母のちから

 『いたぎ家』に行くとブラザーズのおかあさまが来てらした、というかこの日は多分いらっしゃるだろうと推測していったのだが。残念ながらおとうさまはお疲れで休んでいるとのことだったが、おかあさまだけでも会えてよかった。ぼくはお二人が大好きなのである(アニー&タクーより好きかもしれない)。あまっさえ連絡先の交換まで出来て、たいへん充実した気分で朝まで呑んだ。今度龍神にも遊びに行きますからね!

 最近では珍しく、小説をよく読んだ気がする。弾みがついたせいか。弾みというのは、新訳が出たのを機に

バルザック『暗黒事件』(柏木隆雄訳、ちくま文庫)を読み直して、物語世界に引きずり込まれ引きずり回されもみくちゃにされたという事情による。バルザックのように、世態風俗をみっちり書き込むような小説家の場合、やっぱり新訳のほうが(注も含め)親切で読みやすい。ヒロインたるサン=シーニュ嬢はもちろんだが、彼女を助ける老侯爵の肖像が、よい。
ジョン・スラデック『ロデリック または若き機械の教育』(「ストレンジ・フィクション」、河出書房新社)・・・偶々ながら少し前に『イエスの幼子時代』を読んでいたので、どうしても対照してしまう。題名どおり、極秘に開発された人工知能を持つロボットの、まあビルドゥングスロマンですな。このロボット、ロデリック少年(?)がじつに可愛い。『幼子時代』のダビードなぞとは比較にならぬ。もちろんその分だけ、ロデリックを取り巻く人間世界はこの上なくグロテスクなものとして描かれる。SF版『ブリキの太鼓』というところか。
ルイージ・マレルバ『皇帝のバラ』(千種堅訳、出帆社)・・・カルヴィーノの『見えない都市』に似て、ただしもう少し大味。
○ミュリエル・スパーク『あなたの自伝、お書きします』(木村政則)・・・スパークは三作目かな。その中ではいちばん肌に合う小説だった。自伝協会なる面妖な団体に就職した主人公(作家志望)は、いつの間にか自分の第一作が協会のボスによって盗用され、あまつさえそれを模したように現実の出来事が起こり始めるというのが大筋だが、スパークだけに、ひ弱なポストモダン的「自己言及」小説にとどまってはいない。なんといっても滴る悪意が素晴らしい。敵役たるボスも、本来なら自分の崇拝者たちの精神を自在に操る怪物的キャラ−似た例をあげるならジョン・ファウルズ『魔術師』のコンチス−になるはずだが、なんやら単なる抜け作にしか見えないのが可笑しい。そのボスの母親(本当はぴんしゃんしているのに、都合が悪くなると失禁してわめき立てる)もいい。主人公と、彼女が旦那を寝取った女(主人公の親友)との、不思議に続く仲の良さもよい。

 小説ではないけど、一気に読めたのが
○エマニュエル・キャレール『リモノフ』(土屋良二訳、中央公論新社)・・・伝記である。何と言ってもエドワルド・リモノフという人物がエグい。スターリン時代にはピオネール(共産党少年団)、成長してはごろつき兼詩人(!)、アメリカでは大富豪の執事役をそつなくこなし、かと思えば一途な恋をし、失恋し(失恋の衝撃のあまり、自分はホモでないといけないと決めて、黒人青年にカマを掘らせる(!))、挙げ句の果てにユーゴ内戦にはゲリラ兵として参加し、ロシアに帰国して右翼の政党を立ち上げ、弾圧・投獄される(弾圧を指示したとおぼしいのはプーチンである)、獄中で「解脱」の体験をしてしまうという、うーむ、なんといっていいかよう分からんおっちゃんである。よう分からんのは、この人物の個性もさることながら、おそらくはロシア的魂なるものがあまりにも我々の理解を超絶していることが大きい。しかし、この本のおもしろさはもっぱら素材の特異さによるのであって、有名な小説家・脚本家であるらしい著者の書き方はもひとつぴんとこなかった。リモノフと自分との関わり、及びリモノフに重ね合わせるように同時期の自分の人生を織り込んでいくという書き方なのだが、ひとことでいえば洒落くさい。イギリス人が書いたならもっと坦々と対象の事跡を追って、しかもロシア的魂の深みをのぞかせてくれるような気がする。ま、ともあれ面白く読める本ではあります。

 その他。
長谷川幸延『たべもの世相史・大阪』(毎日新聞社
○三田純市『大阪弁のある風景 正続』(東方出版)・・・毎日新聞の日曜版に連載されていたはず。子どもの時に毎週楽しみにしていた。今読むと、語源説などはかなりいい加減なものではあるが、さすが道頓堀の芝居茶屋に生まれた人だけあって、大阪弁のニュアンスはくまなくとらえられている。
辻静雄『ブリア-サヴァラン「美味礼賛」を読む』(岩波セミナーブックス)・・・巻末の文献解題だけでも買う価値あり(何の役に立つのかといわれると困りますけど)。岩波文庫の翻訳の誤訳を、礼を失しないようにではあるが、ぴしりと指摘してるところも野次馬的に面白い。この訳者、たしか林達夫にコテンパンにやられてブリュンティエールの文学史を絶版に追い込まれたヒトではなかったか。
○高島幸次『奇想天外だから史実  天神伝承を読み解く』(大阪大学出版会)・・・文献や伝承からどのように“真実”(必ずしも史実ではない)をあぶり出していくかという、頭の働かせ方のテキストにもなっている。
○渡辺恒夫『夢の現象学・入門』(講談社選書メチエ
○宮下規久朗『ヴェネツィア 美の都の一千年』(岩波新書
○鳥海修『文字を作る仕事』(晶文社
関川夏央『人間晩年図巻 1990-94年』(岩波書店)・・・著者自ら言うとおり、山田風太郎の傑作『人間臨終図鑑』の続編(?)である。やはり風太郎さん一流の身も蓋もない名文には及ばないように見えるが、時々風太郎節らしき音色が聞こえるのが可笑しい。
藤巻一保『アマテラス 真の原像を探る』(原書房
原武史『皇后考』(講談社)・・・今頃なにさ、と言われるだろうが、いやー面白かった。貞明皇后の肖像がすばらしく面白い。もちろん比喩的にだが、完全にこの皇后、B型人間である。悪ノリする割にはけろっと変わってしまうのだ。夫に変わって(あるいは夫を継いで)女帝として君臨したいというハチャメチャな構想もすごいが、それをもっと過激に敷衍してしまうのが折口信夫(『女帝考』)である。このあたり、息も出来ぬくらいにスリリングであった。いやーそれにしても貞明皇后昭和天皇との関係、これは絶対に小説向きですよ。誰も書く勇気ないかもしれないけど。
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