俳諧無茶修行・乾

  昨年十二月、大学(院)時代の師匠のお宅で先輩方と歌仙(ただしくは半歌仙)を巻いたことはこのブログでも書いた(「連句百鬼夜行」)。その記事の最後にも載せた拙句を、年賀状にお礼かたがた書き添えたところ、師匠が脇を付けて下さった。以後、PCメイルを介しての両吟と相成る。こちらとしては望外の喜び。二回に分けて記録と注釈を書く。

まずは歌仙全句を掲げます。


【夜咄両吟】

〈初オ〉
化け物の夜咄長し冬の月  碧村
 柝の音待たるゝ師走狂言  燕語
巻狩りの衣裳比べに聲さえて  碧
 ガリを添へたる稲荷鮨折  燕
有明を筋違(すぢかひ)にゆく影法師  碧
 世帯の末は日々目刺なり   燕
〈初ウ〉
盆棚にさゝげと古系圖かざり立て  碧
 嚔(くさめ)ひとつで仕舞ふ法談  碧
引抜いて五分月代の敵持ち  燕
 瓦解の沙汰は煮賣屋で聞く  碧
下谷では再開發が盛んにて  燕
 鼻唄で抜くシャトオ・マルゴオ  碧
幾人(いくたり)の囘(かへ)れる兵ぞ戎(ゑびす)狩り   燕
寝なましものを秦漢の關  燕
つゆ草の枕屏風の細りごゑ  碧
ふんどし乾く朝の物干し  燕
樓上に賊嘯(うそぶ)かむ花の雲   碧
 わが子を先の釜の生茹で  燕
〈名オ〉
糟糠は粉物好きの夕餉かな  燕
亭主は知らぬ通帳ひらく  碧
ティレニアの海の藻屑は味もよし  燕
 晩鐘ひゞく夕凪の嶋  碧
孤兒院の十二人目は片目なり  燕
 初めの章は霞む自叙傳  碧
しがらみは道頓堀になげうちて  燕
スカウト談ず虎キチの酒  碧
影跳ねて後は閴(げき)たり竹の山  燕
氷刄一閃心已ニ朽ニシ  碧
蹣跚と月下をあゆむ空徳利  燕
 浮キ樣謡ふ絲萩の宿  碧
〈名ウ〉
轡蟲そのかみ宇治の渡河作戰  燕
 霧は深かれ水嵩まされ  碧
鵜匠らも食ひあぐねけむ羽づくろひ  燕
一筆わらび生やす菓子椀  碧
踏み分けよ髑髏を餝る苔の花  燕
大峯越えに鳥かへる也  碧
*********************************

以下が注釈(および感想)。


初オ
化け物の夜咄長し冬の月   碧村
 柝の音待たるゝ師走狂言  燕語

*発句「冬の月」で冬。脇句「師走」で冬続(二)。二月、先生のお宅での連句興行があった後、お礼状にこの句を書いた。 「化け物」は連衆の見立て。折り返し先生からメイルあり、そこにこの脇句が付けられていた。「化け物」を巧んだ新狂言の趣向をお店の女衆などが噂している場面と見た。むろん脇句は発句(この場合、付けたことで前句が発句になったわけだが)に対する挨拶でもないといけない。次の会が待ち遠しいという気持ちもかけられている。

 柝の音待たるゝ師走狂言 燕
巻狩は衣裳比べに聲さえて 碧

*第三「(聲)さえて(「冴える」)」で冬続(三)。発句・脇が観る側からのとらえかたなので、「狂言」の内容で付けた。「巻狩」で曾我物(本来は正月狂言)を暗示。

巻狩は衣裳比べに聲さえて 碧
 ガリを添へたる稲荷鮨折 燕

*初オ四雑。山野行楽の体と見替えた。綺羅群衆(くんじゅ)する中にガリ並みの風体も混じっているとの意もあるか。

 ガリを添へたる稲荷鮨折 燕
有明を筋違(すぢかひ)にゆく影法師 碧

*初オ五雑。この有明は単なる夜明けで、月を含まない(発句に月は出ている)。酔っぱらいがふらふらと裏路地を歩いて帰る。

有明を筋違にゆく影法師 碧
 世帯の末は日々目刺なり 燕

*初オ六雑。駆け落ちのあげく、貧しい生活の夫婦者(の一人)。

 世帯の末は日々目刺なり 燕
盆棚にさゝげと古系圖かざり立て 碧

*初ウ一「盆棚」「さゝげ(大角豆)」で秋。この二人、上方で言う「どれあい」で淪落せる夫婦なgら、元をただせば某親王何代の後胤、とえばっている。

盆棚にさゝげと古系圖かざり立て 碧
 嚔(くさめ)ひとつで仕舞ふ法談 碧

*初ウ二雑(本来「嚔」は冬だがここは雑の扱い)。自慢された坊主ととってもよし。自慢話自体がくしゃみで吹っ飛ぶような法談(=虚談)ととってもよし。

 嚔(くさめ)ひとつで仕舞ふ法談 碧
引抜いて五分月代の敵持ち 燕

*初ウ三雑。坊主は実は・・・という場面。師匠らしい(師弟ともに近世文学)。ここは弟子としても堂々江戸ネタで渡り合ってみせねばならぬ。というわけで、

引抜いて五分月代の敵持ち 燕
 瓦解の沙汰は煮賣屋で聞く 碧

*初ウ四雑。思えば虚しき我が人生、というところ。「煮売屋」とあるので田舎を想像していただきたい。これは我ながら上手く付いたと思う。ぱっと幕末明治の雰囲気が浮かぶのは、山田風太郎の小説をしこしこ読んでいた余得であります。

 瓦解の沙汰は煮賣屋で聞く 碧
下谷では再開發が盛んにて 燕
*初ウ五雑。人のみならず街もまた変わる。

下谷では再開發が盛んにて 燕
 鼻唄で抜くシャトオ・マルゴオ 碧
*初ウ六雑。土地成金。初案は「日和下駄から暮るゝ春の日」。下谷→荷風の連想。

 鼻唄で抜くシャトオ・マルゴオ 碧
幾人(いくたり)の囘(かへ)れる兵ぞ戎(ゑびす)狩り 燕
*初ウ七雑。これは大技。「シャトオ・マルゴオ」を「夜光杯」に注がれた美酒と見たわけです。(※王翰『涼州詞』「葡萄の美酒 夜光の杯/飲まんと欲すれば 琵琶 馬上に催す/酔うて沙場に臥す 君笑うこと莫かれ/古来征戦幾人か回る」)

幾人(いくたり)の囘(かへ)れる兵ぞ戎(ゑびす)狩り 燕
寝なましものを秦漢の關 燕
*初ウ八秋。なぜこれが秋かというと、「隠し月」の趣向になっているからである(王昌齢『出塞二首 其の一』「秦時の名月 漢時の関/万里長征して人未だ還らず/但だ龍城の飛将をして在らしめば/胡馬をして陰山を度らしめじ」)。漢詩から漢詩に継いでいる。受ける方としては思い切った場面転換をするのに苦労した。あ、師匠の句が二句続いてますが、これは私が月の定座(月は歌仙では三回。初めの月は発句で出している)を譲っています。

寝なましものを秦漢の關 燕
つゆ草の枕屏風の細りごゑ 碧
*初ウ九「つゆ草」で秋続(二)。初めは辺塞を照らす月を襖絵の模様と見てあれこれ詠んでいたのですが、もう一つ面白くない。ええい、恋句でいってやれ、と思い切ってこう作った。遊郭で女郎と客がささめいているわけ。女「「アレ、おまへ、あんなに皎々と照つてゐるによ」男「何、月。つがもねへことを。それよりおしげりと参りませう」。 

つゆ草の枕屏風の細りごゑ 碧
ふんどし乾く朝の物干し 燕
*初ウ十雑。前の拙句は恋というより、バレ句、ポルノですな。師匠にも「床いそぎが過ぎる」と叱られ、吉原から下町へとひょいと躱された。次が初折(歌仙の前半)の花の定座。「これで花が出せるか」とニヤニヤしている師匠の顔が浮かんだ。

ふんどし乾く朝の物干し 燕
樓上に賊嘯(うそぶ)かむ花の雲 碧
*初ウ十一春。下町に対するに、山の手。物干しに対するに楼閣。朝の光を浴びて、物干しではふんどしが乾いているだろう、楼上では一仕事終えた盗賊が、満開の花を見ながら酒を呑み、詩でも吟じているだろう、という想像。えらく暢気な泥棒だけど。

樓上に賊嘯(うそぶ)かむ花の雲 碧
 わが子を先の釜の生茹で 燕
*初ウ十二雑。前句の「賊」は誰でもいい、いわば〈虚〉の人物なのだが、楼上で嘯く賊と来れば、これは誰でも石川五右衛門を思い出すに決まっている。もっとも南禅寺山門で大見得をする五右衛門だって、歌舞伎の趣向なのだから〈虚〉といえば〈虚〉なのですが。それにしても「生茹で」ということば遣い、今見るとすごいねえ。(続く)




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