南部ひとり旅(3) 迷宮にふみこむ

 舘鼻の岸壁朝市には、ま、色々あって行かず。種差海岸とともに、次八戸に遊んだ時の楽しみとしておく。朝市の代わりに、看護師が教えてくれた八食センターへ足を向けた。中心街からタクシーで二十分くらいか。水田のまん中に無闇にでかい建物が立っている。

 

 

 早くいえば、小売専門の市場。八戸のように海産物が豊富なところだと、これは同時に一大土産もの屋ということにもなる。中には飲食施設もある。当方の印象では地元四割観光六割というところか。暖かい日曜の昼間ともあってかなりの賑わい。

 

 

 目玉は場内に設けられた屋内型バーベキューとでもいうか、市場で買ってきた魚介を七輪で焼いて食べられる区域があって、広い空間は既に七分ほどの入り。

 

 

 ともあれ肝腎のブツを見なくてはな。センターに足を踏み入れた時から直観的にわかっていたのだが、ここは鯨馬のような市場好きにはこたえられない楽園であった。

 

 

 なにしろ魚の量と質が違う。たとえば鰈。この時期の関西で鰈といえば目板だが、それはどこにも見かけず。かわりにオイランガレイだのナメタガレイだのがぬらぬら光るからだを並べている。鮟鱇、鱈は言うまでもない。そのどれもが、ちまちました切り身でなく、小さくともブツ切り、大抵はごろんと巨体を横たえている。その他に海藻と貝類の種類の多さよ。

 

 

 七輪でいい加減に炙り、あぶらの滲んだやつをじゅっと噛みしめ、生ビール(冷酒)をぐいっとやったら無上の快楽であろうことは容易に想像出来るけれど、先ほどのバーベキューコーナーの混み具合を思い返して鼻白む。日曜の昼ひなかから、目つきのよろしくないオッサンひとり、魚や貝を焼いてはひっきりなしに酒をあおりつけてる光景、端はどう見るであろうか。

 

 

 いじましく人目を気にしているようだが、そこは年相応に面の皮も発達してきているから照れや恥ずかしさはない。ただ、隣や向かいの家族連れやカップルがこう思っているだろうな、と思いつつ酒を呑んでると、「『こういうことを全く気にしてないんだぜ、このオレは』と見せつけたがってるのかしら、このヒト」と思われないかな、と思うと気ぶっせいなのである。これをしも中二病というのかどうか、それは分からんが、一人でゆったりスペースを取っているとさぞかし周囲の視線がとげとげしかろうと推測し、屋内バーベキューは断念して、屋内ピクニックに方針を切り換えた。ま、だいたい、いくら「一枚から販売します」であろうと、烏賊でも鰈でも大ぶりのヤツひと品だけで満腹しちまうだろうしな。蛤なんかごろんと巨大なのが六~七個入ったのが最小単位なのですぞ。実に・・・じつに悔しかったです。

 

 

 煮魚や発酵食品の類いが売ってなかったのを瑕瑾として、ピクニックはそれとして実に豪奢なものとなった。烏賊の天ぷら、ホタテのフライ、カナガシラの唐揚げ、卵の巻焼き、焼き鯖、殻付き生海胆、漬け物盛り合わせ。共有通路の卓上いっぱいにこのオカズを並べ、缶ビールを二本に冷酒二本、最後にハイボールをゆっくり呑む(すぐ隣が酒屋)。回りでは中学生がラーメン啜ったり大学生のグループがちまちま海鮮丼などをつついている。結果的にはバーベキューしているよりも、よほど周囲から浮き上がっていたのでした。

 

 

 魚はどれも欲しかったが、いくら冷蔵技術が進んだといっても、ここから神戸に持ち帰ったのでは真価を堪能できないだろう。いさぎよく生鮮は断念し、代わりに「すき昆布」(昆布を細かく刻んで海苔状にすいたもの)と同じく菊を板状に乾したの、それに青森名産の焼き干し(極上の出汁がひける)を自分の土産とした。諦めがついたのは、八戸再訪をこの時には確信していたからである。

 

 

 豪奢な昼の宴のあおりで夜はごく控えめ・・・のつもりだったが、鯨汁がめっぽう旨く、熱燗を何度も何度もお代わりすることに。皮鯨を主たる実として、笹がき牛蒡・キャベツ・人参・凍み豆腐がたっぷり入った汁を、ごく薄味の味噌仕立てとしている。この夜も生暖かいくらいだったが、極寒の夜にこれを啜ったら夢ごこちになること間違いない。そしてその時、鯨汁の椀のよこには、細かい脂をきらきらとみにまとった前沖の鯖の刺身、鰊の切り込み、鮑の塩辛、せんべい汁が並んでいる。地上の楽園ここにあり。そして楽園では例の闊達な看護師が横にいて、大声で笑いながらどくどくと酒を注いでくれるのである。

 

 

 その南部人がこき下ろすところの青森、つまり津軽の代表的な町で今回の旅を切り上げることになったのは皮肉なことではある。これはこっそり言わねばなるまいが、駅前の食堂で取ったホタテのフライも、市場裏のオバチャンのおでんも、まちなか温泉の茶色がっかった湯の肌触りも、まったくもって結構なものでありました。

 

 

 

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