衰亡記

 トシとってだいぶアタマ悪くなったせいだろう、ここ一、二年で本を読む速度が著しく落ちた。久々の更新でこれだけしか高が上がらないことに慄然とする。また新書・選書の類が多いことにも我ながら辟易する。あれは「手っ取り早く情報を」という安手な感じがイヤ、だった。けれど「手っ取り早くカロリーを」という牛丼やの類がまあまあ食べられるようになってきているのと同じように、新書でも読んでコクのあるものが多くなってきているように思う。逆に単行本の味わいがしゃぶしゃぶしてきている。なら安い新書の方を買うわな。

橋本治『草薙の剣』(新潮社)
米澤穂信『米澤屋書店』(文藝春秋
○アントワーヌ・コンパニョン『寝るまえ5分のパスカル「パンセ」入門』(広田昌義訳、白水社)……生涯・思想の簡明な素描。このシリーズ他にも出てるみたいだから、寝る前五分の読書用にしてみるか。
エドワード・ケアリー『堆塵館』(アイアマンガー三部作1、古屋美登里訳、東京創元社
エドワード・ケアリー『穢れの町』(アイアマンガー三部作2、古屋美登里訳、東京創元社)……著者によるイラストのせいという訳でもなく、シュヴァンクマイエルの世界を連想させる。つまりグロテスクにてインティメイト。そして続けて読むとしんどい。
○浅野楢英『論証のレトリック』(ちくま学芸文庫
ジャック・アタリ『時間の歴史』(蔵持不三也訳、ちくま学芸文庫
○ニコラス・マネー『酵母 文明を発酵させる菌の話』(田沢恭子訳、草思社
○『図説中世ヨーロッパの商人』(ふくろうの本、河出書房)
レオ・ペルッツ『テュルリュパン ある運命の話』(垂野創一郎訳、ちくま文庫)……近代説話と評したくなる。なんだかんだでペルッツ読んできてるなあ。プヒプヒ様、ありがとうございます。
○川北稔『イギリス近代史講義』(講談社現代新書
五来重『先祖供養と墓』(角川ソフィア文庫)……住吉踊や法隆寺救世観音像、また庶民層における念仏の捉え方と親鸞の境地との乖離(これはたしか司馬遼太郎も『街道をゆく』の芸備篇で語っていたはず)などなるほどという解釈がずらりと。ただし、民俗学の本にありがちなのだが、論証がせっかち(というか手抜き)で分かりづらい。五来重のような碩学だとその欠点は余計目立つ。あとは銘々で考えなさいということか。
○勝又基『親孝行の日本史』(中公新書
○和泉悠『悪い言語哲学入門』(ちくま新書)……「悪口」の言語哲学的探究。行き着くところ「下に見るランク付け」だからというのは、差別してるから差別語というトートロジーぽいが、途中のトピックはいい刺戟となる。
○『私のエッセイズム 古井由吉エッセイ選』(河出書房新社)……言葉で現実に相渉るいかがわしさと、でも他にどうしようもない切なさとをじつに執拗に考え続ける。これは編集の妙。
桐竹勘十郎・吉田玉女『文楽へようこそ』(小学館
岡野弘彦『伊勢の国魂を求めて旅した人々』(人間社)……あの絶唱「わが背子を大和に遣るとさ夜深けて暁露にわが立ち濡れし」は伊勢の国魂に強く感応する霊力の持ち主が詠んだゆえに深みがすごい、という指摘にうなる。
○ジョウゼフ・コンラッド『放浪者 あるいは海賊ペロル』(山本薫訳、ルリユール叢書、幻戯書房)……コンラッドにこんなのあったのね!フランス革命=おまつり後のけだるい地中海風景と主人公の骨太な造型との取り合わせが、いい。ルリユール万歳!
ヴェルレーヌ『呪われた詩人たち』(倉方健作訳、ルリユール叢書、幻戯書房)……小説だけでなく、詩や詩論・批評にも目配りがいい(シリル・コナリーはよ出んかな)!ルリユール万歳!
森まゆみ『昭和・東京 食べある記』(朝日新聞出版)……この著者にして食べある記か・・・と思ったけど、きっちり自分史の骨格が通っていて品がある。店の風儀や料理を見るとやっぱり東京らしいなあと感じる。
赤羽正春『熊神伝説』(国書刊行会
エドワード・ブルック・ヒッチング『愛書狂の本棚』(高作自子訳、日経ナショナルジオグラフィック社)
○ディーノ・ブッツァーティー『動物奇譚集』(長野徹訳、東宣出版)
○Dancygier, Barbara他『「比喩」とは何か 認知言語学からのアプローチ』(野村益寛他訳、開拓社)
○リジー・コリンガム『大英帝国は大食らい』(松本裕訳、河出書房新社)……1800年代初頭のアフリカでは、ヨーロッパの連中はまだ細々と沿岸貿易してるに過ぎなかった。奴隷を含むアフリカの交易システムに参入したにとどまっていた、という見方が新鮮。19世紀=帝国主義の世紀は、文字通り「帝国」、つまりグローバリゼーションをある意味達成していたともとれるな。
○小田部胤久『美学』(東京大学出版会)……カントの精緻な読解と、美学史上の位置づけ及び現代的なテーマへの接続とじつに有用な一冊。大学で一度講義に出たことがある。訳語へのこだわりが印象に残っているが、本書でもそれは見て取れるのが何となく嬉しい。