贔屓筋

 週末、昔なじみの店で気分良く飯を食べ、そのまま三宮に出て呑んだ・・・まではいいが、席を立とうとした途端に倚子の足につまづいてぶったおれた。あはは酔ったかもねー珍しくとかいいながら立ち上がろうとすると、ママが仰天顔で「動いちゃだめ!」とのたまう。あれ、なんか怒ってんのかなと思ったのがやはり酔っていた証拠で、どこかの角にぶつけたらしく、左耳の後ろのほうからどくどく流血しております。

 あれはもう十年ほど前、こちらが嵐のように呑み狂っていた時期があった。その時分、同じこの店から朝まで呑んで帰ったあと、なんとかその頃住んでいた六甲まで戻った(らしい)はいいが、眼が覚めればというか、気が付けば当方を見下ろして人だかりがしており、その真ん中で婦警さんが「おにーちゃん、大丈夫かっ」と叫んでいる。大丈夫っすよと起き上がってみるになんだか様子が変である。ふと見ると、自分が今まで横たわっていた地面(阪急の駅のスーパー前)に血の染みが広がっている。どうやら駅に着いた安心感と眠気でひっくりかえったその勢いで頭をしたたかコンクリートにぶつけて割ってしまったのであるらしい。

 ママに言われて流血に気付いたとき、あほなことにまず思い出したのがこの、昔の愚行のこと。十年経ってもやること変わってないなあと我ながら可笑しくなって笑っていると、救急隊員が駆けつけてきた。

 「大丈夫ですか」「意識はありますか」と聞かれるのに、こちらは素面(のつもり)で「平気です」「こんな夜更けにお世話様です」と答えている(しかも血を流しながら店の床に横たわって)場面の滑稽さがまた一入で、救急隊員に気付かれないよう、笑いをかみ殺すのに必死だった。

 結局なにもなく(といっても頭のケガでありますから、当ブログもこの記事で打ち止めということになるやもしれませぬ)、とは言えさすがに呑みつづけるのもバツが悪くてタクシーで帰宅。

 翌日はたまたま休みでよかった。というか、休みだと思ってぐいぐい呑んでいたのだが。

 しみるのをこらえつつシャワーで綺麗に傷口を洗浄し、さらにアルコール(呑む分にはあらず)で消毒し、うつぶせになるとやはり痛むので、腹ばいになりつつ一日本を読んで過ごした。デイヴィッド・ソゾノウスキなる未知の作家の『大吸血時代』が面白い。故瀬戸川猛資は「吸血鬼なんざちっとも怖くない」と言っていたが、たしかに血を吸われてどないやねんという気持ちがこちらにもある。だからこの素材は真面目に(?)ホラーするよりも、思い切りよく喜劇仕立てにしたほうが活かせるように思う(キングの『呪われた町』は、あれは吸血鬼のコワサではなく日常生活の圧倒的な描写の力で持っているのである)。吸血鬼が人類にとってかわって地球を支配するようになった世界(ヴァンパイアたちはみなふつうに会社づとめしている)で、一人(?)のヴェテランヴァンパイアが、「牧場」から脱走してきたとおぼしい人間の幼女(他のヴァンパイアに見つかったら即おだぶつである。この世界ではほとんどのヴァンパイアは「生」の人血を知らず、生きた人間は超レアなご馳走なのである)にいつしか父親としての(!)愛情を覚え、彼女を育てていこうと決意するのである。

 アン・ライスの例の「クロニクル」でレスタトがロック・スターになった時も驚いたが、これはそれ以上の趣向である。なにより頭から血を流しながら吸血鬼小説に読みふけるというのが風雅でよろしい。

 その他には工藤庸子『近代ヨーロッパ宗教文化論』(東京大学出版会)。この題名だけだとぞっとしないかもしれませんが、副題に「姦通小説・ナポレオン法典政教分離」とある、と聞くと読みたくなるでしょ?何せ恋愛小説の名作を縦横に引きながらの論考なので、こちらもあちらこちらを飛び回りながらの読書となる。時間はかかりそうだが、なんとか書評にあげたい。

 あとは川合康三桃源郷 中国の楽園思想』(講談社選書メチエ)、それにカルロ・ギンズブルク『糸と痕跡』(みすず書房)などを拾い読み。

 題名の意味が分からない、という向きもありましょう。ここにあげた三人はみな贔屓の学者さんばかりなのであります。工藤さんなら翻訳も素晴らしいが、やはり『プルーストからコレットへ』『恋愛小説のレトリック』。川合さんはこれも大の贔屓である李商隠の校注を岩波文庫で出されてる以上、贔屓になるしかない。ギンズブルクさんは高校の時、けったいな題名に惹かれて読んだ『チーズとうじ虫』に完全にヤラれて以来のファンである。

 みなさまもたまには飲み屋の床にぶっ倒れて、贅沢な読書の一日を味わってみるとよいと存じます。

大吸血時代

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