ユルスナールの自伝

 明日は大雨らしい。連休初日は存分に満喫しなきゃ、と朝のうちに用事を済ませて、久々に東山市場へ。売り手に若い世代が多いのは頼もしいが、客は老人が目立つ。

  二往復ほど品定めして、鯖と渡り蟹と鯛の子、あと三つ葉等を買う。ざっくりした客あしらいが気にならなければ、スーパーよりは安い、それにスーパーや百貨店の猫なで声などよりこちらの塩辛声のほうがよほど生理的に心地よいとも思うが。若人よ、市場に行け。 

  鯖は、ならびの魚屋に比べて少しく高いところでもとめた。ぴかぴかである。もったいないとは思いつつ、片身はきずしに片身は船場汁にした。渡り蟹は蒸して。鯛の子は蕗と高野豆腐と炊き合わせ。それに柿の白和え。

  肴をこんなに用意したのだからと、酒も菊姫の『鶴乃里』を奢る。農口杜氏が去ったあとでも、やはり旨い。というか、品評会ではないのだから、家でふだん呑む酒はある一定の水準が保たれていたら十分なのではないか、と思う。

  酒の対手はカミの短編と、図書館で見つけて慌てて借りて帰ったユルスナールの『追悼のしおり』(岩崎力訳)。これはユルスナールの自伝三部作の第一部。『ハドリアヌス帝の回想』にいかれてから、ユルスナールはいちばん大事な作家の一人になっているが、翻訳が出ているのは知らなかったのである(原書はもちろん持っている)。もっとも『ハドリアヌス』はフランス語を知る前に巡りあったので、多田智満子さんの伝説的な名訳(三島由紀夫が、訳文の格調と雄渾に「多田智満子って女ではないだろう」と言ったのは有名なエピソード)に陶酔したともいえるが、今回の自伝も岩崎力さんという名訳者を得て素晴らしい日本語で堪能できる。二部は小倉孝誠、三部は堀江敏幸が訳す予定だという。どんな訳文かと今からたのしみでならない。