食べ物を語る難しさについて

  看板には「鯨飲」と謳っている。歳を考え合わせれば、まあまあ狗肉をひさいでいるわけでもないように思うが、毎度飲んだくれて二日酔い(正確には酔いの持ち越し)という記事ばかりでは殺風景に過ぎるので、食べた(作った)もの、行った料理屋等の内容も織り交ぜているわけである。

  例の格付け本やインターネットの宿六ならぬ食べ六は見ないけれど、食べ物関係の本はかなり読む。江戸時代に出版された料理本の復刻という、ごくしぶーいやつから東海林さだおのエッセーまで(『丸かじり』はたしか中学生の時から週刊朝日で愛読してました)、洋の東西また時代の古今、内容の雅俗は一切これを問わず読み散らしている。

  で、思うのですが、食べ物を文章に書くのはいや実にむつかしいもんですな。

  もちろんむつかしさにも様々な水準があり、種類がある。たとえば碩学・川上行蔵(日本食物史)は、文献に出ていないから江戸時代以前の日本人はさんまを食べたいたとは断言できない、と書いた。そのくだりを、たしか丸谷才一さんのエッセーで、「学問とは厳しいものだ」とからかい半分のコメントを付けて引いていた記憶がある。

  まあこれは食物が対象ゆえのむつかしさというより、厳密な学問的手順を(あえて言えば)形式的に守っていくと、文章が書きづらくなることの見本と考えたほうがいいのかもしれない。問題は、実証だの歴史的考察だのを必要としないはずの随筆随想のたぐいである。

  たとえば、過日食べ物にうるさいことで有名だったある小説家の弟子にあたるエッセイスト(?)がものした、食べ物関連の本を読んだのだが、なんともいえず厭な感じの文章であった。

  そうまでして読まなくても、という意見もあるでしょうが、これは当ブログのネタさがしと思って辛抱して読み上げたのである。

  この感じはあれだよ、あの人の本と同じ、としばし考えて思い出す。これは故人なのであえて名前をあげるが森須滋郎氏の著作がそうだった。

  もちろん長い間名雑誌『四季の味』を作ってきた人だから、色んな店を知っているし、食材や調理法に関する知識も豊富である。こちらが参考にしたレシピもいくつかある。

  にもかかわらずあと一つ心から楽しめないのは、森須氏の文章に決めつける表現(「〜に限る」など) が多用されているからである。そこが先にあげた小説家の弟子の某エッセイストと共通している。

  独断や偏見が悪いわけではない。逆に公平無私な記述でものされた食べ物エッセイなど、何の価値もないだろう。ただ、同じ決めつけ・偏愛でも、たとえば檀一雄邱永漢東海林さだおの本にあってはむしろ文章を光彩陸離たらしめるものが、これにあってはなぜ舌に逆らうアク?えぐ味?と感じられるのか。

  (これも独断と偏見とを承知の上で)一言で言えば、「愛敬」の欠如によるのだと思う。「愛敬」とは何か。と定義できるようなものではない、微妙な文章の表情なのだが、説明的に言い換えれば、論ったところで所詮はたかが食べ物さ、という諦観と、「たかが食べ物」を縷々説いている面はゆさとの複合、というあたりになるだろうか。

  いうまでもないことに念をおすならば、「たかが、食べ物」は、「たかが、文学」であり、「たかが、大阪都構想」であり、「たかが、欧州通貨危機」という意味である。

  当方、明治以降の料理本(これは文学的なエッセーの類を入れない、いわゆる実用的なレシピ本)の歴史に関心があって色々調べているのですが、この領域の本を読んでいて往々にして鼻白む思いをさせられるのも、同じところに原因がありそうである。つまり、ある目的なり理念なり(明治の料理本においては「文明開化」、戦後では「科学的調理」「栄養」など)を信じて疑わず、一心不乱につきすすんでいく姿における、アイロニーのあまりなる欠如。

  もっともアイロニーがきつすぎるのも考えものでしてね。故・辻静雄さんの業績(西洋料理の根本的かつ体系的理解とその導入、しかもあの時代に)は、大久保利通とか吉田茂とかに匹敵するものではないかと時々考えるが、しかし辻さんの文章にもまた慊りないものを感じることが少なくないのである。つづめて言えばせっかちで落ち着きが悪いのだ。あれは多分、頭が良く教養があり、芸術を解すること深い人が、自分の叙べ伝えねばならないことの多さ・高さと伝えねばならない相手との絶望的な差(断絶というべきか)を思いやって、脳貧血を起こした、その後遺症なのではないかと勘ぐっている。しかしいくら日暮れて道遠しと嘆じようと、やはり文章は短気を起こさず、一歩一歩着実に積み上げてゆかねばならないものなのである。

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