北にはひとつ星

 なにせ一年半ぶりだから、そろりそろりと調子を戻すつもりで完全なる「既知との遭遇」の金沢一泊二日。読者諸氏にはお馴染みの繰り返しの話ばかり。噺家の芸があるでなし、どうで不要不急のブログですので、ご用とお急ぎの向きはどうぞお読み遊ばしませぬように。ほぼ献立のみですよ。自分のための心覚え。

 十一時に着いて、大野庄用水を遡ってたどる形で香林坊のホテルまで。そこから片町を東に抜けた先の池田町の『天ぷら小泉』まで歩くと、もう予約した時間。以前の、小体な構えから移って、一軒家をまるまる店にしたとのこと。こちらは北陸新幹線の開通以来敬遠していたから、むろん今回が新店舗には初見参。小泉清二郎さんは前回までと変わらぬ笑顔で「お久しぶりですね」と迎えてくれた。

 この日の昼は以下の如し。

◎先付・・・新蓴菜・才巻・白玉の酢の物。
◎造り・・・赤烏賊細造り・アラ炙り・シマ海老。あしらいに花落ち胡瓜のミニチュアのような極小のやつが付いていた(メダカの仔くらい)。これが味が濃くて旨い。「陽が昇る前に採らないといけないので大変だそうです」とのこと。
◎お椀・・・油女・クロモ(松葉のような香りも高い海藻)・千石豆。吸い口は青柚。
◎天ぷら
 海胆(海苔の天ぷらに生海胆と塩海胆と山葵をのせて。『小泉』の定番であるが、以前はどうも海苔の香りと海胆の風味が溶け合いきれていないような感があった。今度はようでけてました。塩海胆を挟んだせいか)。才巻二尾。鱚。紋甲烏賊・玉蜀黍。甘鯛(もちろん鱗付き。しゃりしゃりした口当たりが愉しい)。先ほどの海老の頭・能登の丸茄子(皮をむいて。とろける食感)。稚鮎・生麩(バジルを練り込んでいる。たしかに蓬麩があるのだからこれはイケルはずである)。後は当方のリクエストで、女鯒・銀宝・アスパラガス。最後におきまりの天ばらと赤だし、香の物。この漬け物が名作で、アボガドと茗荷のぬか漬け加賀太胡瓜とセロリの浅漬け。これだけで一合は呑めるという尤物であった。

 海胆ひとつにも感じたが、足取りの確かさも保ちつつ更に芸が花やかになったのが摩訶不思議。ハコが大きくなってご主人も一層気合いが入っているのかもしれない。


 陽射しは強烈ながら、蔭に入ると風が心地よい。近江町までぶらぶら戻って『東出コーヒー店』でコーヒーを二杯。そこから長町の古本屋でシュニッツラーの自伝を買い、ホテルに戻って軽く昼寝すると、もう夕食に出かけなければならぬ。着物に着替えていよいよ夕風涼しい街を歩く。夜はこれもお馴染み『ベルナール』さん(なにせリハビリ中だから)。

 この日の夜は以下の如し。

アミューズ・・・穴子ベニエ・鯵マリネタピオカで和えて・桜桃のガスパチョ(天使の海老とトマトにサワークリーム
◎前菜1・・・シマ海老ジュレ仕立て(オレンジ風味を付けた薄切り胡瓜をセルクル代わりにしている、上にはアスペルジュソヴァージュ)と白海老(これは富山産)のムース。ソースは白海老・アスパラ・ピスタチオの三種。
◎前菜2・・・胡麻河豚白子のソテー、新玉葱のピュレを下にしいて。ソースはトマト風味。
◎魚・・・カサゴのロースト(低温でロースト)に、仕上げはスペック(イタリアの生ハム)からとったコンソメをかける。あしらいは三度豆とスナップ豌豆と揚げ空豆。
◎肉1・・・ハンガリーの「国宝」であるらしいマンガリッツァという豚肉のロースト。胡椒風味のソース。しっとりとハムのような食感で旨かったが、しかし国宝を喰っていいものなのか。
◎肉2・・・鳩のロースト。これは当方のリクエスト。血のソース。心臓と肝臓が実になんともはや旨くてたまりません。
◎デザート1・・・マンゴー、ヨーグルトのムース、フレッシュハーブのグラニテ。
◎デザート2・・・ルバーブのコンポート入りフラン、タルト仕立て、苺のディスクと薔薇のクリーム。
※ちなみにこれはご主人にお願いして書き出してもらった。甘い物はとんと分かりませぬゆえ(美味しく頂きましたが)。
◎お茶菓子・・・桃のアイスキャンディーと沖縄黒糖のゴーフル。

 隣のテーブルの一団がにぎやかに話しているのが耳に入った。『ベルナール』さん、ミシュランの一つ星をとったそうな。
 食事の後挨拶に見えたご主人・奥様にさっそくお祝いを申し上げた。なんでも海外、特にヨーロッパの方からの客も増えたとのこと。「新幹線効果もあってこれから大変ですね、予約がとれなくなるとボクは困りますけど」。ちらりとお願いしておいた。明日は『和田屋』で昼食、と言うと「『和田屋』さんも一つ星ですよ」。うーむ。ま、金沢が盛り上がるのはよろしいけれど。

 もちろん(リハビリですから)『ベルナール』の後は『quinase』で一杯。「夏らしいカクテルを」との注文に、「スペッシァル」(と上方訛りで発音したい)仕立てのモヒートを作ってくれた。なんたらゆうえらく生きのよいミントを豪儀につぶして、とっておきのラムを使う。普通のモヒートの倍量の砂糖を入れるそうだが、ちっとも甘みを感じないくらい、ミントの香気とラムのパンチが効いている。二杯目は、モヒートとは別のこれまた「スペッシァル」なラムをストレートでゆっくり啜る。なんでも今度はシャンパンも始めるおつもりだそうな。「何でも形から入るんです、私」というキナセさんに見せてもらった、ただいま作家に注文して制作中のシャンパンクーラー(銅に漆を焼き付けたもの)の恰好がめちゃめちゃ良い。次はあれを目の前にして、飴色になったシャンパンをしっとり呑みたいものである。

 片町でも少し遊ぼうかと思ったけれど、週末とあってどうも柄の悪そうなワカモノがもじゃもじゃ群れていたので辟易してホテルに戻る。酒はともかく食べ疲れというところかもしれない。そうだ、新幹線効果だかして、定宿のトラスティは今回とれず。やむなくというつもりで初めて東急ホテルに泊まったところ、バス・トイレが広く、朝食もしっかりしていたので気に入った。次はどちらにしようか悩む。場所もほとんど隣といっていいくらいだし。


 翌日はうって変っていかにも梅雨空という蒸し暑い中を鶴来の町へ。少し早く着いたので、金劔宮と鶴来別院と白山比竎神社を巡る。初めて行ったのは鶴来別院だが、規模の大きいのに吃驚する。やっぱり加賀は門徒の国なのですな。
 
 『和田屋』では前回と同じ座敷に通してくれた。しとしと降る道を傘もなく歩くのは不愉快極まりないが、雨の庭を眺めながら盃をふくむのはむろんのことたいへん結構なものである。

 この日の昼は以下の如し。「鮎づくし」。

◎前菜(モミジガサ(山菜)胡麻和え・小鮎の甘露煮・白山豆腐の味噌漬け・川海老素揚げ・厚焼き玉子・白瓜昆布〆・うるか味噌)・・・うるか味噌はバーニャカウダ仕立て、つまり生野菜に付けて食べる。
◎造り・・・鮎洗い梅肉醤油、鮎そろばん(せごしのおろし和え)
◎焼き物・・・もちろん鮎。鮎。鮎。鮎。地鮎漁が解禁したばっかりとあって、まださほど大きくない分、アタマからむしゃむしゃ食べられる。
◎椀・・・鮎煮麺(大原木、つまり稚鮎に煮麺を巻いている。麺は要りませんな)
◎焚合・・・南瓜・千石豆・茄子・冬瓜・湯葉を冷やして。
◎揚物・・・もちろん鮎。
◎飯・・・もちろん鮎飯。焼いた鮎を飯に突っ込んで炊き上げている。

 すっかり「鮎づく」されてしまった。挨拶に出た女将さんに、ミシュラン掲載のお祝いとして腰折れ一首贈呈。


  短夜や瀬音を庭にきく姫の杯の数だけ増える星かな


 実際に呑んでいたのは『菊姫』ではなく『萬歳楽』だったが。


 自分の夜食用に鮎鮨を作ってもらい、出る頃になっても雨は止みそうもない。気ぶっせいだからタクシーを頼んで金沢まで行った。この運転手さんがまことに良いお人で、「長い距離を乗って頂いて恐縮ですから」と、犀川を越えたあたりでメーターを止め、あまつさえコンビニでコーヒーまでご馳走してくれたのであった。うむ、新幹線ごときではまだまだ金沢の人気(じんき)は荒れていないとみえる。


 リハビリの仕上げは駅ナカの『黒百合』ですな、やっぱり。新装なってもやはり無敵のオバチャン店員軍団は健在。茶髪にピアスの店員も増えていたが、オバチャンにはこづかれ、常連のオッサンのくだに必死の形相(と見えた)で相槌をうっている様子が、よろしい。サンダーバード出発10分前までおでん「どかば」(泥鰌蒲焼き)で燗酒をあおれば、すっかり復調というものですがな。

 お約束通り、完全に食べ物の話ばかりでした。


これ全部でっか?


そうです。

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