マスゴミを論じて牢獄におよぶ

 強きを扶け弱きを痛めつけるのがマスコミの本分ではあるけれど、先の霊感商法といい、ま近くは芸能界の性加害といい、じつにひどい。鉄面皮ぶりやらしたり顔のご託宣やら下劣な攻撃口調など、まるでヤフコメ程度ではないか。まあ、益体もないことは天下周知(同僚は「現代の床屋政談である」と警抜な評言をくだした)のヤフコメのほうがまだしも害毒は少ないかもしれない。悪臭は害毒ともいえるが。

 なんて柄にもなく世相評判に及んだのは、

★ドラウジオ・ヴァレーラ『カランヂル駅』(伊藤秋仁訳、春風社

が滅法面白かったから。ブラジル最大の刑務所につとめるお医者さんが見聞きしたことを書いている。なんだか話がつながらないようですが、著者自身がはじめに断っているように、劣悪な環境を糾弾するわけでも問題提起するわけでもなく、個々のエピソードとその背後の「構造」を坦々と叙述する体裁にも関わらず、というよりそのためにむしろ、一級のルポルタージュになっている。主張をふりかざしたり一方的に論断したり正義を滔々とと説いたり・・・といったあの手のノンフィクション(?)とはだいぶ趣がことなる。ともかく興味深いエピソードがてんこ盛り。ひとつだけ紹介すれば、この監獄(と形容したくなる)では、房をカネで買える、というか買わねばならないらしい。よく分からんが。秋の夜長を過ごすのにうってつけの一冊です。ああ、あといちばん笑えた一文も。

 「大きな家」の日常は囚人が動かしている。囚人がいなければカオスが訪れるであろう。

 

 


○伊藤龍平『怪談の仕掛け』(青弓社
中野美代子日本海ものがたり』(岩波書店)……中野先生にこんな著書があるとは。日露戦争に至るまで、ほとんど「無いもの」とされていたんだな、日本海
○ヴォルフ・レペニース『自然誌の終焉』(叢書ウニベルシタス、山村直資訳、法政大学出版局
ヘーゲル『自然哲学 哲学の集大成・要綱 第2部』(長谷川宏訳、作品社)
國分功一郎『中動態の世界』(医学書院)
○ボリア・サックス『図説世界の神獣・幻想動物 ファンタジーの誕生』(大間知知子訳、原書房
○マーティン・J.ドハティ『北欧神話物語百科 ヴィジュアル版』(角敦子訳、原書房
○エミール・バンヴェニスト『インド=ヨーロッパ諸制度語彙集2 王権・法・宗教』(前田耕作監修、言叢社
○ニール・ブラッドベリー『毒殺の化学 世界を震撼させた11の毒』(五十嵐加奈子訳、青土社
○落合淳思『古代中国説話と真相』(筑摩選書)
菊池寛『大衆明治史』上下(ダイレクト出版)……居酒屋に居合わせたオッサンに(当方もオッサンですが)話を聞いているという風情。だから、酒の対手としてはもってこいの本。
皆川博子『天涯図書館』(講談社
○ダン・ジョーンズ『中世ヨーロッパ全史』上下(Da Costa Yoshimura,Hanako訳、河出書房新社)……あっけらかんとした張り扇がいっそこころよい。
○岡義武『山県有朋』(岩波文庫)……権力の我利我利亡者という印象はかわらないが、第一次大戦中の対華二十一ヵ条要求に激昂しているという反応が興味深い。維新と日露戦争を耐え抜いた元勲世代にとっては、加藤高明なんぞ青臭い小人としか思えないんだろう。これは鯨馬も同感。だからこそ原敬はあんなに評価していたのだ。
新保博久『シンポ教授の生活とミステリー』(光文社文庫)……一冊も「読みたいミステリ」をメモしなかった。あれ?
○内藤了『タラニス 死の神の湿った森』(KADOKAWA
早川光『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』(ぴあ)……うっとりするような名文というのではないが、思い入れの強さがひとりよがりに堕せず、ぱきぱきと分析をすすめる趣はこういうジャンルにあっては希有といっていい。
○坂西誠一・与田弘志『鮨ネタ 粋ワザ』(パイインターナショナル)
○田渕句美子『新古今集 後鳥羽院と定家の時代』(角川学芸出版
中川博夫他編『百人一首の現在』(青簡舎)……忘却散人のブログ(

百人一首の現在: 忘却散人ブログ

)にあるとおり、「百人秀歌」を読み解く中川博夫氏の論文が刺戟的。百人一首みたいな超のつくメジャーでもまだこんなに清新な論が立てられるんだなあ。すごい。
○久水俊和『中世天皇家の作法と律令制の残像』(八木書店出版部)
○徳井淑子『服飾の中世』(勁草書房
○ジョゼフ・キャンベル『神の仮面』上下(山室静訳、青土社