ウォーかく戦えり

 今月は誰がなんと言おうとウォーの『つわものども』(小山太一訳、白水社)。これは第二次世界大戦を舞台にした「名誉の剣」三部作の一作目。訳者あとがきを見て驚いたのだが、ウォーの邦訳は、『ヘレナ』のような愚作も含め、すべて読んでいたのだった。優雅にして滑稽、辛辣なのは戦前の作風に同じ。思えば『ブライズヘッド』はウォーが唯一失敗も厭わず書いて「しまった」作ではあった(この失敗を、鯨馬は鍾愛している)。ただしこの滑稽や辛辣を諷刺・批判といったあまり上等ではない精神の構えに還元してはならないので、題材が題材だけに、“平生”が平生であり続けられなくなる、あるいは歴史が事実の重みに耐えかねてきしみをたてる、その有様自体を滑稽とみる視線こそが肝要なのである。

 とことごとしく書くのも莫迦莫迦しくなるような、すばらしく面白い小説です。『キャッチ=22』を愉しんだ人は是非どうぞ。いや、『裸者と死者』『俘虜記』『神聖喜劇』の読者にも、にこそおすすめします。

 ついでに気がついたことひとつ。小山さんの訳はいつもどおりに暢達なものだが、本作の会話、特に男の話しことばは『黒いいたずら』の吉田健一訳(訳者あとがきで言及がある)の口調を参考にしたのではないか。

 で、その他の本。
恩田陸『Q&A』(幻冬舎)・・・最後、後日譚に綺麗に収束していくところが少しく迫力不足だったけれど、やっぱり上手いなあ。
この著者では『EPITAPH東京』や本作の系統が好き。
○『おとぎ話の絵画史』(辰巳出版
○『ルネ・シャール全集』(吉本素子訳、青土社)・・・以前西永良成さんによる選集を読んで感嘆した覚えがある。大変な労作である。シュルレアリスムと手を切ったあとの詩がことに素晴らしい。これ、難解なのか。
○小川剛生『二条良基』(吉川弘文館人物叢書)・・・小川さんの本は全部買いである。
○佐野典代『ものがたり茶と中国の思想』(平凡社
○津田良夫・安居院宣昭編『衛生動物の事典』(朝倉書店)・・・「衛生動物」とは蚊やゴキブリのこと。非常に面白かったが、さすがに飯を食いながら読めなかった(いつも食卓には本)。
○ヘレナ・ローゼンブラット『リベラリズム 失われた歴史と現在』(三牧聖子・川上洋平訳、青土社)・・・元々ラテン語キケロなど)の用法では、「寛大さ、気前の良さ」という意味で、必ず道徳的責務が伴うという概念だったらしい。こういう歴史的追跡は意外な切り口を見せてくれるのでありがたい。翻訳も良い。
○『本を読む。 松山巌書評集』(西田書店)・・・九百ページもありますの。おかげで読書メモが増えて増えて仕方がない。
ジョン・スラデック『蒸気駆動の少年』(柳下毅一郎訳、河出書房新社奇想コレクション」)・・・『ロデリック』があまりに面白かったので短篇集も読んでみた。いいねえ、このスピード感。ヘンゼルとグレーテルの暗黒版(?)が圧巻。
○さとうかよこ『鉱物きらら手帖』(廣済堂出版
鶴岡真弓編『芸術人類学講義』(ちくま新書
鹿島茂『「失われた時を求めて」の完読を求めて』(PHP研究所)・・・今月は誰がなんと言おうと・・・は使ってしまったが、そうそう!待ってたのよ、こんな本!しかも著者は鹿島茂でないといかんのよ!これだけ闊達に(しかも、じつは周到なのですぞ)プルーストを語れる人は、少なくとも日本では鹿島さん以外には考えられない。「スワン家の方へ」は大好きな巻だから(「ソドムとゴモラ」には劣るが)、堪能しました。岩波文庫吉川一義さんの訳だとまた少し違う角度からの照明も当たるんだろうなあ。
○『フジモトマサルの仕事』(平凡社)・・・2015年に急逝されていたとは知らなんだ。『ちくま』の表紙絵がずらっと並んだページがああもううも言わさず陶然とさせられる。毎日新聞「今週の本棚」の和田誠に匹敵する仕事ではないか。合掌。