あるいはC1000タケダで一杯の風呂~青森初見参②~

 駅前から八甲田山酸ヶ湯温泉行きのバスが出る。夏は十和田まで抜けるそうだが、冬は酸ヶ湯止まりとのこと。常客は当方ともう一人だけ。いやが上にも旅情が高まる設定ですねえ。もう一人がオッサンではなく女子大生だと更に高まっていたのですが。


 市内はまあ、昨日経験した程度の積雪。ところが三内丸山遺跡を過ぎるころからぐんぐん周りの白さがましてゆき、八甲田に入ると上方根生いの人間は思考が停止してしまう。道路の両側はバスの窓近くまで雪の壁が延々と連なり(これでも例年に比べると低いそう)、その先はどこまでも白い平面。そこに目路の限り葉を落としたブナ(これこそ関西では普通には見られない樹だ)が立ち並ぶ。ブナの黒と白とだけの世界。ブリューゲルの絵の中に迷い込んだような非現実感で、呆けたようになっておりました。


 途中スキー場で小憩(ロープウェイは風のため運休)。運転手もタバコを吸いに外に出てくる。運転手氏曰く「ここらで今の気温がマイナス五六度。酸ヶ湯までいくとさらに下がる」。寒冷フェチとしては恍惚としてしまう。また聞き捨てに出来ない情報も教えてくれた。「酸ヶ湯は混浴だよ」。なんと。「ま、全体に湯気がすごくて何にも見えないけども」。なんと。


 目的地に着くと、果たして雪雪雪のただ中に旅館があった。ずいぶん大きな造りで、宿の説明書きを見るに登山客やスキー客だけでなく、湯治客も多いらしい(湯治客専門の宿舎もある)。


 ともあれまずは湯である。混浴ときいて舌なめずりする年齢(つまりは中高年)でもなく、逆に混浴ときいて怖じ気をふるう今の草食性というか植物性若者でもない世代の鯨馬、粛々として「千人風呂」なる大浴場に向かう。


 湯気がすごい。そして明かりも暗い。「何」かが見えるどころか、三四メートル先に人がいるのかどうかさえ見分けがたいほどである。湯の匂いも「硫黄ようさん入れてまっせぇ」という主張の強さ。こりゃあ効きそうだわ。


 「熱の湯」にそろりそろりと体をしずめる。割合熱くない。顔を洗うと湯がしみる。比喩的な意味ではなく、文字通りに目が痛い。いやまじこれやばいいたいいたいいたい。ひとすくい口に含んでみると、案の定ライムジュースといおうかC1000タケダといおうか、とにかく強烈にすっぱい。色もまさにヴィタミン飲料の色をしておりました。こりゃあ効かねば嘘だわ。


 「熱の湯」と打たせ湯と「四分六の湯」とに交互に入る。泉質はそうでも、湯温はさほどでもない。じんわりとライム果汁が体にしみこんでいく。うっとりと目を閉じる。つい目の先にいる(やもしれぬ)オバハンの裸体から目を背けている訳ではない。目を開けたまま天井を見上げると、ともかく目が痛いのである。それさえ除けば法悦ここに極まれり、という感じ。一と月もここで湯治したら鯨馬も新田次郎並みの傑作をものすることが出来るのではないか、と妄想に駆られる。極上の湯に浸かりながら、壁一枚向こうの冷たさ・雪の色を思い描くと、一層ニルヴァーナ的心境が深まっていくのだ。これは一句ひねり出さねばなるまい。雪の上塩と砂糖をなめてみる。いやこれはどこかで聞いたな。降る雪や平成は遠くなりにけり。いや、遠くなるのは来年の話だった。などとぶつぶつ言ってるのが楽しくて、だから混浴などどうでも良いのである。

 

 

 

 ホントに、どうでもいいのですよ。

 

 


 じんじんする体で、旅館内の蕎麦屋で食事。八甲田の湧き水をまずぐいーっと一杯。甘露甘露。次いでビールをくいーっと。甘露甘露。赤蕪漬と胡瓜の醤油漬、茄子の塩漬けも塩梅もよし。蕎麦(濃い目に煮込んだ鳥肉と葱、きのこ入り)もよし。あの、おねえさん地酒を冷やでいっぱいください。あのおねえさんお酒おかわりを。温泉玉子もください。ねえさんおかわり。


 帰りのバスでは、すぐにことんと眠りにおちていた。


 空は昨日と同じようにくらいが、夕食までまだ時間がある。ということで吉例の古本屋めぐり。一軒目は特に言うことなし。二軒目はまことにいい本屋でした。隅から隅まで店主の好みで統一されており、文庫一冊もよく吟味してある。うかがうと、店主はもと新刊書店につとめており、定年を期に古本屋を始めたとのこと。果たして「いちばんはじめは、『どうせいつかは処分しないといけないのだから』と、自分の蔵書を全部店に出しました」らしい。だから趣味が一本通っているわけですね。鯨馬は『世界のライトヴァース』『日本のライトヴァース』それぞれの揃を買った。探していたシリーズなので、割合安く手に入ってたいへん嬉しい。


 気温はぐんぐん(という表現は変かも知れないが)低くなっていってるというのに、探し物に巡り会えたうれしさで気にならず、町歩きの続き。土産ものも買って発送してしまう。


 夕食はさほど感心しなかったので店名は記さず。もっとも、この大時化でろくに魚も出てなかったろうから、この日だけの判断で評価を決めるのはちと酷だろう。二品ほど取って店を出、定食やみたいなところで鱈の味噌汁やら帆立のフライやら漬け物やらで飲み直す。その後昨日のバーへ。バーボンを飲みながら、沢口靖子似の、いかにも秋田美人というバーテンさんに「酸ヶ湯はすごい」とやや昂奮ぎみに報告する。もう一軒回ることも出来る時間ながら、約束があったのでホテルへ戻る。


 翌朝。六時半に朝食。お粥や炒り卵、大間のわさび漬けなど。味噌汁も熱々なのが嬉しい。部屋に戻って二度寝する。それにしても中学生とその親がなんであんなにおったんだろうか。受験の日だったのかな?

 

 空港行きのバスにはまだ余裕がある。古川町という、昔ながらの商店街にある市場を覗いてみる。煮魚で定食、でビール、おあと熱燗。という段取りを勝手につけていたのだが、見るにどの店も「のっけ丼用」として、アルミのパックに鮪やらホタテやらの刺身を一二片いれて売っている。各店で魚を買い、それを食事処に持って行って、飯に載せて食うというシステムであるらしい。店で魚を選べるのが少し目新しいと言えば言えるが、要するにこちらの嫌いな海鮮丼である。地元のオッチャンオバチャンが、焼き魚や煮魚より海鮮丼を好んで食ってる訳がないと思うんだがな。

 

 というわけで、結局駅弁のちらし寿司(これは好物)を買い、空港で食べた。


 「菜の花」の、山菜沢山の献立、八甲田のブナが一斉に若芽をふいた光景・・・と想像してみる。春に休暇、とれないものか。いや、それももちろんいいけど、やはりあの暗い海、粉雪を巻き上げて吹く風、音一つない雪の壁、当分脳裏を離れそうにない。

 

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