うにときうりの祭~八戸旅日記(3)~

 三年前(もう八戸に惚れ込んで三年にもなるのだ)、はじめて種差海岸に行った時は七月にも関わらず吹き付ける冷たい霧にこれがやませかと感銘を受けたのだが、今回はそれ以上だった。海を向いて一分も経たず眼鏡がべたべたになるほど、霧の流れがきつく、また濃い。三十メートルも離れれば白い闇のなか。海も大荒れに荒れていて、音がすごい。

 なめらかに広がる芝生とその上を奔る霧と向こうに荒れ狂う波と。たしかにこれは日本の他のどこでも見られはしない風景で、『波光食堂』が開店するまでの一時間半はあっという間に過ぎていた。

 ここは八戸の複数の知り合いが「海胆の店」と教えてくれたところ。やませですっかり体が冷えてしまったが、奇妙に喉だけは渇いているのでまずは生ビールかけつけ二杯。落ち着いたところにどやどやっと注文の品が来る。酒に切り替えてゆっくりつつく。

《刺身盛り合わせ》帆立、中とろ、しまあじ、牡丹海老、つぶ貝、鮑。やはり貝類がよろしい。鮑が旨かったので水貝でお代わり。
《生海胆丼といちご煮セット》海胆丼にも鮑が入ってた。飯はあらかじめ言っておいたので、なすくった程度。海胆はやはりよろしかったので、生海胆でお代わり。いちご煮(海胆と鮑の吸物。大葉が薬味)も酒の肴としては極上の部類である。酒をどんどんお代わりする。平日のせいか、思ってたより立て込まず、のんびり呑めた。


 夜は移転した『鮨 瑞穂』。
○枝豆、糠塚胡瓜、ばっけみそ※自家製
○鮑水貝(蓴菜とトマト)
○ホヤ
○鯨の自家製スモーク
対馬穴子の白焼き※山椒は庭木から取ってきたもの
○鮨五貫、玉子、しじみのお椀
 お店は洒落たつくりで、大将も若大将もいきいきはたらいてらっしゃるのがいい。アテもよろしい。週末とはいえ満席の賑わいで、既にして八戸の名店の風格。

 二軒目は『酒BAR ツナグ』。ここの店だとむしろ八戸の酒にこだわって呑むのは勿体ないので、この夜も全国の銘酒を愉しんだあと(『こもりくの里』がちょっと良かった)、三十年(!)物という味醂をいただく。そのままソースとして、ローストビーフにでも使えそうな、甘くて苦くて芳潤な逸品でした。

 みろく横丁はこのところご無沙汰気味でしたが、深夜のぞいて見ると人通りがだいぶ戻っているようで喜ばしい。新たに出店した『おでん いし井』で相も変わらずハイボールをがぶがぶやっているときに出会ったお二人が、以前からInstagramでフォローしていた方だと分かって双方驚く。驚きついでに更にハイボールがぶがぶ。

 みろくの繁盛で気をよくして調子に乗り、深夜のおいたが過ぎて翌朝は飯抜き。朝から銭湯で体調も心も入れ替えて、久々の十六日町『鶴よし』。おそれていた程混んでなかったので、カウンターの端っこにてゆっくり昼酒。「鰯の和風アヒージョ」も旨かったが(ただしニンニクの香りはかなり強烈)、なんといっても蕎麦ぬか漬けが素晴らしい。文字通り、蕎麦を挽いたときに出るヌカで漬けてあり、だから心地よい酸味と発酵系の旨味のあとにまぼろしのように蕎麦の香りがよぎっていく。種類も分量も多くて、いくらでも呑める気がする。勘定のとき長居をわびると「旅先で昼から、好みの肴でゆっくりと。これこそ幸せってもんですよ」と。次はえんぶりの時に来て、ここの名物である天然真鴨で、やはり昼からゆっくりやる。蕎麦ぬか漬けも忘れない。

 そうそう、えんぶりといえば、またも愛する八戸に来られた御礼を申さねば。というわけで、昼から長者山新羅神社にお参り。夕景までは目的もなく町なかをぶらぶら。ブックセンターで青森グルメ(?)マンガ『めじゃめし』の新刊を買い、銭湯に寄ってからホテルで読む。今までは八戸に対する扱いが冷淡なのが気にくわなかったけど、だいぶバランスが取れてきてよろしい(抗議の声もかなり上がったのではないか)。

 夜は陸奥湊の『湊のいろは二代目』へ。サメ酢和え、雀焼き、鯨汁などで端然と、かつまた猛然と呑む。横に座ったニイチャンは地元在のYouTuberらしい。どうしたらチャンネル登録者が増えるか悩む若者に、冗談交じりのアイデアを怒濤の如く投げつける。上方モンはこーゆーことになるとえらくアタマが回るものであります。

 二軒目『大衆酒場源氏』再訪。味のあるマスター夫婦に迎えられて焼き鳥をつまむ。なぜかタイ風海老カレーなんぞも出てくる。そのためか知らんが、また持ち直して、やっぱり深夜のみろく横丁で「うにっ!」「糠塚きゅうりっ!」とさんざんほたえたおしたのでありました。