津軽海峡は冬景色~青森初見参①~

 今回の行き先である青森は初めて。ともかく寒くて雪の多いところ、ということで選んだ。伊丹から一時間半あまり。空港ロビーを出ると、早速当方の願いが叶えられて一面の雪景色である。とはいえ予想していたよりは寒くなかった。何だこんなものか。素人の早のみこみはこの日の夕方には早くもたたきつぶされることになる。


 バスで青森市まで移動し、まずは市の中心部にある善知鳥神社にお詣り。善知鳥。うとうと読む。見たことはないが海鳥の一種だとか。ただし、この名前は以前から知っていた。江戸の戯作者山東京伝の読本『善知鳥安方忠義傳』を昔読んだことがあったからである。神域社殿ともに特に風情は感じられない(もっともここも一面の雪である)が、裏手に「安潟」なる沼があったのは面白い。正確に言えばかつての広大な沼のごく一部。この地に流されていた善知鳥中納言安方なるお公家さんの見た霊夢が神社の起源、となっているが、要は海のすぐ側に作られた町で海鳥、それに沼の名前を無理矢理くっつけたという訳である。城下町弘前とは違って、漁農主体の町人の町だったんだろうな、と考え考え昼飯の店へ向かう。


 歩道自体が雪に埋もれて歩く余地がほぼ無い上に、車道は傍らに雪が掃き集められて道幅が狭くなっているから実に危なっかしい。足を滑らせて転倒したところに、ブレーキが効きにくくなった車が突っ込んできたら一巻の終わりである。おのずと老人の如きよちよち歩きになる。この日の昼食は天ぷら。昆布と鯡とを塩・米で漬けた小鉢が旨かった。酸っぱく発酵させており(ハタハタずしのような感じ)、飯より酒に合う。当然熱燗を頼む。


 二合呑んでようやくかじかんだ手足もほどけてゆく。歩いて駅に着く頃にはすっかり冷え切っていたのだが。この日の午後は浅虫温泉に足を向けた。電車(汽車?)で四十分ほど。駅を降りても人が見えない。風がつよい。それはいいとして、冷たい雨がしょぼしょぼ降るのには閉口する。コートのフードをすっぽり被る不細工な風体で同じくよちよち歩いていく。途中すれ違ったおばあさんと二人の孫も同じような恰好で歩いている。見てくれよりも実を取る、といったところか。


 温泉旅館の並びが切れた少し先に浅虫水族館がある。というより、水族館があることを知って、ついでに温泉に入ろうと思い立ったのである。これも我が旅お決まりのパターン。


 さてお目当ての浅虫水族館はド派手すぎることもなく裏びれた感じもなく、ゆったりした気分で回ることが出来た。やはり一番の見ものはご当地水槽である。男鹿ならハタハタ、下関なら河豚、大分では関アジ、ここではホタテとホヤということになる。両者とも別に泳ぎ回ることもないのだが(当たり前だ)、なんとなく愛嬌があってよろしい。うーむ、晩はひとつ帆立の刺身でいっぱいやるか、という気分になる。なお、どの水族館にもあるタッチプール、ヒトデやカニは定番だが浅虫ではそのホタテが面子に加わっていた。手のひらに載せると貝がぱくぱくするのだという。親子連れに混じって載せてみたけど、オッサンの手に掴まれて不貞腐れていたのか、疲れていたのかぴくりともしませんでした。貝風情にハブられて、いよいよこちらも脈が上がったということですかな。


 水族館を出ても相変わらずの雨。雪よりも冷たいような気がする。震えながら歩いていく。駅前にも共同浴場はあるが、せっかくだから旅館の風呂を、と旅館街の端っこにある宿まで歩く(中途半端な時間で他に入れるとこがなかった)。観光客もいないし、土産物屋も開いていない。着いた宿でも、女将さん以外の人影がない。寂として静まりかえっている。


 当然ながら大浴場にも誰もいない。これは気分がいいものですね。存分に愉しみました。ここのお湯はややしょっぱく、肌触りはむしろさらりとしているくせに―と温泉評論家を気取ってみる―少し浸かっていると、じんじん効いてくる。駅に戻ってもまだ体の芯が火照っている感じだった。


 夕景ともあって、車内は高校生で溢れかえる(地方鉄道ではお馴染みの光景)。土地のことばでわあわあいってる会話を聞きたかったのだが、やっぱりここでも皆スマホの画面にじっと見入っており、ちょっと気味が悪いくらい静かなものであった。


 青森に戻り、しばらく町を歩き回る。目抜き通り(新町)の、駅近くはコンビニ、チェーン系居酒屋でどこも同じようなものながら、少し歩くと地元のスーパーなぞが増えてくる。短い滞在で何を言う資格もないけれど、他の同規模の地方都市に比べると空き店は少ないようである。人通りも結構ある。ただ四時過ぎで既に空は真っ暗。電光掲示板には気温0度とある。なんだか一刻もはやく呑まねばならぬ、という気になってきて適当な店を探してもさすがにこの時間で開いてる店はない。かといって牛丼屋でビールつーのもしたくない。実は駅前にある市場を覗くと刺身なんかで呑めそうだったのだが、そうなると晩飯の愉しみが薄れてしまうし・・・と懊悩のあげく、裏通りの立ち食いうどんに入り、うどんを啜りながらビールを呑む。急に歩くのが面倒になり、ホテルに帰って軽く休憩。


 のつもりだったが目を覚ますと店の予約時間近くになっていた。あわてて本町の割烹「菜の花」へ向かう。あわてて、といっても歩き方は例のペンギンスタイルなのである。


 この日はじめは当方ひとりのみ。献立を記す。

○先付=鱈の身を鱈の白子と卯の花で和えたもの。鱈が出て、「ああ東北に来たなあ」と感じがしみてくる。
○前菜=ずわい蟹の手毬寿司・数の子・薺のお浸し・蛸・バターを干し柿で巻いたもの。薺が良かった。菊菜に似て、あれよりもっと香りは穏やかでかつ高雅。まことに品格ある味である。鯨馬の如き俗物が口にしてすいません、という気になりつつ、綺麗に平らげる。
○酢の物=生蛸。柚釜ならぬ、橙釜仕立て。橙の汁をしぼると蛸が固くなるので、はじめはそのままでお召し上がり下さい、ご主人。前半くにゃくや、後半こりこりの食感の変化が愉しい。橙の香気でさあ呑むぞ!と覚醒する。
○煮物がわり=鱈の白子。上方の居酒屋でも出すが、ここのは湯がいてまだ温かいのに醤油をかけて出す。薬味はさらし葱。注して言う、ポン酢醤油にあらず。ご主人曰く「このあたりでは酸味を苦手にしている人が多い。北なので柑橘類があまり取れなかったせいもあるんでしょうね」。確かにそれもあるのだろうが、何よりポン酢では勿体ないからではないか。柑橘のきつい香りがかぶさると、この清らかで温雅な甘みは影も形もなくなってしまうに違いない。つまるところ、それだけ上質の白子なのである。
○刺身=一皿に一種ずつで出てくる。槍烏賊に胡麻をまぶしたもの。メヌケ(塩昆布と山葵で)。ウマヅラハギ(肝を身で巻いている。これはポン酢醤油で。あしらいは水菜)。鮪(新海苔の辛煮と山葵で。あしらいは甘草)。ひとつひとつ趣向があって嬉しい。それを言うと「ここらはみんないい魚ばっかり食べてるので、料理屋では一ひねりしないと怒られてしまいます」。ナルホド。しかしそのひねりが独りよがりの悪凝りになってならず、微妙な線を守っているところにご主人の感覚の冴えが表れている。鮪はさすが、という旨さでした。
○焼き物=鮟鱇の付け焼き。あしらいは白菜を炙ったもの。魚と野菜が互いに香気を高めあう、という風情。
○強肴=ねぎま鍋。鮪と葱、金時人参ブロッコリーが薄葛仕立ての汁の中で煮えている。

 気さくでしかも折り目正しいご主人とのおしゃべりも愉しみながら、この日は銘酒「田酒」の山廃純米だけでも燗で五合。ビールを呑む気にはちっともなりませんでした。


 (いつも通り)どこに行くか決めていない、という当方のことばを聞いて「雪がお好きでしたら八甲田がいいと思います。温泉もありますし」。八甲田山と言えばスキーか死の行軍か、という程度のイメージしかなかった人間は「温泉」の一語で俄然行く気になってくる。それにしてもいい店だった。春も夏も秋もいいだろうなあ。青森再訪決定。


 二軒目のバーも「菜の花」で教えて頂いた。しっとりした雰囲気のいいバー。「お通し」にスープが出てきたのだが、これがまた身にしみる。「菜の花」とは目と鼻の先なのに、それだけ体が冷えてしまうのである。だから、一杯目=バーボンソーダ、二杯目=ラムトニック、三杯目=バカルディ、となんだか滅茶滅茶、というか逆行したような飲み方に見えるだろうが、暖かい店を出るぞ、という時間が近づくに連れ、ぱんちの効いた酒を欲するようになるものなのである。

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