酔仙歌仙

 小説家丸谷才一は玩亭という俳号を持つ。句集もたしかふたつ出しているが、それよりも連句の方で名高い。ふるくは夷齋石川淳・流火安東次男、晩年は大岡信・乙三岡野弘彦といった人たちと一座している。鯨馬が宗匠役で巻いた歌仙記録を差し上げたところ、礼状が届いたというはなしは一度書いた(「精励恪勤」)。その末尾にいわく、「でもやはり歌仙は一堂に会してなさるのが本筋ですよ」。新型ウイルス騒動よりずっと以前のことだからリモートを意識していたわけではないけど、互いの多忙を言い訳にして、文音(手紙などで付句をやり取りする方式)でばかり巻いていたのは、やっぱり「本筋」ではなかったなあ、と反省する。

 というのは、先日神戸の友人たちと拙宅にて「一堂に会して」興行したのだが、これがまあやたらに愉しかったのである。芭蕉翁の戒めに拘らず、酒も肴もふんだんに出す。それで酔っ払ったからというわけではけしてなく、ときに箸をあやつりときに盃を口に運び、そしてもちろん談論風発、優に雅な話柄から俗の俗なるゴシップまで乱れ飛ぶその合間に腕を組んで句を案じる趣が堪えられない。

 といってもやっぱり多少(?)は回ってるから、あとから見返すと我ながらいやになるくらいの稚拙なミスや月並みな付けが目立つけれど、それ以上に一座で同じ空気を吸いながらぐんぐんスイングしていく感じはメイル歌仙(最近はLINE歌仙)ではけして味わえないものだった。次はいつにしようか、ともう考え始めているほど。

 ここでは歌仙ではなく、久々に気合入れた料理の献立を記しておく。

*向付(代わり)……生海胆と滑子の柚釜。生海胆はもちろんのこと三陸産(八戸産は見つけられず)の塩水海胆。
*汁(代わり)……ミズの水もの。ミズは別名うわばみ草。当方は青森の食堂でこれを知った。全くアクの無い蕗みたいで、さくさくした歯触りがいかにも涼しげな山菜。水ものもその食堂で教えてもらった。昆布を浸けた水に、さっと湯がいて色出ししたミズを数時間浸けて出す。鷹の爪も小口切りで。冷たくして出すので、洒落た夏の吸物になります。上方にはないものなので、喜んで頂けた。
*飯(代わり)……若生おむすび。津軽の伝統的な作り方だと中は白飯だけど、今回は生姜飯。
*造り(代わり)……鰯の卯の花漬。鰯は三枚に下ろし、塩して三時間⇒酢洗い後、酒・酢に浸けて一晩。卯の花は乾煎り⇒酒・塩・酢・昆布出汁でさらさらするまで炊く。仕上がりどきに人参の繊切りと人参葉のこまごまを混ぜる。鰯の腹に卯の花を詰めて一晩置く。出すときは一口大に切って。卯の花「鮨」ではなく「漬」がミソで、一晩置いて味をなじませる。これは発酵ものと言えるのかな?
*椀盛……鱧とじゅんさいの清汁仕立て。吸口は柚大へぎ。
*焼物(代わり)……焼き穴子の山葵和え。湯がいた三つ葉を刻み、炙った穴子と混ぜ、淡口・酢・山葵を直前にかける。天盛りにはこれも焙りたての海苔をもんで。穴子・山葵・三つ葉・海苔で香気の勢揃え。鯨馬が考える最上等の酒の肴。
*煮物(代わり)……すき昆布と身欠き鰊の煮物。酒・濃口・味醂(少々)でややこっくりめに。すき昆布はもちろんのこと八戸産。
*焚合(代わり)……白和え。これを焚合代わりとするのは、今回具材とした木耳・銀杏・三度豆・芹・干し椎茸・干し茄子それぞれを別に炊いたから。やたらめったら手のかかったひと品で、「本日のスペシャリテです」と言ってお出しした。
*強肴(一)……蛸おくら梅肉和え。たたいた梅肉は煮切酒でゆるめる。黒胡麻も混ぜる。蛸はもちろん八戸産の水蛸・・・ではなく我らが明石蛸也。『Casa del Cibo』の池見シェフ、すいません!
*強肴(二)……小芋辛子和え。小芋は昆布出汁で茹でておく。白味噌に辛子と淡口少々。本来なら摺り柚が出会いなのだけど、もう柚は使ってるから、今回は青海苔を振って出した。神戸の誇る名居酒屋『金盃森井』のうつしである。本歌はうんと上品な味付けですがね。鯨馬の好みで辛子を効かせた。
*強肴(三)……ずいき酢味噌和え。なんか和え物ばかりだけど、汁やら揚げ物やらは、連句しながらはどうにも手がかかりすぎる。これは言うまでもないだろうが、ちべたーーくして出すのが肝腎。
*強肴(四)……糠漬け。茄子、胡瓜、茗荷、人参。


ヨナス・ヨナソン『華麗な復讐株式会社』(中村久里子訳、西村書店)……今どき珍重すべき古風な因果ばなしにして(悪口にあらず)、ブラック・コメディ。しかしこの邦題なんとかならんかったのか。
○ギョーム・アポリネール『腐ってゆく魔術師』(窪田般彌訳、沖積舎)……アポリネールにこんな作品あったんや!怪物・妖魔・魔術師総出演という趣だけど、フロベールの『聖アントワーヌの誘惑』みたいにあぶらっこくなく、洒落ていて、どこかメーテルリンクさえ連想させるけだるさがよい。
○尼ヶ崎彬『利休の黒』(尼ヶ崎彬セレクション1、花鳥社)……選集を出すにあたっての書き下ろしだそうな。
○下橋敬長『幕末の宮廷』(羽倉敬尚注・解説、平凡社東洋文庫)……畏友のブログで知った。細部の情報がじつに面白い。なにかと幕府からみそっかす扱い受けてたというイメージしかない江戸時代の宮廷だけど、むしろ一切の「実」を喪失してこそ「名」、つまり有職・儀式への妄執めいたこだわりが輝き出すんだなあ。あと、著者の語り口も幕末の京の雰囲気を伝えて貴重。
○山本幸司『狡智の文化史』(岩波現代文庫
島薗進『日本仏教の社会倫理』(岩波現代文庫
○飯田真・中井久夫『天才の精神病理』(岩波現代文庫
幸徳秋水『兆民先生 他八篇』(梅森直之校注、岩波文庫)……秋水(そして兆民)、こんなに漢籍の教養を重視してたとは。たしかにアナーキズムの檄文には漢文の錚々と鳴る調子がふさわしいのかも。
○西田知己『大江戸虫図鑑』(東京堂出版
坂田明『私説ミジンコ大全』(晶文社)……いまベランダで当方もミジンコを飼ってというか熱帯魚の餌用に培養していて、その一助にもなるかと思って読んでみると、目が点になる詳細さ。坂田さんがミジンコの大家(?)とはかねて仄聞していたけど、これほどとは。専門家三氏との対談でも一歩も引けを取ってない。すごい。坂田明万歳。そしてミジンコ万歳。