せんとくんを避けて〜奈良の旅〜

  偏窟なので、紅葉シーズンはどうせ京都は大賑わいだろう、と奈良に出かけた。遷都ブームももうさすがに落ち着いているだろうと期待したのである。

  思えばもう十年近く来ていない。神戸に住む人間として、乗り継ぎがいかにも面倒そうなのが原因だった。いまはみなさまご存じのように阪神電車から直通で奈良に行ける。いやあ便利なものです。車中うつらうつらとして、目を覚ますと難波、また目を覚ますと生駒、気がつけば奈良という段取りはまるで夢の中にいるような場面の省略でありました。

  さて、まずどこに向かうか(まったく決めていない)。夕飯を六時に予約しているので、昼時分の到着では大好きな当麻寺薬師寺にのしてる時間はなさそう。街歩きするか。と、「ならまち」の方へぶらぶら足を向ける。特段家並みがうつくしいわけではないけれど、その分観光客もほどほど、またそこで人が暮らしている雰囲気があって、これはこれでよろしい。なによりよろしいのは、蟹の甲羅をほじっているとあちこちからぽくぽくとミソや子が転がりでるように古本屋が出現してくれたこと。これでいっぺんに評価が上がる。低くみていたわけではないが。四軒見たのかな。サント=ブーヴの『我が毒』(小林秀雄訳)や小林信彦『回想の江戸川乱歩』など、を買う。

  少々歩き疲れたのでここで昼飯。町屋を改装した鰻屋に入る。鰻は予想通り、つまりあまり感心しなかったが、地元の「豊祝」という酒は熱燗でやるとなかなか旨かった。今度酒屋で探してみよう。

  「ならまち」界隈から少し外れたところに元興寺がある。世界遺産らしい。しかしたしかこの寺は寂れていたことでむしろ有名だったのではないか(どこで読んだか思い出せないが)。元興寺(がごじ)という名の妖怪もいたはず。寺そのものは静謐な趣で感じがいい。駄句ひとつ。

   あっけらかんと櫨の曝れたる元興寺

  ここから新薬師寺へ。途中では、

   極楽と名づく学舎を過ぎてけり

  改修中とかで境内は殺風景。本尊の薬師如来像はほとんどマンガのキャラクターといえる、愛敬ある顔だちであった。本尊をとりまく十二神将像のうち、真達羅大将(本地普賢菩薩)に賽銭をあげる。寅年生まれの守護神だからである。信仰心はないけれど、まあ、自分の守り神は多いにこしたことがない。

  新薬師寺から白毫寺へはいわゆる山の辺の道を通る。住宅街のそこここにひっそりと神社・寺が散在するのが好もしい。京都ではなく奈良に来ている、という実感がする。

   法華より耶蘇こそ似合ふ奈良のまち
   大きなる柚子白壁に翳ゆらす

  白毫寺の山門では係りの人がややあきれたような顔で見物料を受け取った。名物の萩はとっくに枯れているし、もう閉門も近い時刻だしなあ。

  しかしここが結局いちばんよかった。脇侍の文殊菩薩の姿態の柔媚さには思わずどきっとなった(仏罰がおそろしい)。萩はないものの、子福桜というのが可憐な花をつけており、そして何より他にだれもいない境内からは、二上山の脇に沈みゆく夕陽に照らされた奈良の街を一望できる。春霞の頃もいいだろうが、今日のように冷え込んで大気が澄んでいる時も実にいい。ここは句なし。少し歩くと志賀直哉旧宅、しかし無視する。小説家にもまったく関心がないせいもあるが、そろそろ料理屋のほうに向かわねば。

  この日の夕飯は東大寺前のイタリア料理「i-lunga」。最近イタリアにぞっこんで、その縁で読んだ『イタリアの地方料理』という本(柴田書店刊)にこの店のオーナーシェフである堀江純一郎も執筆していた。その文章からなんだかしっかりした考えを持っている人らしい、これはよさそう、とあたりをつけて予約したのである。

  店は武家屋敷を改装したものらしい。宏壮というほどではないのに、満席になった客の話し声がほとんど聞こえないのが不思議。これはこちらが個室に通されたせいもあるか(いばって個室をとったのではなく、予約の都合でそうなったのである)。

  さて献立。煩を厭わず思い出せる限り書いてみる(食べログではないから写真は載せいない。そもそも撮ろうとも思わない)(あれはかなり不作法なふるまいだと思うが)。


○フィンガーフード  鮪と鮪のからすみのカナッペ、グリッシーニ(玉蜀黍の粉で作ったものにパルマ産の生ハムが巻いてある。グリッシーニもこういうのだとおいしい)
アミューズ  大和地鶏(?)のコンソメ(という程濃厚でもないが、香りは抜群。白トリュフのスライスを散らしてある)
○アンティパスト  
(1)ちっちゃいパイ型に毛蟹の身と平茸を詰め、ベシャメルソースをかけて焼いたもの
(2)山海のファンタジア(といっていたような)はスカンピの巻揚げを安納芋のチップスとピュレにのせたもの(ソースは海老の出汁に栗の蜂蜜を合わせたもの。芋に蜂蜜かよ!とひるんだが、予想に反してこのソースが絶品だった)、それに鴨と猪(?これも記憶があやしい)の薄切り肉でフォワグラのムースを巻いたもの(ソースはバルサミコをベースにしている。蒸した零余子をあしらっていた)
(3)甘鯛の松笠焼(松茸のソテーにのせて)とあわびのスプマンテ蒸し、自家製のイクラ塩漬け(ソースは鮑の肝と生雲丹。甘鯛は少し身がぱさついていた分、ウロコ(いうまでもなくこれを食べさせる料理)はぱりぱりして美味)
○プリモピアット  自家製タヤリン(卵入りの平打ち麺)のポルチーニソース(バターとチーズを充分に吸った茸がうまぐでうまぐで)
セカンドピアット  道産羊のロースト、ニンニクとローズマリーの風味(しっかり火を通していた。シェフが修行したピエモンテ地方のやりかただ、とソムリエさんが教えてくれた。半ば煮込みのような仕上がり)
○口直し  ディルのジュレ(これいいアイデアだ)にヨーグルトのジェラートとキウイをうかせたもの
○ドルチェ  グラッパ(!)のパルフェと柿のサラダ(かすかにつけてある香りの正体が分からない)
そしてエスプレッソとお茶菓子

  ワインはシェフが惚れ込んでいるという、ルッカ・ロアーニャという作り手のバルバレスコ、2004年。ピノ・ノワールのような繊細な香りで、でも底にはタンニンの効いたワインだった。あとパンはフォッカッチャとはったい粉(なつかしい)のパン、それにブリオーシュの三種。割ると細かく絹のように糸を引いて割けるブリオーシュがたいへんよろしい。

  総じてソースの味が佳い。いい店を見つけた。奈良株急上昇であります。 


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