元町の甘美な悪夢

 こちらのシュヴァンクマイエル好きを知っている友人が、元町映画館で特集をやっていると教えてくれたのでさっそく見に行った。この日は短篇七本。ヴァイオリンに這う虫や鉛筆に塗りたくられるバターや、そして色んな作品に何度も登場する舌などのマティエールがすばらしい。シュルレアリストとして語られることの多いシュヴァンクマイエルだが、童話や民話の語り手として見るほうがより適切なのではないか。童話といっても感傷と啓蒙的偽善にみちた児童文学ではなく、グロテスクなユーモアと骨太な論理に支えられた、いわば語り部カフカの影の下にあるホラ噺の系統である(カフカが『変身』を友人達の前で朗読した時に聴き手が笑い転げたのは有名なエピソードだ)。自分も含め、観客の多くは何度か声をあげて笑っていた。

 しかしもっと愉快だったのは、開始後五分ほどすると、後ろから「何だこれは」と憤懣やるかたないといった調子の声が聞こえ、もうしばらく立つとスクリーンを横切る影を映して出て行く男性がいたこと。この人はいったい何を期待してきたんだろうか。

 映画館を出ると八時半。日曜日のこの時間、元町は森閑としている。気の利いた店が見つからなかったので久々に阪急六甲の「彦六」に行く。最近は「食べ六」だかなんだかを見て来る客が多いらしく、予約しても一杯のことが多いのだが(もっとも六人しか入らないのですぐに満席なのだが)、この日は自分の他に一組だけだった。ぬる燗にした「瀧鯉」を五六本空ける。大きな花瓶いっぱいにコスモスが活けられていた。

 明日は休みなので三宮で途中下車、今度はIZARRAに寄る。スペインのグラン・レゼルヴァのお買い得があるというので、チーズでそれを呑む。ワインのイヴェントがあったとかで少しアルコールの入ったシェフ(念のため書いておきますが、閉店ぎりぎりの時間に行っています)とあんな話やこんな話(ここに書くわけにはいかない)をしてだらだらと呑む。

 もう明け方近いがさらに一軒。来週は同じシュヴァンクマイエルの『アリス』をみにいく予定。この題材にこの監督は悪夢の二乗のようなものだな、と考えつつ、翌日(当日?)の二日酔いをぼんやりと予感しながらカルヴァドスをすすっているのはなんだか嬉しいような哀しいような、これが人生だというような、奇妙な感慨がある。