった。

 というわけで五月も金沢に参ります。

※特急列車を待つまで、都ホテル地下に場所を移して仮営業中の『黒百合』で、おでん燗酒、大羽鰯の塩焼き、蕨の酢の物、そして出ました、ここならではの逸品「あいきょ」(子持ち鮎の粕漬け)を楽しんだ。
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