秋の蟷螂

 山近いのでいろんな虫がやってくる。最近はむやみにカマキリの姿をよく見る。一度に三四匹見つかることもある。交尾中のところも目撃した。雄はなるほど聞く所に違わず、事後ぼりぼりむさぼり喰われてるのであった。喰われてること自体より、人間の目にはひしとした抱擁の姿勢のまま囓られてるのがヒト・オス・オッサンにはじつにあわれであった。

 宦官のごと逆光の秋蟷螂 碧村


◎ハロルド・ブルーム『影響の解剖』(有泉学宙他訳、小鳥遊書房)……老来いよいよ意気軒昂なブルーム節。むかし筒井康隆さんが、小林秀雄の本について「ただいいわいいわとのたうちまわってればいいのだ」と要約していたのをふと思い出す、そんな雰囲気。クサいという人は当然いるだろうが、ペイターの贔屓としてはこれでいい。むしろ気になるのはこれだけカノンを重んじる批評家でありながら、このヒト、まったくカノンを重んじてはいないのではないかと疑わしめるのは逆説的である。なぜか。《ヨーロッパ》という実体についての考察、というより考察する姿勢が見えないからである。そうした地方主義に跼蹐してるとこがあきたらないのよね。好きか嫌いか別にして、スタイナーを見よ。訳文は全体に蕪雑。とくに人名表記などがいい加減でげんなりする。「セント・ブーブ」って誰やねん。英語偏重のブルーム翁にヨイショしたということか。
◎A.P.ド・マンディアルグ『汚れた歳月』(松本完治訳、エディション・イレーヌ)……これまたお懐かしやマンディアルグ、の処女出版はじめての邦訳。散文詩というかコントの原型というか、例によって細緻を極める文体で異様な情景を彫り上げていく。最近こういう趣の作品に接していなかったので堪能した(そして胃もたれした)。それにしても見事な訳文・・・と見ると、訳者は生田耕作の弟子筋に当たる人らしい。ナルホド。
◎アーサー・ケストラー『日蝕』(岩崎克己訳、三修社
ミシェル・ウエルベック『滅ぼす』上下(野崎歓他訳、河出書房新社
◎アラン・ワイズマン『人類が消えた世界』(鬼澤忍訳、早川書房)……ガラスがいちばん保つのだそうな。J.G.バラード的風景。
◎ライアン・ノース『科学でかなえる世界征服』(吉田三知世訳、早川書房
◎『中井久夫 精神科医が遺したことばと作法』(河出書房新社)……KAWADEムックの増補新版。
グレゴリー・ベイトソン『精神の生態学へ』上(佐藤良明訳、岩波文庫)……まだ上巻だけだけど、こんなにすらすら読めてオレどうしちゃったのだろう、といぶかしいくらい。鹿島茂大人が言うとおり、これは思考の方法論なのですな。
◎カント『判断力批判』上下(中山元訳、光文社古典新訳文庫
◎山下久夫・斎藤英喜編『平田篤胤 狂信から共振へ』(法蔵館
池澤夏樹寄藤文平『みんなのなつかしい一冊』(毎日新聞出版
◎田井基文『世界をめぐる動物園・水族館コンサルタントの想定外な日々』(産業編集センター)……少しく自己宣伝が多い気もします。蘊蓄をもっとかたむけて欲しかった。世界の動物園水族館紹介は興味津々。でもこの先どうなるのかしら。
◎神戸佳文『ひょうごの仏像探訪』(神戸新聞総合出版センター)……全体におっとりしたたたずまいの仏様が多い。天台・真言の古刹が意外と多いのにもびっくりした。
◎ジョン・ラスキンフィレンツェの朝』(井上義夫訳、みすず書房)……『ヴェネツィアの石』ほど肩肘張ってない感じ。でも、超一流と一流半とを断固区別(差別か?)する口調は変わらず。
東海林さだお町中華の丸かじり』(朝日新聞出版)……コロナ騒動さなかの連載をまとめたせいか、やや元気がなさそう。
瀧浪貞子桓武天皇 決断する君主』(岩波新書)……(1)桓武がじつは天武系(すくなくとも自覚としてはそう)など、蒙を啓いてくれた、(2)拠るべき史料が少ない、(3)そもそもこちらは素人、と幾重にも留保をつけた上でのことながら、あまりにも筆者の推測による部分が大きすぎはしないか。たとえば光仁桓武父)の皇后・井上およびその子他戸が同日に死去したことについて、筆者は暗殺説を「簡単には断定できない」、自殺説を「これも根拠のあることではない」、「結局のところ、真相は不明というほかはない」とする。この慎重さと、他の部分における、「違いない」「なかろうか」「わたくしには思われる」「容易に想像がつく」の頻出とはどうバランスがとれるのか。
宇野重規『近代日本の「知」を考える』(ミネルヴァ書房)……読まずともよし。
◎君塚直隆『貴族とは何か』(新潮選書)
橋爪大三郎言語ゲームの練習問題』(講談社現代新書)……うすいけどアツい本。究極の《起源》はただ超越論的なものとしてそこにある、という認識は、互盛央『言語起源論の系譜』を想起させる(こっちは思想史だけど)。
◎ヘルダー『人類歴史哲学論考』(一)(嶋田洋一郎訳、岩波文庫
ダヴィッド・シャハル『ブルーリア』(母袋夏生訳、文学の冒険国書刊行会
◎『鮨職人の魚仕事』(柴田書店
宮田登弥勒』(講談社学術文庫)……中国・朝鮮では大民衆反乱に結びつく弥勒下生信仰が、「まれびと」としてかくも温和=微温的に馴致されてしまう不思議。しかし、小松和彦氏がどこかで書いていたが、この著者、ほんと、脇が甘い。
◎ステファン・コリーニ『懐古する想像力 イングランドの批評と歴史』(近藤康裕訳、みすず書房)……無/反歴史主義的に見える戦間~戦後のイングランドの批評と歴史主義との逆説的な絡み合いを滔々と論じる。元は講演原稿というのがすごい。エリオット、やっぱりやなヤツだな。エンプソン、やっぱりヘンジンだな。
◎貝谷郁子『幻のヴェネツィア魚食堂』(晶文社)……ヴェネツィアのおもかげは、まさしく「幻」のようにあっさり。残念。
千街晶之『水面の星座水底の宝石』(光文社)……ケレン味なくミステリの本質を、そしてそこだけを狙い定めて論じる。読み応え充分。ただしすべてネタバレしてます(無論そう事前に断っています)。
◎蟻川トモ子『江戸の魚食文化』(雄山閣)……読まずともよし。
◎カトリオナ・ウォード『ニードレス通りの果ての家』(中谷友紀子訳、早川書房)……紹介するだけでネタバレになる。ホラーというより、著者自らが定義する「サバイバル」として読むべき本なのだろう。
◎キャスリン&ロス・ペトラス『人体ヒストリア   その「体」が歴史を変えた』(向井和美訳、日経ナショナルジオグラフィック
◎赤澤かおり『人生にはいつも料理本があった』(筑摩書房)……当方にとっての《名著》はほんの一・二冊、しかも脇役程度でしか登場しない。そういう年齢なのか(そうなのだ)。
◎櫻井康人『十字軍国家』(筑摩選書)
◎ロジャー・ラックハースト『ヴィジュアル版 ゴシック全書』(巽孝之監修・大槻敦子訳、原書房)……たとえばゴシックにおける東西南北、とか一杯やりながら楽しむのに最適な本。いやいささか悪趣味か。Amazonのレビューではみなさんぶつぶつおっしゃってるけど、「唯一無二の「宝庫」」なんて惹句に惑わされる必要はないでしょう。