ミュゼめぐり~青森再々々訪(1)~

四度目の青森。訪れた回数なら金沢の方が断然上だが、半年の間にこれだけ行った地方は他にない。

 

 前とその前は八戸だった。今回は青森市。二回目となる。いつものことながら、何もしない為に何もない時期を選んで行った。

 

 機内のアナウンスでは神戸より四、五度は気温が低いとのこと。空港を出てみると、その実感はない。バスの中で日射しを浴びていると暑いほどだし、なにより紅葉の色づき具合が予想よりも大分低い。

 

 この暖かさのために、町に着いてすぐ向かった棟方志功記念館までは歩いて行けた。当方、記念館はおろか棟方志功の作品を碌に見たことがない。人柄と画風(まともに見てなくても漠然とイメージはあるよね、志功くらいになれば)から、何となく生命力鑽仰、大地讃頌、中学の文化祭、と連想が働いて食指が動かなかったのですな。

 

 期待もしていなかっただけに、いくつかの作品を愉しめたのは収穫である。意外と静謐な画面のものが多い、という印象。花札に想を得た組み絵など、題材からいっても当然ながら紋様の自己展開といった趣もあって、マニエリスムということばも浮かぶが、そこまで冷ややかに凝然としているわけではない。その、はみ出たものがこの版画家の《魂の領分》であって、好き嫌いはこの部分の評価に係る、ということなのだろう。

 

 いくつかある公園を辿りながら戻る。大きく育った樹木が多くて、気がせいせいする。かなりのんびり歩いていたので新町に着く頃にはもう昼時分。恰度見かけた蕎麦屋に入る。カフェ風のつくりは落ち着かないが、「蕎麦前セット」があるのは嬉しい。蕎麦味噌や板わさなどでビールと酒一合を呑んでせいろ一枚。蕎麦はともかく、昼酒としても足りないくらいでとどめておいたのは、「ねぶたの家 ワ・ラッセ」も見物する予定だったからである。

 

 前回、駅前で天丼を食いながら店の亭主に聞いたところ、ねぶたの時期は一念以上前から宿が押さえられているので、特に一人だと宿泊も難しい、とのことだった。ま、そりゃそうだろうな、食いもん屋だってどこも満杯だろうし、とナマでの見物は敬遠し、代わりに「ワ・ラッセ」に見に来たのである(ここは、今年賞をとったねぶたを展示してある)。ご存じの極彩色が館内いっぱいに広がって、負け惜しみで言うのではないが、これだけでもかなりの見応え。ほほぅ、やはり優勝したのは迫力が違うね、などと一端のねぶた評論家気取りでぐるぐると見て回る。北斎に波濤を描いた板絵があるが、あれを立体化したのが気に入った。北斎だと深淵に引きずり込まれそうなコズミックな感覚に襲われるのに対し、こちらはどことなく柔媚に生めかしい。

 

 ねぶたが横に大きく展開するようになったのは、戦後電柱と電線の下を通ることが多くなってからだそうな。古式が断絶した、ということにはなる。なるが、鯨馬の考えではこれはもっけの幸いというもの。歌舞伎の舞台そのままのあの色使いと構図は丈が高いより、こうしてぐうっと押さえ込まれたような空間の方が映えるはずである。

 

 目の法楽にはなったものの、実物でない悲しさ、ねぶた囃子の響きと跳人(ハネト)の踊りは望むべくもない。やっぱり混雑を堪えてでも八月に来るべきか。八戸も三社大祭もあるしな。

 

 さて、時間はまだたっぷりある。といって大鰐や浅虫に伸すほどの余裕はない(車を運転するならともかく)。ねぶたの家は流石に平日でもそれなりの観光客が入っていたので、次はフツーの観光客がまあ行かないであろうと思われる青森森林博物館に足を向けた。

 

 新町(表通り)のある駅の西側とは正反対の方面で、途中は偏窟でさえ気が滅入りそうな裏びれた町を通り抜ける。案の定観光客は当方ただ一人。意外だったのは、随分愉しめるところだったこと。元は営林局だったという明治建築は、何となく《校長先生歩き》をしたくなるようないいたたずまいで、もちろん他に誰もいないのであるから、建物のうちは閑寂を極めている。これは神戸に住んでいて滅多に恵まれない境地なので、まずそれが嬉しい。

 

 その上、根っからの樹木好きときている(なんなら《木違い》と呼んでもらって結構)。名産のヒバ材の家具が並んだ部屋は言うまでもなく、学校の理科室のような展示で青森の森林相をじっくり勉強するのも嬉しい。

 

 建物の前の庭は、さほどの大きさも風情もないけれど、一本一本に名札が下がっているのが博物館らしい。おかげで、こちらは「ヒッコリー!!」とか「とねりこっ!!」とかすっかりコーフンしてほっつき歩いておりました。もっとも、木ならなんでもいい訳ではなく、落葉広葉樹に好みは偏している。だから、アカマツとかヒノキとかが出て来ると「あっち行け、しっしっ」という気持ちになるのも致し方なし。

 

 ゆっくり見物を終えると、あたかもぴったり。というのは市内唯一(とはネットの情報)の《昼からやってる立ち飲みや》が開店する時刻になっていた。あれだけ酒好きの多い町にして、一軒だけというのも不審。ともあれ前回来た時はこの貴重な店で「臨時休業します」の看板にKOされてヘナヘナとなった記憶があるだけに、今度は口開けから「おうっ、おかみ、入るぞっ」とばかりに、ぴしっと、ずいーっと、入っていきたい。

 

 ・・・えっと、あの予約してないんですけど、ひとり、大丈夫すか。

 

 驚くことに、二時早々から、カウンターの半分以上が埋まっていたのであった。もちろん当方を除いてみな常連。胡乱なヤツが来たと一瞥をくれるのは予想通り。そこからこれまたお定まりの「どこから」「神戸から」「ひとり旅で」「青森なんかに何をしにきた」のやり取りがある。率直に言えば贔屓の当方にしてなお青森が所謂観光向けの風趣に富んだ町とは言い難いくらいだから、向こうはケッタイなやっちゃということでこわばりが解けるのだろう、経験からいえばここからはすっと馴染んでいけることが多い。

 

 馴染みすぎたせいか、呑んでるとチェックインの時刻をとうに過ぎてしまっていた。

 

 夜は立ち飲み屋で教えてもらった「ふくろう」へ。街歩きのときにいい感じと思っていたお店の名前を出すと「あそこはオヤジがきむずかしい」「中々入れないよ」「一見さんは断られるのでは」と口々に言われて困惑しているこちらに女主人が助け船を出してくれたのである。

 

 お通しは鰺の天ぷら(二尾、軽い味)。そのあとミズダコとケンサキの造りを頼み、「ぼくはやっぱりニシン好き」なる面妖な名前の酒肴で呑んだ。ニシンの麹漬けと雲丹和えと、あとなれずしだったかな、の三種盛りで、酒に合うのは言うまでもない。こちらでは「切り込み」と称する麹漬けはどの店でも出すものだが、ここのはアミノ酸全開の逸品で、旨い旨いと酒をお代わりしていたら、店名どおり、というかややブルドッグに似た顔つきの店主がすっと、ソウダガツオの造りを出してくれた。

 

 二軒目は「新改商店」、つまりは昼間の立ち飲み屋。まさしく立錐の余地がないくらいの繁盛ぶりで、店中に津軽弁がわんわんと響いていた。

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