サバトからワルプルギスへ

 大好きな町に三泊四日なんて瞬きの間のようなもの。新店開拓は今度二週間くらい滞在するときに回して(それでも足りるかしら)、ひたすら馴染みの店で食べる。よってこの日の夜は楢館向かいの『鮨 瑞穂』。

 鯨頬肉(豪壮)や時知らずの粕漬け(しっとり)などで呑む。しかしやっぱりこの季節だとホヤである。もちろん新物を無論目の前で剥いてもらい、言うまでもなく酢もレモンも添えずに食べる。口の中に大海があるようで、ある意味鯨と堂々張り合うだけの強さがある。鮨は槍烏賊・海胆(面白いことを聞いた。当然八戸産なのだが、漁師によって、並べ方が全く違うのだそう。実際、二つを見せてもらうと素人玄人みたいに丁寧さの差が明らか)・まぐろ(鮨や食うとまぐろは旨いなあと思う)・小鰭・北寄貝(尤物)・のどぐろ・鰺・蒸し穴子・煮蛤。「二軒目三軒目といらっしゃるでしょうから」と若主人が控えめにしてくれた。

 その通り、当方やる気充分だったのですけど、実際には三軒目に到達出来ず。酔い潰れた訳ではない。みろく横丁の『おでん いし井』でいつも通りハイボールをがぶがぶやっていたところ、この日でめでたく二十才になるという女性があらわれ、なんだかわからないうちに誕生日パーティーが始まった。軽佻浮薄を絵に画いたような人間も一緒になってポンパドールなどを開けていると、三宮のクラブで呑んでんだか八戸の横丁なんだか・・・・・・。

 大暴れしてもいつも通り五時に起きてしまう。ホテルの朝食をゆーっくり食べながら昼飯に何を食おうかと思案。

*「ランチ」は何かと慌ただしい。
*八戸の勤め人の席を占拠するのも気が差す。
*浜の方は昨日行った。

 という条件で八食センター。週末だったが早い時間だったので混雑はない。まず市場をぐるぐる回って買う物と順番をおおまかに考える。これが大事で、座りのよくない平皿に汁気のモノを入れたのなんか持ち歩くと食べるころには悲惨な事態になっている。

 という風に、かなり使い勝手を体得してきた。以下、八戸の八食に初見参という方のために心覚えを記しておきます。

*七厘村は避ける……大人数ならいいかもしれない。なにせ鯖にしても鰈にしてもブツがでかいので大概は食い余す。貝をちょぴっと焼くだけに入るのは莫迦莫迦しい。肉を焼くなら他所でも出来る!
*外に席を取る……極寒の時期や大雨の日を除けば、風は気持ちいいし人通り少ないし、余程気分良く飲み食い出来ます。
*こまめに買い物する……外の席でも、貴重品さえ身につけておけば箸や皿はそのままで大丈夫。今回の鯨馬は「ひとりコース仕立て」で、アルコールの缶・瓶をひとつ空けながらひと品を平らげてはまた中に物色しにいくを繰り返していました。
*食材以外は百均などで買っておく……八食の向かいにもあります。ウェットティシューだとか爪楊枝だとか椀だとかは、魚介をせせるにはかなり役立ちます。無いと逆にブツを存分に愉しめない。
*刺身は意外と旨くない……こともないんだけど、盛り合わせとなるとどうしてもありきたりの種類になるし、生モノはお腹がはるのでひと品ごとに買ってもそうようけは食べられぬ。季節ごとに「今回はともかくこれっ」というのを狙っていくのがよろしい。
*空き缶は捨てずに置いておく……何度も何度も何度も何度も何度も何度も酒を買いに行く。周囲には缶ビール缶チューハイハイボールカップ酒の残骸が立ち並ぶ。こうすると時分どきでもあら不思議、自分の席周辺にはヒトが寄りつかないのですねえ。これは食べ物でも重要です。鯖の焼いたのや、帆立のフライはいけません。刺身もまだあまい。烏賊のシオカラとか、赤カブ漬とか、子持ちシャコとかをじっくりつつき回していると、これまたヒトは近づかないものであります。禿鷹も三舎を避ける勢いである。禿鷹は当方なのだが。

 イエズス会士の如く厳格無比の戒律に則りつつ・・・存分に呑み食らいしました。帰りのバス(日がさんさんと当たる)の眠いこと眠いこと。あと三時間もすれば中心街の飲み屋は始動する時刻である。銭湯に浸かって少しでも気合を入れ直しておかねばならぬ。

 『南部もぐり』はたまた陸奥湊の『いろは』はたまた『鬼門』はたまた『ぎんが』はたまた『点』、いやいっそ『SAUDE』か等と銭湯で散々煩悶していたのはすべて(楽しく)無駄になってしまった。夕景四時から開いていると分かってみろく横丁の某店に入ったのが(幸いにも)運の尽き。横のオッサンと盛り上がって、次に移動する頃には計画はどこへやら。弘前から来たという、美男美女(でおまけにやたらと酒が強い)カップルと津軽・南部の自慢合戦となり(鯨馬は南部掩護の外人傭兵部隊)、ハゲシク熱燗を干しておりましたが、まだまだこれで終わらない。我が八戸の師匠かつ案内人である写真家(その他いろいろ)のmamoさんからメールが入り、「三軒先で呑んでるのでいらっしゃい」。どーも、おこんつわ、じつにまあ結構なお日よりでと伺いますってえと、mamoさんの向こうに怪気炎を上げてる御仁あり。これなんmamoさんの同業にしてつい先日まで八戸美術館で一緒に展覧会をしていたフォトレツさん。なんだ神戸だと。洒落神戸だな。おいお洒落さん、さあ呑め呑め。五十前の目の充血したひげ面のオッサン掴まえてオシャレとはまた洒落が過ぎたり。これは洒落で答えねばお座が湿ると再びハイボールがぶがぶ。横の若者グループも参戦してわあわあ。

 オレ酒つええんだなあと実感しながら、店主(ここはみろくで初めての店)及び若者どもに丁重に挨拶してさらに次の店へ。mamo・レツ御両名の後援者の方々も交え、今度は幾分品良く、しかし賑やかに飲み直す。足下を風が吹き抜けるなか呷る燗酒がなんだかやたらと旨い。あ、コーベのニーサン!と声をかけて通ったのは昨晩の女の子か。酒徳必ず「しも」孤ならず。

 オレカラダ弱いねんとひとりごりながら、翌朝、仙台駅まえの立ち飲み屋の横で胃薬ぐいっと飲み干したのでした。