軽薄さについて

 コロ助の騒動も傍目に見て過ごしたような感じだったが、やっぱり三年近く足枷つけられてたら習い性になるもんですな。最近すっかり家居が日常に(日本語おかしいか)なってしまった。

 無論この間に引越で眺望絶佳・交通絶望の地に移ってきた、ということはある。顧みればしかし、これまで住んだのは神戸市バスで言えば2系統・7系統とかくれもない「山際路線」沿線であって(今は11系統)、殊更不便になったわけではない。ま、トシのせいなんですがね、気分良く酔って帰ってるつもりでも、坂道ですっころんで前歯を欠いたりマンションの階段でずっこけて額を(とぶら提げていた一升瓶も)割ったり、なんだか我と我が身が厭になって引きこもってる気配なしとせず。

 これは精神衛生上甚だ以ていかがわしき事態である。どうせ肉体的には散々すっころんでずっこけてんだから、来年はひとつ持ち前の軽佻浮薄を存分にまき散らそう、と堅く誓う。すなわち夜遊びに励むべし。これが抱負であります。皆様もよいお年をお迎えください。

○岡本裕一朗『哲学100の基本』(東洋経済新報社
林望武田美穂リンボウ先生のなるほど古典はおもしろい!』(理論社
里中哲彦『ずばり池波正太郎』(文春文庫)……闊達。でも歴史学者の難癖やイデオロギー史観に対して池波正太郎を称揚する段は力み返っていて、ややミイラ取りがミイラになった感あり。惜しい。
吉川幸次郎『中国詩史』(高橋和巳編、ちくま学芸文庫)……諸処の論文をあつめて編んだ集なのに、大河流るるがごとく一貫した眼貫いており、まさしく「詩史」の趣。司馬相如・孔融阮籍といった(こちらにしてみれば)マイナー級の連中を丁寧に論じてくれているのも有難い。岩波文庫の『文選』、買わねば。
小玉祥子『艶やかに 尾上菊五郎聞き書き』(毎日新聞出版)……なんだこのさばさばし(すぎ)た語り口!東京ものの照れはあるんだろうけど。先々代の中村屋成駒屋といったうんとこゆい先輩達を見上げてきた世代だとこうなるのかな。
○渡辺佳延『知の歴史』(現代書館
○ロイ・W・ペレット『インド哲学入門』(加藤隆宏訳、ミネルヴァ書房
○田村美由紀『口述筆記する文学 書くことの代行とジェンダー』(名古屋大学出版会)……端正に切り回している。なくもがなのPC的遁辞はちと煩い。武田泰淳・百合子の章はやや苦笑気味に投げ出してる雰囲気があり、それがよろしい。
○アーノルド・ゼイブル『カフェ・シェヘラザード』(菅野賢治訳、共和国)
泉鏡花記念館・泉鏡花研究会『泉鏡花生誕一五〇年記念 鏡花の家』(平凡社)……大病と逗子寓居以前はあの潔癖症はなかったらしい。三島由紀夫の「蟹」と同じく作り上げられた、かくあらねばならぬという意味での、理念としての嗜好なのかもしれない。にしても、兎のコレクション、やっぱり可愛らしいな。
○宇江敏勝『炭焼日記 吉野熊野の山から』(新宿書房)……今流行りの「山の怪談」も、野生動物の生態すらほとんど出てこないが、じつに面白い。人間(じんかん)の交わりから遠ざかりひたすら山仕事に打ち込む(あとは焼酎を飲んで寝るだけ。仲間との交流もほとんどない)姿に惹きつけられるせいだろうか。沢山本を出しているようだからしばらく追いかけてみる。
○若野康玄『大阪アンダーワールド』(徳間書店)……伝説の暴走族ゴロシやダルヴィッシュの弟などの列伝。その筋の人の書く文章って、不思議と体臭がむうっとくるだけのものよりも、観念的な(貶下的な意味にあらず)見方・表現の方に変な面白さがある。続編、期待してます。
小泉武夫『幻の料亭・日本橋「百川」』(新潮社)
ジョン・スラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』(鯨井久志訳、竹書房文庫)
松尾剛次『破戒と男色の仏教史』(平凡社ライブラリー
○ミチコ・カクタニ『エクス・リブリス』(橘明美訳、集英社)……当方は初見参の米国の高名な批評家、だがもひとつぴんとこない。毒舌で鳴らしたそうだが、それより啓蒙的な口ぶり、というかいかにももっともな「現代的位置づけ」に鼻白む。分量が少なくて、じっくり味わい存分に意見を展開するという批評文になってない?ピンチョンからは『メイスン&ディクスン』、コーマック・マッカーシーでは『ブラッド・メリディアン』など、趣味は合うはずなんだけどな。
富士川義之『きまぐれな読書―現代イギリス文学の魅力』(みすず書房)……こちらは隅から隅まで堪能。シリル・コノリーやピーター・クェネルといった贔屓筋周辺の話題が多いのも嬉しい。書評以外のエッセイも富士川さんらしくゆったりと品が良くて、しかもいっぱい本が買いたくなる(読書エッセイの質は大抵ここで判別できる)。Amazonでぽちぽち~おまけにもひとつぽちぽちっとな。
○戸矢学『熊楠の神』(方丈社)
○並木浩一・奥泉光旧約聖書がわかる本   <対話>でひもとくその世界』(河出新書)……今回の秀逸はこれ!超越神と対話性との逆説的結びつきや預言者の個性など、毎ページ付箋を貼りたくなるくらい面白い。それにしてもICUで聖書学を学んだとはいえ、奥泉さん、すごいなあ。専門家(奥泉さんの大学の先生)を相手にここまで語れるとは。
京樂真帆子『牛車で行こう!』(吉川弘文館
釈徹宗・高島幸次『大阪の神さん仏さん』(140B)
ウィリアム・トレヴァー『ディンマスの子供たち』(宮脇孝雄訳、国書刊行会)……贔屓役者となったトレヴァー。年末年始は暖冬らしいですから、この長篇で身の毛をよだてるというのも風流なのではないでしょうか。