雪明かり~弘前初見参(1)~

 遅くなりましたが、新年のご挨拶を申し上げます。

 

  己亥(つちのとゐ)

ぼたん雪ふるあめつちのおともせでふすゐの床にむすぶはつ夢

まつすぐに駆けくる気負いの武者武者といさましく喰うぼたん鍋かな

蝶は舞ひもみぢかつ散る花の宴小萩も咲いて福よコイコイ

 

 

 とは言っても大晦日から三日まで出勤だったので、本当に正月気分を実感したのは松も取れたあとだった。弘前にのんびり小旅行を愉しんできた。

 

 青森、八戸、弘前。こう並べるといかにも肌合いの異なる町どうし。京都・大阪・神戸に引き比べるのは幾分身びいきの気味合いがあるから、ここはひとつ、江戸時代の三ヶ津(江戸・京都・大坂)のような顔合わせと景気よく譬えておこう。

 

 青森はなんといっても県庁所在地で、政治都市という性格が濃い。八戸は工業都市という貌もあるけれどやはり漁師町(のうんと大きなやつ)だろう。弘前は言うまでもなく城下町。五度目の青森旅にしてようやく足が向いた。ねぷた弘前城の花見など、絵に描いたような観光都市というイメージがあって、いささか気ぶっせいだったことによる。その先入観をいい具合に打ち砕いてくれないかというのが、今回の旅の、あえて言えば主題だった。

 

 一月初頭の青森なのだから雪は今さら言うまでもない。本番はこれからとしても、駅前からしてすでに真っ白。寒気さえあてがっておけば上機嫌な人間はこの段階で大方「気ぶっせい」のことを忘れていた。

 

 着いたのが時分どきだったのでホテルに荷物を預けてそのまま昼飯の店へ。『たむら』という鮨や。昼はお決まりのにぎりだけらしい。結果的にはこれで丁度良かったのである。

 

 冬の津軽に来て魚を褒めるのも気の利かない話だが、実際どれも旨かった。鮃・帆立・鮪・しま海老・くえ・トロ・車海老・こはだ・海胆に巻物と玉子。蕪の羹、茶碗蒸し、味噌椀(新海苔)と汁物が三種出るのも嬉しい。

 

 食事のあとは「どちらから」「ご旅行の目的は」と、お定まりの会話。「けの汁を食べるのが目的のひとつ」と言うと、御主人がカウンターの反対側で花やかに酒・会話を楽しんでいた二人連れのご婦人に訊ねてくださった。御主人は山口の出身で、郷土料理のことはあまり詳しくないのだそうな。

 

 それはともかく、ちんねりひとり酒で旅情を満喫しているところに正直言って少々有難迷惑な・・・と思っていると、オバサマの一人が「ならあの店ね」と大きくうなずき、観光地図に店の所在と電話番号を書き入れる途中ではたと手を止め、「今からご予定なければ一緒にどう、今ちょうど店を開ける時間だから」とのお誘い。

 

 ゆっくり燗酒三合を呑み終えて今はもう二時である。「開ける時間」とはまた面妖な。なんでもその居酒屋は、店主が高齢のため、一四時から二十時まで「しか」開けないのだという。

 

 俄然面白くなってきた。それにまた、さっきからひっきりなしに色んな情報を詰め込んでくれているこのオバサマ、明らかに充実したお仕事をなさってきた感じの、頭のはたらきのさわやかな方で、こういうオバサマはたいへん好もしい。書道や俳句もするとかで、当方も連句宗匠なんぞをすることがあります、と申し上げると「あらーっ、たいへんな人をご案内することになっちゃったわね」と一段音声が高まるのであった。

 

 『たむら』から歩いて十分少々。旅行者はまず見つけられない場所に次の店はあり、しかも旅行者はまず入ろうとしないたたずまいの店だった。女性の店主は御年八十一。当たり前だが生粋の津軽ことばで、笑顔の素敵なばあちゃんである。

 

 何はともあれと、まずはけの汁。つづめて言えば具だくさんの味噌汁なのですが、わらび・ぜんまい・蕗・根曲がり竹は、春に採ったのを塩漬けにして、それを塩出しして使う。他には凍み豆腐・牛蒡・人参。出汁は焼き干しでとる。地味な見かけと裏腹にむやみに手間のかかった、豪奢な汁ものなのである。「鍋一杯に炊いて、何度も火を入れて煮詰まったくらいがまたおいしい」「これがあればおかず少なくて済むから昔は女が喜んで作った」と、店主と、オバサマコンビが代わる代わるに教えてくださる。

 

 あまり気分がよいので、けの汁をお代わりしたあと、オバサマコンビが帰ったあとも(有難う御座いました)腰を据えて呑むことにした。なまこ酢を頼むと、上方とは反対に青なまこが出て来たのが面白く、また昆布を切り込んで漬けているのも初めて見た。冷や酒をがぶがぶあおっておりますと、「これはどうだ」「ほれこれも食え」(というニュアンスの津軽弁)とほっけのいずしや真鱈の子の漬け込み(酒でゆるめて、その中に沢庵や昆布を切り混ぜている)、新沢庵などがどしこどしこと出て来る。

 

 ここの店主もよくしゃべる人だったが、夕方くらいからぽつぽつ入ってきた常連のオッサン連中がまた綺麗さっぱりと無口だったの

がやけに可笑しかった。中にひとりひどく切れっぱなれのいい口調のオッサンは、夫人が東京の下町出身なんだとか。

 

 ここでも「神戸から」「鰊の切り込みとか発酵したのが好き」と自己紹介すると、「青森の魚のなれずしは旨いだろう、琵琶湖の鮒ずしなんて食えたものではない」と来た。上方ぜい六として(そして『いたぎ家』の客として)やわか一言なかるべき。霊妙にして風雅なあの味をひとしきり称揚し、反論する。こういうときはジメジメいってはいけないので、音吐朗々と正面から言い掛けるのがよろしい。『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の歌合戦のような心意気である。そしてもちろん最後には「それにしてもよく呑むな」「弘前来たらまた必ずここに来いよ」となる。土手町にあるホテルにチェックインするころには日はとっぷりと暮れてしまっていた。

 

 なので、ホテル内の温泉に浸かったらすぐ晩飯という感じ。夜気にさらされてしゃりしゃり固まり始めた雪道をそろりそろりと歩いていると、酔いもふっとんでしまう。

 

 『あば』という居酒屋も、昼間に教えてもらったところ。槍烏賊の姿造りが旨かった。透き通った身は槍烏賊なので艶に優しく可憐な甘味があって、しかも食べてるそばからみるみる身が乳白色に変じていくのがなんとなくあわれをもよおすね、とか御主人に笑いながら酒をお代わりを頼んでるようなヤツの後生心など無論あてにはならない。

 

 ここの御主人もまた、はじめは取りつく島もないようだが、黙然と(内心は発酵食品に雀躍しながら)杯を重ねているこちらに「こういうのもちょっといけます」と一品を出してくれる。身欠き鰊の酢味噌なんかも、無骨なようで洒落てたなあ。まして町の通りは雪で白くなってる上は冷たい空がぴんと張り詰めているのを想像していると、昼からの酒はなかなか止まらない。「気ぶっせい」とか莫迦を言っていたのはどこの誰であったか。

 

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