四国二分の一周① 土佐〜宴のあと〜

  四国は学生の時分だから、もう十五、六年前に一度来たばかり。なので、高速バスを下り高知駅を見てびっくりした。巨大な戦艦か何かのようなモダンな建築。駅前のだだっぴろさ(と何にもなさ)にも一驚。よさこいまつりの時はここに大群衆がつめかけるのだろうか。

  とはいえ、今は祭りの一週間もあと。広大な広場に観光客が所在なげにうろうろしているばかり。こちらもとりあえず繁華街近くのホテルに荷物を預け、バスの時刻まで周辺をぶらぶらする。

  夜に比べ、昼間に繁華街を歩くと格段に方向感覚がつくように思うのは、夜のネオンに気をとられがちなこちらの錯覚か。錯覚なりに、ここらへんはアブナソウとかこの小料理屋はいい雰囲気とかと自得しておいて、さてバスに乗り込む。向かう先は五台山。

  高知といえば桂浜、てな典型的な観光客の一人になるのも気がさして、この日は五台山にある牧野植物園を見物することにしたのだ。

  駅から三十分ばかり走って着いた植物園は、失礼ながら思いの外整備が行き届いており、建物は瀟洒なつくり。時間がぎりぎりだったので、昼食は園内のレストランでとることにする。少しでも散策の時間をとりたいので、カレー。「シェフ特製」「自慢の」とかなんとか謳っているがしょせんカレーはカレーである。

  敷地が広大なせいか、他の客とすれちがうこともあまりなくゆったりした気分で見て回る。全体に見るべきもの、語るべきものはすこぶる多いけれど、駆け足で報告すると、まずはお目当ての薬用植物園。今まで図鑑でしか知らなかったヘンルーダジギタリス、鳥兜(とりかぶと)、甘薯(あまどころ)、日本薄荷などを具に観察できて満足満足。ホップも実物を見るのははじめて。ビール醸造に用いる花粉の匂いはかげなかったが。

  ここは園内でも一番端にある領域で、しかも目をひくような花卉が植わっているわけでもない。結局誰とも会わず、蝉の合唱に包まれるばかり。この蝉の声に加え、野生であろうと思われる高砂百合があちこちの叢に咲いていて、強烈な陽光の下、こちらに顔を差しいだしているような純白の百合に囲まれて歩いていると、ふっと気が遠くなるような、泉鏡花の小説世界に迷い込んだような感覚を覚えた。

  夏期の特別展示は「食虫植物」。お馴染み、靫葛(うつぼかずら)や毛氈苔(もうせんごけ)、蠅取草などだが、さすがにこれだけ並んでいると一種異様な雰囲気である。植物とは、生殖器をさらけだしている生命だとはよくいわれる。それに加えて、これらの種はいってみたら内臓の消化器官にあたる部分も露出しているわけである。鯱やライオンといえども植物のしたたかさ、我が物顔ぶりには到底かなわないのではないか・・・とはいえ、個体としての植物はまことにかよわいもので、こどもの頃、親に買ってもらった蠅取草をいじりたおして駄目にしてしまった経験を思い出して説明書きを見ると、蠅を捕らえる役目の葉は、二三回「稼働」させるともう死んでしまうのだそうな。形状も意外に繊細なものが多い。兎藻(うさぎも)という種類は、名前の如く可憐な姿をしている。

  食虫植物の展示は温室の一角で行われている。熱帯の植物は、花や葉の大きさにしても色彩にしても、大味で「もひとつ」なんだよなあ、とぼやきつつついでに周りを見て回ると、胡椒やマジックフルーツ、マンゴー、カカオ、コカなどの木を発見して大喜び。食べ物にからんでくるとやはり嬉しい。

  ひととおり歩いた後は、バスが来るまで建物の中で涼みつつ牧野富太郎の蔵書などを見物する。といってもこの文庫は研究調査用のためなので、観光で来た人間はガラスを通して部屋の一角を見ることが出来るに過ぎない。それでも、書棚には『夢渓筆談』『簷曝雑記』などの漢籍の書名が見て取れた。本草関係の漢籍の蒐集では世界有数なのだそうな。

  ホテルに戻り、少し休んでから呑みに出る。昼間狙いをつけておいた店に入る。ここはへそまがりを引っ込めて、どろめ・鰹のたたき・酒盗・四万十の青海苔の天ぷらといった名物ばかりで「酔鯨中取り」「伊太郎」「志らぎく」を呑んだ。

  え、「鯨飲」といっておきながら報告はそれだけ!?と思われるかも知れませんが、昼間日光に当たりすぎたのと、土佐の酒の淡麗な飲み口に誘われていささか酔っ払ってしまったようで、詳細を(他にも何品か頼んだ気もするのだが)覚えていない。

  でもまだまだホテルに帰る気はしない。いかにもきかん気の顔をした若い連中が(剣呑な感じではない)わあわあいっているアーケード街をふらふらしていると、「ボルドーワインの店」なる看板を発見。土佐に来てワインも乙じゃねえか、と入ってみた。

  なんでも店主の伯父にあたる人が、フランスでは有名な柔道家で、ボルドーにはその人物の名前を冠したワインがいくつもあるとのこと。ここのつながりがよくわかんないのだが、ボルドーのシャトーは高価なワインを狙う泥棒対策として柔道を学んでいるのだろうか。

  ともあれ、良質のワインを安く仕入れることが出来るらしい。たしかにこくのあるワインだった。いくら淡麗とはいえ、酒を呑みすぎでややねばっている喉を、紅い液体が心地よく流れ落ちていく。一気呑みしたわけではないけれど。ここらへんから記憶がはっきりしはじめた。

  ここを出て、一軒目の飲み屋のママに神戸から来たというと、時分も実は神戸生まれ(本人の記憶は無い)だという。しかも住所をきいてみるとこちらのマンションから歩いて一分ほどの町名を口にして、そのあたりの産土神を教えてほしいという。占いの先生に一度お参りしてくるようにといわれているんだそうな。地図を描いてあげた。

  二軒目でも神戸との縁が出てきた。店の女の子が神戸に遊びに行って参加した合コンの主催者が、こちらの知り合いだったのだ。高知まで来て、神戸の話題で盛り上がったことでありました。

  ワインバーのマスターいわく、「高知の人間は(男女問わず)適度に酔うことを知らない、つぶれるまでのむんです」。実はある知人に、酒豪のママがいるお店を紹介してやるといわれていたのだが、ぎりぎり理性(防衛本能?)が働いてその店には行かず。三軒目のショットバーではさらっとカクテル一杯を呑み、意外に涼しい夜風に吹かれながらホテルに戻る。いやあ、しかし土佐弁はかわいいな。

  自分としては「不戦敗」気味に試合をすすめて、そんなに酔っていなかったつもりだったが、翌日寝坊してしまうことになる。その顛末は次の記事で。