さつま鳥に食われて〜さつま旅の記(2)〜

 結局観光バスの窓から見た桜島はずっと雨煙のなか。これはこれで一つの見物だろうと言い聞かせながら市電・シャトルバスを乗り継いでホテルに戻る。晴れていれば桜島を一望にできるという露天風呂からも当然見えない。それでもなめらかなお湯で体をほどくと旅に来たという実感がじんじんしみわたってくる。

 夕食は(いうまでもなく)天文館。昼はあれこれとてんこもりのコースだったので、食材を一品にしぼって考える。さつま黒豚、もちろん魅力的だが、豚で酒を呑むというのもあまりぞっとしない。うなぎ(養殖量は日本一らしい)、これも昼飯向きだろうな、やっぱり。というわけでさつま地鶏に決めた。

 となれば焼き鳥屋を探せばいいわけだが、不思議とそれらしい店が見あたらない(「さつま地鶏」を看板にした店はいくらでもある)。まあチェーンらしいところは避けておけば大きく失敗することはないだろう、と歓楽街近くで暖簾をくぐる。

 店の作りは至って平凡な居酒屋風。品書きを見ても特に奇なるものを見ない。しかし安い。そして特筆すべきは一品の量の多さだった。ゆったりしゃべる感じのいい店のおばさんいわく、「どの料理もハーフで出せますよ」。多いことの自覚はあるらしい。とりあえず地鶏の刺身盛りを、そのハーフでください。

 笹身と胸肉、もも(たたき)、ハツ、ズリの盛り合わせは、これが半分とは信じられぬ量である。こちらはもともとちびちびゆっくり食べるほうなので、へたをすればこれだけで満腹してしまうおそれがある。ビールは一杯で切り上げて焼酎にかえることにする。これも目を剥くくらいに安い。「二合」と頼むと、大徳利に二合ぶん、生(き)で出て来る。それに氷と水がついてこれで四百円。ビールなんか呑んでるのがばからしくなる。

 地鶏は旨かった。レバーを炒めたものもよかったし、とくに手羽先の塩焼き。関節のこりこりと皮のねばねばが矢も楯もたまらずよろしい。しかし全体に付け合わせの野菜が豊富でまた美味しいのが印象に残った。

 安さにうかれて焼酎をお代わりしてるうちに(我ながら浅ましい)、やっぱり酔っ払ったんだろうな、途中から食べ物の注文に「ハーフ」をくっつけるのを失念して、枝豆(丼いっぱい出て来る)もかつおの腹皮をあぶったの(平皿に山盛りである)も平らげるのがやっとだった。もっともあれだけ食べたからこそ焼酎もあれだけ飲めたに違いない。

 店はいつのまにか満席。少なくとも旅行者の耳には薩摩弁はひそひそとささやくようなことばに聞こえる。いちばん耳に立ったのは出張とおぼしきサラリーマンの三人連れが使っていた関西弁であった。

 すっかり満腹。すでに眠気が襲ってきている。夜遊びは明日にして、今日はおとなしく御帰館あそばすべいか。いやそれまでにアレ食ってかなきゃ、とアーケードの出口近くにある『むじゃき』へ。ここはみなさまご存じ「しろくま」かき氷で有名な店である。ここは鹿児島出身のダンナをもつ同僚からきいた。ごりごりの左党ではないのか、おまえ。いや最近はしらばっくれたノンポリでござんす。四十男が一人でかき氷くってみっともなくないのか。イエ、四十にもなれば人目が気にならなくなるんデス。すべては阿弥陀様のお導きでございます(江戸時代薩摩藩では真宗は禁制だったが、近代は真宗王国となった)。

 酒で乾いた喉に、しろくまは甘くて冷たくて(当たり前か)おいしかったですよ。フルーツやら寒天やらはぞっとしないが、氷の底の方から白インゲンの煮豆が出てきたのが可憐でよかった。

 こんな感じで一食一食のレポートをしてもきりがないな。次回はおとなしく帰って寝た翌日、薩摩焼の里を訪ねた話から豪奢な晩餐までを一気に書くことにします。